やっぱりさっきの人!
話しかけづらい雰囲気があるから口を閉ざしていたけど、フードの彼が何度も背後を伺うように振り返るものだから、ユニヴェールから声をかけてみる。
「今日は、何階層まで行くんですか?」
ビクン。広い背中が震える。
「今日は…………2階層だ」
「同じですね! わたしはマリスダケの採取に行くんですよ」
共通点を見つけた途端に、ユニヴェールの中で仲間意識が生まれた。
「そ、そうか」
多く語らない彼は、口下手なのかもしれない。フードをさらに深く引っぱった。
ユニヴェールは足を速めて隣に並ぶ。彼の身体が緊張したみたいに強張った。
「もしかして新人さんですか? わたしも、今日が初めてのダンジョンなんですよ」
「いや……ダンジョンは、数えきれないほど来ている」
「ベテランさんでしたか! 今まで、何階層まで行ったことがありますか?」
「29階層だ」
「深く潜ったんですね」
ユニヴェールの脳裏に、ギルド内に貼りだされていた人物がよぎった。
「ギルドに貼りだされていたシリウスさんという方も、29階層まで行ったそうです。29階層って、人気なんでしょうか」
もしかしてお宝がザクザクあるのかな。行ってみたい。
(すぐに家が買えちゃったりして)
夢を見るユニヴェールの隣で、彼がおもむろにフードを脱いだ。
「シリウスは、俺だ」
銀髪と青紫色の瞳をした整った相貌を見て、ユニヴェールから「ひっ」と声が漏れる。
「やっぱり、さっきの人……ッ」
なるほど長身だ。ユニヴェールが並ぶと、頭ひとつ半は違う。
(まさか追ってきたの? 文句が言い足りなかったとか?)
待ち伏せするような人は、大概しつこいと相場が決まっている。
なにを言われるんだろう。びくびくしてしまう。
「あの……さっきのことなら、撤回しませんよ?」
違――うッ! こんなこと言うつもりじゃなかったのに……ッ。
ここは人目がないダンジョン。彼は、瑕疵率89%のSSランク。
事故に見せかけて殺されたら、どうしよう。
緊張するユニヴェールに、シリウスは言葉をためらう。
「そういうことじゃ、ない」
「じゃあ、なんですか?」
「さっきは、強く言い過ぎた」
シリウスが首の後ろに手を宛がう。
それを言うためだけに追ってきたわけじゃないよね?
「その……悪かった」
頬がちょっぴり赤い気がする。謝り慣れていないようだ。
本当に謝罪するためだけに、追ってきたのかも。
「構いません。自己満足だったので」
「いや、それを咎めたつもりはなくてだな……っ。あんたを心配して……っ」
「わたしを心配? どういう意味です?」
シリウスが手で口元を覆った。
「二度も三度もたかられて困るのは、あんたのほうだと思ったんだ」
「うん~……たしかに、そうですね」
「それと、厄介な連中に目をつけられるのは、あんたも同じと言いたかった」
どうやらユニヴェールのことも心配してくれたらしい。一方的に『咎められてる』とユニヴェールが勘違いしただけかもしれない。
「あまり恐怖心を煽りたくはないが……。金になると思ったら、平気で人を傷つける輩が存在するんだ。そういう奴はとても目敏くて、行動を見られていることが多い。とくに西地区は事情を抱えた奴が多く、柄も悪い。なるべく目立たないように行動したほうがいいぞ……と、言うつもりだった」
確かに元聖女の冒険者は、使い勝手がいいかもしれない。ちょっぴり恐怖心を覚えた。
「なるほど……怖いですね。今後はもっと注意します」
「ああ、そうしてくれ」
そのまま、お互い無言になってしまった。なんとなく気まずい。
「ご忠告、ありがとうございました」
さっきも同じようなことを言った気がする……。
「あ、ああ」
また沈黙が落ちた。お礼が気に入らない? それとも足りないのだろうか。
(物品で返すべき? こっちから聞いたほうがいいのかな……)
ちらっと隣を窺う。彼もユニヴェールを見ていたようで、「うっ……」と小さく呻いてそっぽを向いた。
(うん、要求されるまでは黙っておこう)
余計なことは言わない。神殿で学んだユニヴェールの処世術である。
せっかくだから、会話を広げてみようか。
「SSランクの人でも、2階層の依頼って受けるんですね」
「あ、ああ、その……、あんたの、ガイドを」
「わたしのガイド?」
そっぽを向いたシリウスの耳が赤かった。
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