初ダンジョン

 幌付きの馬車のため風景を楽しむ感じではないが、乗降口に近いユニヴェールからは外の景色が楽しめた。


 神聖国は端から端まで歩いても二日しかかからない小国だ。


 山と呼べるものがなく、高低差はあるもののほぼ平野。そのためダンジョンがある西側を除いて、国土のほぼ全域に住居がある。希望を求めて移住してくる人が多いためだ。西側には農地が多く、家屋が途切れると長閑のどかな田園風景が続く。


 旅行気分で馬車に揺られていたら、あっという間にダンジョンに到着した。


 ダンジョンの入り口近くには店舗がいくつかある。飯屋に武器屋に、宿屋などだ。

 数軒とはいえ、まかり間違って魔物が出現するかもしれないダンジョンの目の前で商売するのだから商魂たくましい。


「宿屋っていくらなの?」


 今日は一泊して、明日朝から行こうかな。

 オレンジ色になり始めている空を見上げ、宿屋に掲げられている値段を見る。

 ユニヴェールのなめらかな肌に、ぶわあっと鳥肌がたった。


(三万メテオ!? 魔石と同じ値段!)


 とてもじゃないが泊まれない。

 野宿を覚悟し、そそくさと宿屋を離れた。


「ここが……ダンジョン」


 十二年間も神聖国にいながら、ダンジョンには初めて訪れた。


 入り口には、天に向かってそびえ立つオベリスクが二本立っている。オベリスクはダンジョンの入り口を示すと同時に、神聖力を用いた防壁になっている。魔物を地上に出さないための、結界だった。


(うん、ちゃんと機能してる)


 先細りの六角柱に古代文字がらせん状に描かれている。文字が金色に光っていた。

 この光は決して絶やしてはならない。


 そのため神殿から、定期的に祈りを捧げに訪れる。


 ダンジョンの出入り口に装飾は施されておらず、洞窟の穴そのものだった。雇われの見張り番が二人立っていて、ギルドカードがチェックされる。カードはおざなりに見るのに対して、入窟料の千メテオはしっかりととられた。


(神殿の外って、すごくお金がかかる……)


 衣食住の心配がない神殿暮らしだったユニヴェールにとって、衝撃的な事実ばかりだ。


 是が非でも、魔石を採掘して稼がなくてはならない。

 貯金がたんまりと増えたら家を買う。ユニヴェールだけの家だ。


(でも、それまでどこに住めばいいの?)


 今のままでは、ユニヴェールは一ヶ月と外で暮らせないだろう。

 今後の生活について、もっと真剣に考えないとならないようだ。


「案外と明るいのね」


 洞窟内はユニヴェールの予想と違って真っ暗ではない。

 天井に光る苔のようなものが付着していて、明かりの役割を果たしている。

 ただ、思ったほど暗くないというだけで、薄暗いことに変わりない。


(瘴気のせいもあるのかな)


 目には見えないけれど、地下は瘴気が濃いと言われている。

 そのため、ダンジョンに潜るときは浄化石を必ず携帯しないとならない。


 ユニヴェールはペンダントトップになっている浄化石を握ってみた。

 神聖力が感じられる。だが、疑問も感じた。


(神聖力をもつわたしに、浄化石って必要だった?)


 冒険の書に沿って購入したけど、無駄遣いをした気がする。ショックだ。

 馬車に同乗した面子のまま、ゆるやかに下りながら地下を進む。


 二十分もいかないうちに、三叉路にぶつかった。


 双子がちらっとユニヴェールを見たあと、左端の道を行く。いかつい男性二人も同じ道を行った。彼らが進んだ道には【ゴールデンルート】の看板がかけられてある。


「ゴールデンルート……道幅が広くわかりやすいから一番推奨、ってマップに書いてあったよね」


 でもマリスダケのある海は、ゴールデンルートではなかった気がする。

 ポツンと取り残され、途端に心もとなくなった。


「よ、よし、わたしも頑張るぞ!」


 気合いを入れて地図を開く。できれば彼らと同じ道がいい。


「えーと、マリスダケは……」


「右端だ」

「ひゃいっ」


 背後から不意に声がかけられ、驚いた猫みたいに身体が飛び跳ねた。


 振り返ると長身にフードを目深にかぶった人がいる。たぶん同じ馬車に乗っていた人だ。


「あり、ありがとう、ございます」


 もう誰も残っていないと思っていたから油断していた。


(びっくりした……)


 バクバクと鳴っている鼓動を落ち着かせながら、額に浮いた汗を手の甲で拭う。


「ついて来い」

「え?」

「案内してやる」

「は、はい?」


 同じ方向なのかな? そんな気軽さで、黒いローブの男性と思しき人物のあとを追う。


 しばらく無言のまま、彼のうしろについて歩いた。


(なんとなく……さっきの人に似ているような?)



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