男の娘……ですと?

「あたしは、お母さんの薬代を買うのがやっとで……」


 ワッと泣き出す子供に慌てた。


「そ、そうですよねっ、薬は高いですものね……っ」


 五歳からほぼ神殿の外へ出たことがないユニヴェールでも、薬が高いことは知っている。


「わかりました。わたしが魔石を買いましょう!」


 自腹は痛いけど、のちほどダンジョンで稼げばいいだけだ。


「ありがとうございます、聖女様!」


 無邪気にはしゃぐ子どもに手を引かれて、路面に出ている屋台へと連れていかれる。


「これがいい!」と子どもが指を差したのは、両手で抱えないとならないほど大きいものだった。


 ユニヴェールの口から「うっ」と声が出た。


「こ、この大きさでは、わたしには扱えなくてですね……っ。こっちなら、いけるのですが」


 ユニヴェールはあたふたとしながら、片手に載るくらい小さい魔石を指さした。


「小っせーじゃん」


「え?」今、子どもの口から汚い言葉が聞こえたような……。


「ううん、なんでもなぁい。じゃあ、それを十個くらい買ってもらえる?」


「じゅ、十個ですか!?」


 ちらりと値段を見る。ひとつ三万メテオだった。


(十個も買えない……っ)


 ユニヴェールの手のひらに、じわりと汗がにじんだ。


「あの、どう頑張っても六個が限界でして……」


「はあ?」


 子どもが蔑みの目でユニヴェールを見た。


「すみませんっ、わたし末端の聖女で……っ、謝儀をあまり貰ってなくてですね……っ」


「ちっ」子どもが舌打ちした。


「じゃあ、いいや。ううん、お願い、聖女様。病気のお母さんのために、魔石を買って浄化石にしてください」


 なぜだろう……。少女が、母親を心配する純真無垢に見えない。


「そ、そうですね……っ」


 お金がすべて吹っ飛ぶ! なんて言っていられない。命には代えられないのだから。


「では、こちらのサイズを六――――」


「待て」


 ユニヴェールが魔石を指さすも、第三者の声が止めた。


 振り返ると、銀髪に長身の男性が、子どもを睨むように見下ろしている。


「おまえ、以前も聖女をカモにしてたな」


「ちっ……」子どもがまた舌打ちし、「面倒なのに見つかった」と呟く。


「え? カモ?」


 騙されていたってこと? ユニヴェールが呆けているうちに、子どもがまるで大人みたいに腰に両手を宛がい深い溜息をついた。


「せっかくアホ面さらしてる聖女が釣れたってのに、邪魔すんじゃねーよ」


「あ、アホ面……っ」


 ユニヴェールは両手で頬を挟む。不細工と言われたことはあるけれど、アホ面と言われたのは初めてだ。


「女の子なんだから、見逃せよ」

「おまえは男だろう」

「えっ、男の子!?」


 むしろ男の娘?


「女の格好をしていても、仕草を見れば男だってわかる」


 わかりませんでしたがっ!?

 ユニヴェールは三度ショックを受けた。


「こっちは商売なんだよ、バーカ!」


 子どもらしい悪態をつきつつ、素早く逃げていった。

 詐欺と証明しているような少女……少年? の行動だった。


「あんたも、わかりやすい手口に引っかかるな」


 冴えた月のような銀色の髪に、夜明けの空を映しとったみたいな青色と紫色の珍しい瞳。瞳と同じバイカラーのピアスを着けた男性に諭される。


「そ、そうですね。気をつけます」


 頷いたものの、つい、小さな背中を探すように視線を走らせてしまう。


「気にしなくていい。あいつは詐欺の常連だ」


「……はい」


 だけど、子どもが詐欺を働いてでも、お金を得ないとならない事情があるはず。

 ユニヴェールは魔石を指さした。


「三万メテオの魔石を、ひとつください」


「よせ。その場限りの情けをかけても、なにも解決しない。人を騙しても許されると知れば、同じことを繰り返すだけだ」


 横から手が伸びてきて制させられた。


「神殿に住む聖女にはわからないだろうが、世の中には子どもを使って金儲けするようなクズもいるんだ。危ない連中に目をつけられる前に、詐欺が金にならないことを覚えさせたほうがいい」


 彼の言うことは、もっともなのだろう。


 ユニヴェールのお粗末な同情は、少年のためにならないのかもしれない。


「それでも、稼ぎがなければ、さらに危険な行為に手を出すかもしれません。子どもを正しい道へ導くのは当然ですが、彼の今日を護ってあげることも、大人の務めだと思います」


「っ……」


「助けてくれて、ありがとうございました」


 世間を知らないユニヴェールの言葉に説得力はない。所詮は綺麗事だ。

 だけどここで少年を放ってしまったら、絶対に後悔する。

 ユニヴェールは魔石をひとつ購入して、少年を探した。

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