ダンジョンへ出発
「こちらを、お願いします」
依頼書を受付嬢に差し出す。
「マリスダケの採取クエストですね。マリスダケは2階層の海辺にあります。主な魔物はスライムですが、たまにトゲトゲガニがいるので注意してください」
「トゲトゲガニ?」
「知りませんか? 全身トゲトゲだけど、美味ですよ」
受付嬢が両手をハサミみたいにしてチョキチョキと動かす。
「食べられるんですか? 魔物ですよね?」
「聖水で茹でれば食べられます。そこそこいい値段で引き取ってもらえるんで、見つけたら捕まえてみてください。棍棒で殴るといいですよ」
聖水は神殿の収入源のひとつだ。
ユニヴェールが浄化していた聖水も、調理用として売られていたかもしれない。
(十二年間も神殿で暮らしてたのに、わたしは何も知らないのね)
知らないというよりも、知ろうとしなった。自分のことに精一杯だったからだ。
もっと情報に耳を傾けるべきだった。そうすれば、今も神殿にいられたかもしれない……。
(ううん、神殿にいたらお肉が食べられない!)
十二年分の想い出があるので感傷的になってしまうが、自由への魅力には抗えない。
受付嬢がユニヴェールのギルドカードを石板型魔道具に差して、依頼書を石板の上に置く。
「最初はガイドをつけた方がいいですよ。紹介することもできますけど、どうしますか?」
「そうですね……」
いらない気もするけど、いれば助かる。
「ガイド料は自腹です」
「あ、いりません」
まだ報酬がもらえるかわからないのだから、節約して悪いことはない。
「ひとりで行ってみます。失敗した場合も、報告に来ればいいですか?」
「そうしてください。期限までに戻らなければ、失敗となり報酬が出ません」
ギルドカードがユニヴェールに戻される。カードの裏面に、今回の依頼内容が刻まれた。依頼期限は、今日から五日後だ。
「こちらを差し上げますので、読んでから向かってくださいね。字は読めますか?」
「はい、大丈夫です」
ギルド発行の【初心者向けダンジョンマップ】と、最低限の心得として【冒険の書・初心者編】という案内書がもらえた。
「くれぐれも気をつけてくださいね」
「いってきまーす」
シリウスの視線を避けるように、急いでギルドを後にする。
受付嬢が背後で「シリウスさん!」と呼ぶ声が聞こえた。
「まずは、装備をそろえないと。えーと……瘴気にあてられないための浄化石と、ナイフは最低でも一本は必要。二本あると安心。槍や棍棒も使える……。飲料水と携帯食料と、防寒用のロープと歩きやすいブーツ……、止血剤に包帯……案外と、揃えるのが多いのね」
冒険の書に書かれているすべてが、大通りでそろった。
防具は『余裕があれば』となっている。出費が痛いので、防具とローブは見送りだ。
「ブーツだけ買おうかな」
冒険者が皆ブーツだったからだ。
【ダンジョンでも疲れない】を謡っている靴屋で、茶色の編み上げブーツを買う。初めてブーツを履いたけれど歩きやすい。
たくさんの色に溢れた町は見ているだけで楽しい。でも、まずは依頼に挑戦だ。
「ダンジョン行きだよー! 最終便だよー!」
声を張りあげる辻馬車を見つけて、慌てて駆け寄る。
「乗ります!」
「聖女様、これはダンジョン行きだ。神殿行きは向こうだよ」
よほど聖服に見えるらしい。ローブも購入した方がよかったようだ。
「ダンジョンに行きます」
「いや、でも……。はあ、じゃあ……、千五百メテオだ」
マリスダケの報酬が五千メテオだったから、馬車に乗るのはお得ではない。出費が痛くてユニヴェールは心の中でますます涙した。
馬車の荷台には、すでに四人ほど乗っている。
空いている席に腰掛けると、ちらっと視線が向けられて眉をひそめられた。
いかつい容姿の男性が二人。濃緑色の髪をした双子とおぼしき男女が二人。彼らは一様に『なぜ聖女が?』と言いたげな視線でユニヴェールを見る。今からでもローブを買いに行くべきかも……。
そこに追加でフードを目深にかぶった人が乗り込むと、馬車が出発する。
馬車内で会話をする人はいない。双子が時おりボソボソと話をするだけだ。
双子は黄緑色の瞳を何度かユニヴェールに向けてきたけれど、話しかけてはこない。
(冒険者って、寡黙な人が多いのかも)
ユニヴェールも冒険者らしく、きりりとした表情で口を閉ざしてみた。
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