肉なら迷わず買うけどね
「やっと着いた……っ」
町は大層賑わっている。神殿もあるが、ダンジョンもあるためだ。
神殿が唯一認めているダンジョンの『正式な入り口』は、神聖国にしかない。
だから町には参拝者と同じくらい、冒険者がいる。
人が集まる場所には店も集まる。そこかしこから食欲を誘う、いい匂いがしていた。
「お腹空いたぁ」
広場に出ている屋台に目移りしてしまう。肉の串焼きもあった。
「肉……ッ」
神殿では肉食がご法度だ。それでも隠れて食べている神官や聖女がいることをユニヴェールは知っている。
もちろん、役立たずのユニヴェールにおこぼれが回ってくることはない。肉なんて十年以上食べていない、ユニヴェールにとっては幻の食材みたいなものだ。
「もう聖女じゃないんだから、食べてもいいんだよね」
肉の匂いに、ユニヴェールの喉がごくりと鳴る。急いで駆け寄った。
「す、すみません、一本ください!」
「あいよ!」
いけないことをするような背徳感はあるけど、肉の魅力には抗えない。
噴水のへりに腰掛けて、がぶりと噛みつく。やや焼き過ぎの嫌いはあるものの、肉汁がじゅわっと口の中に広がってユニヴェールに多幸感をもたらした。
「んふぅ~、美味しい~っ!」
皆が隠れて肉を食べたがる理由がよくわかる。お肉最高~!
これからは肉でもなんでも好きなものが食べられる。なんて幸せだろう。
「もう一本ください!」
頭にを巻いた屋台の主人が、今さら心配そうにユニヴェールを眺める。
「その服……あんた、聖女様じゃないのかい? いいのかい? 肉なんて食べて?」
ユニヴェールはヒマワリの花が咲くみたいな明るい笑顔を返した。
「聖服に似ていますが、これは違います。もう聖女じゃありません。お肉でもなんでも、食べられるんですよ」
着古した聖服をリフォームして私服としているため、どうしても似てしまう。底辺聖女のユニヴェールにとってドレスは贅沢品で買えなかったせいだ。それでも肉は買う。
「そうか。だったら、好きなだけ食べてくれ! この辺じゃあ、一番美味いって自負してるからよ!」
「何本でもいけちゃいそうです!」
にこにこ顔で串焼きを食べて、さらに一本追加した。
食事だけとっても、これからの生活が希望に満ちていた。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです!」
「また来てくれよ!」
さらに一度は食べてみたかった綿菓子や串ドーナツを食べて、大満足でギルドへと向かう。
町の中心街以外は、参拝者と冒険者で住みわけができている。
参拝者はより神殿に近い東側、冒険者はよりダンジョンに近い西側。
そのため西地区に入ると白色が減って、ユニヴェールの服が大層目立つ。
(なんで冒険者って、濃い色の服が多いの……っ)
悪いことをしているわけではないのに、ついつい道の端に寄ってしまう。
不意に、服が引っ張られた。
「ん?」背後を振り返る。十歳程度の子どもがいた。
エプロンドレスを着た女の子だ。肩まである紺色の髪を二つに結っている。
「ねえ、聖女様なの?」
「はい、いえ、さっきまで聖女でしたが」
子どもには言い回しが難しかったのかもしれない。怪訝な顔をされた。
「せ、聖女です。神聖力は、ありますので……っ」
子どもは少し考える素ぶり見せてから、途端に青みが強い紺色の瞳を潤ませた。
「お母さんが病気なんです。聖水を飲ませたいけど高くて……、せめて浄化石があればたくさん飲ませてあげられるのに、お、あたしじゃ、買えなくて……っ」
「それは、おつらいですね」
神殿にも、生活困窮者が救けを求めて訪れることがある。そういう人にはパンとスープを振る舞うこともあるが、根本的な解決にはならない。
「聖女様、浄化石をいくつか分けてもらえませんか?」
子どもが切実な目をして手を組んだ。
願いを叶えてあげたいのは山々だけど、材料の手持ちがない。
「分けて差し上げたいのですが……手元に聖石がないんです。せめて魔石があれば祝福させてもらうんですが」
子どもがにっこりと笑った。
「あそこに売ってますよ」
「え? わ、わたしが買うの?」
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