自己満足です

 ユニヴェールは魔石をひとつ購入して、少年を探した。


 少年が路地の木箱の陰にしゃがみこんでいる。

 スッと魔石を差し出した。


「浄化石がいいですか? 魔石のほうが売りやすいですか?」


 少女にしか見えない少年が「ああ?」と柄悪く見上げる。子どもなのに迫力ある。


「同情かよ」


「そうですよ」


 少年が舌打ちした。


「アホ面聖女は、やっぱりアホだな」


 悪態はつくが受け取るつもりはあるようで、「浄化石のが高く売れるから、浄化石にして」と言う。


 赤黒い魔石を白金色の聖石にしてから、改めて神聖力を籠める。


「金色の文字が消えるまで効果があります」


 石の中に金色の文字が浮かぶ。古代文字で『浄化』と読む。


「あなたの、お名前は?」

「……なんで」


「祝福させてください。名前があったほうが、強くかかるんですよ」

「…………カラ」


 不満そうに唇を尖らせながらも名前を教えてくれる。その素直さに、ユニヴェールは自然と笑みがこぼれた。


「神ルミエール様の光が、カラの行く末を明るく照らしてくださいますように」


 ふわっとした小さな光が少年の頭上で弾ける。降り注ぐ金色をカラは見上げていた。


「食事に困ったときは、神殿を頼ってください。朝の八時から数量限定ですが、パンとスープを配っています。お母様が病気だと伝えれば、パンを余分にくれるはずです。食事だけは必ずとってくださいね」


 神殿には金が唸っているので、パンがいくつなくなっても痛くも痒くもない。


「……バカな聖女」

「よく言われます」


 神殿で鍛えられたユニヴェールには、そっぽを向く少年の文句などくすぐったいだけだ。


「わたしを見かけたら、また声をかけてくださいね」

「……フン」


 甘えることが苦手そうな少年に別れを告げて路地を出る。

 先ほど声をかけてくれた男性が待っていた。


「施しを与えて、満足か?」


 どうやら、彼はユニヴェールが気に入らないらしい。


(待ち伏せをする人って、どうして意地悪なの?)


 同年代の神官や聖女は、よくユニヴェールを待ち伏せた。

 外の世界でも変わらないようだ。


「満足です。自己満足です」


「後悔するかもしれないぞ」


 うわ……嫌な人。


「そうかもしれません。でも、自分を嫌いにならずに済みました。それだけで充分に得をしたと思ってます。他人に文句を言うだけの人よりはマシだと、いい勉強にもなりました」


 反論すれば、さらに文句が返ってくることをよく知っている。だから普段は聞き流す場面なのに……、どうしてだか彼には厭味を返してしまった。神殿から解放されて、口まで自由になってしまったのだろうか。気をつけなければ。


「も、文句を言っているわけでは……っ」

「失礼します」


 ユニヴェールは急いでその場を離れる。


(口撃はしちゃ駄目だよね。でも、これからは自分の意思を伝えていかないとね)


 明日からの嫌がらせを考えなくていい。外の世界は自由だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る