明かりを灯しましょう

「心配…………いや、ギルドで」

「もしかして、受付嬢に頼まれたんでしょうか?」

「……そんなところだ」


 そういえばユニヴェールがギルドを後にするとき、受付嬢がシリウスを呼んでいた。


(押し切られちゃったのね)


 たわわな胸をシリウスに押しつける受付嬢が、目に浮かぶようだった。


「ちなみに……ガイド料はおいくらですか?」


 これだけは訊いておかないとならない。自腹だからだ!

 しかしユニヴェールの不安を払拭するように、シリウスが首を振る。


「必要ない」

「もしかして無料ですか? ボランティアでしょうか? いいんですか?」


 ユニヴェールは金色の瞳をキラキラとさせて詰め寄る。シリウスがまた「うっ」と唸って服の胸元をギュッと握った。顔が真っ赤で口をはくはくさせている。地上での冷めた態度とは大違いだ。


「た、たまたま、時間があったからな」


 ユニヴェールの顔がぱあっと輝いた。


「ありがとうございます! 受付嬢にも、のちほどお礼を伝えておきますね!」

「伝えなくていい」

「ご厚意をいただいたら、きちんと感謝を伝えなくては」

「伝える必要はない」


 シリウスが会話を鋭く切り捨てる。

 それなのに直後には、歯切れが悪くなった。


「これは、その…………経験者の責務、みたいなものだ」


 たしかに神殿でも、見習いを導くのはベテランの務めだった。

 しかし責務とお礼は別の話だし、腐っても元聖女、人の善意を無視はできない。


(受付嬢には、こっそりとお礼を伝えておこう)


 今は、心の中で謝辞を紡ぐにとどめた。


「シリウスさん」

「シリウスでいい。敬称はいらない」


 ちょっとしたいざこざはあったけど、他人の心配をできる優しい人ならば警戒心を解いてもよさそうだ。


「わかりました。わたしはユニヴェールです。好きなように呼んでください」

「ああ……ユニ、ユニヴェール」

「はい、シリウス。道中、よろしくお願いします」


 ユニヴェールが春の陽射しのように明るく微笑む。

 シリウスが夏の直射日光を受けたみたいに真っ赤になった。


(シリウスって、赤くなりやすいのね。照れ屋なの?)


 地上では概ね普通だったから、地下が悪いのかもしれない。

 ユニヴェールが観察していると、シリウスがぷいっと顔を背けてしまう。


「べ、べつに、あんたを心配してついて来たとか、そういうのじゃないからな……っ」

「受付嬢に頼まれたんですよね」

「そ…………そうだ」


 なぜかシュンと肩を落とすシリウスは、言葉よりも態度で語るタイプっぽい。


「シリウスがいれば、心強いです」


 なにせSSランク。これほど強力なガイドもない。


「そうか」


 再び背筋がしゃきっと伸びたシリウスは、受付嬢が言うような『素っ気ない人』ではない気がする。案外と一喜一憂が激しタイプだ。


「シリウスは、ダンジョンに詳しそうですね。いろいろと教えてもらえませんか?」


 29階まで行くくらいくらいだから知識はあるはず。


「それなりに知っている。なにが知りたいんだ?」

「まず、天井で光っているあれって、なんですか? 星空のようで綺麗ですけど……虫、じゃないですよね?」


 ユニヴェールは、おそるおそる天井を見上げる。シリウスも天井を見上げた。


「ツキアカリゴケという発光する植物だ。ダンジョンの至るところに自生している。あの苔のおかげで明るいが、階層によっては生えていない場所もある。そうすると、伸ばした手の先すら見えないほどに暗い」


「では、魔物がいても見つけられないときがあるんですね?」


「魔物の眼は赤光りしているから、暗闇でも見つけられる。ただし向こうが背を向けられていればわからないこともあるし、眠っていれば気づかないこともある。目の前まで近づいてようやくわかる、ということもあるな。だからライトだけは、必ず携帯した方がいい」


 ならばユニヴェールの力が役に立つかもしれない。


「この明かりは、役に立ちますか?」


 ひとつ柏手を打つ。ユニヴェールの手から白く発光した光の珠がポンッと飛び出す。


 ツキアカリゴケや松明よりも断然明るい光が、二人の頭上に浮かんだ。



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