末端聖女は破門されました
「この、役立たずめ! どこへなりと行くがよい!」
肩を突くように押されて尻もちをついた。
神官長が足音も荒く神殿内へと戻っていく。
そばにいた同年代の聖女たちが、ニヤニヤといやらしい笑みで見下ろしてくる。
「あら~残念だわぁ~! 掃除をする下女がいなくなっちゃう~!」
「明かりをつけるしか能がない聖女だもの、神殿には必要ないわよねぇ~!」
「バケツ一杯程度の浄化しかできないなんて、同じ聖女を名乗るのが恥ずかしかったのよ!」
「役立たずでも、歓楽街だったら喜んで受け入れてくれるんじゃな~い!」
四人組が笑いながら神殿内へ戻っていく。
最後まで言い返すことができなかった。
「とうとう追い出されちゃった」
ユニヴェールは、聖服に似た私服をぱたぱたと叩く。
着替えて荷物を持って来いと言われたときから、悪い予感があった。
『私の後援者に媚びを売ったそうだな! 貴族にでもなるつもりか! おまえに聖女を名乗る資格はない! 今日限りで神殿から追放する!』
神官長が大層怒っていたが、ユニヴェールに覚えはない。
大方いじわるな誰かが、神官長に嘘を吹き込んだのだろう。
「だってわたし、お見送り担当なのにね」
神ルミエールを崇める神殿への参拝者は多い。
日頃の感謝と幸福を求めて祝福をもらいに訪れる者もいるけど、中には人生最期の平安を求めて祈りを捧げに訪れる者もいる。
ユニヴェールの担当は、主に平民の老人や病人へ祝福を授けることだ。
ユニヴェールのふわっとした祝福でも、彼らは感謝してくれる。でも彼らが二度と神殿を訪れることはない。まさに一期一会の関係。
その中には貴族もいたかもしれないけど、金持ちではなかったはず。なぜなら、神殿は拝金主義だ。
金持ちが来ようものなら、高位の神官や聖女が笑顔で対応に向かう。
たまに一部の金持ちが、ユニヴェールに祝福を頼みたいと指名してくる。
ユニヴェールは珍しい桃色の髪に、さらに珍しい金色の瞳をしているからだ。
「なんで神様のお酒なんて飲んじゃったかな、わたし」
ユニヴェールには前世がある。前世といっても赤ん坊だった。でも意識があった。
赤ん坊のユニヴェールは殺された。
高く掲げられて、笑い声の主にナイフを向けられた。
誰かが『やめて!』と必死に叫んでいた。
次の瞬間には美しい場所にいた。
ハイハイしながらいい匂いのする方へと向かい、そこに湧いている水を飲んだ。水っていうか酒だ。
『
酔っ払ってへろへろになったユニヴェールを、美しい男性が抱き上げてくれた。桃色の長い髪に黄金色の瞳。光り輝く神だ。
そこで軽く話を聞いた。
『おまえは、父親に供物とされた。母親が命懸けで、おまえの魂をここへ送ったのだ。ここか? ここは神の国。神界とも呼ばれる』
ユニヴェールは少しの間、神に世話をされながら神界で暮らしていた。
本能的に強くならなければ、とでも思ったのだろう。神のおやつ
『それだけ図太ければ、転生しても問題なかろう』
そんなわけで地上へ戻されたのだが、神はあろうことかユニヴェールを道端に捨てたのだ。
神のくせに赤ん坊を道端に捨てるってどういうこと!? って怒ったけど、幸いにもすぐに拾ってもらえた。
でも髪は桃色だし、瞳は金色だ。神聖力ももってる。神と同じ色なので、神世界で口にしたものの影響かもしれない。
とにもかくにも、ユニヴェールは人間界で珍しい色をもつ赤ん坊となってしまった。
その物珍しさのせいで、神殿外の人々から会いたいと望まれる。主に権力者や金持ちに。
でもユニヴェールは、一度として彼らと会ったことがない。
『神聖力がろくにないくせに、夜会に招待されるなんて生意気なのよ!』
『おまえみたいな出来損ないが貴族の養女なんて、あり得ないわ!』
なんの話か訊ね返す隙すら与えてもらえないまま、聖女たちから罵倒される。
ひどいときには洗濯室や倉庫に閉じ込められたり、嫌がらせをされたりする。
『顔がきれいだからって、いい気にならないことね!』
褒めているのかけなしているのかわからないけど、彼女たちがユニヴェールを嫌っているのだけはわかっている。
でも、反論はしないし告げ口もしない。もっとひどい嫌がらせへと発展するからだ。
救いは、ユニヴェールがポジティブということだろう。
「生贄として殺されるよりも、断然マシよね」
大層ポジティブだった。
「これって、チャンスかも!」
追い出されたことは不名誉だけど、閉鎖的な神殿で一生を終えずに済む絶好の機会だ。
「神ルミエール様の思し召しですね! ありがとうございます!」
五歳で神殿に預けられてから早十二年。
実家よりも長く暮らしてきた白亜の神殿を見上げる。
楽しい想い出がないとは言わないが、つらい想い出も多い。
衣食住に困らない生活ができたのは聖女になったおかげだし、預かり金として家族に大金が入ったのは、いくらかでも親孝行ができたはず。
そろそろ解放されてもいいころだろう。
「ルミエール様、お世話になりました」
片膝をついて感謝を告げると、ユニヴェールは足取りも軽く神殿を後にした。
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