10、『断章』3

「まさか『勇者派』の三人が全員殺されるとはな…」


「終わった…せっかく良い国になると思ったのに…」


「クソ!『勇者派』が瓦解した瞬間に俺たちの税をあげやがった!」


「俺たちの希望が…」


「『聖女』様が一体何をしたって言うんだ!」


「俺のおふくろは『聖女』様に救われたんだ」


「俺の妹は聖女様のおかげで歩くことができた」


「でも、エリーテル教も黒い噂はあったよな」


「ああ、聖女様は『王室派』から多額の献金を受けていて、『賢者』と『剣聖』を嵌めたって聞いたぞ?」


「それは分からないが、『勇者派』の実力者は『聖女』様擁するエリテール教に殺されたらしいな。教義を馬鹿にしたとかそんな感じだったと思う」


「マジか…そんなことで…」


「俺はやると思っていたぞ?邪教徒をあんなに惨く処刑する奴らがまともなわけがない」


「ああ、アレは敵ながら同情した…」


「『聖女』様は裏切者だったってことか?」


「もう何を信じればいいんだ…」


「そういえば、『聖女』様が師匠の『不死王』を幽閉したらしいぞ?」


「なぜだ?直接活躍したわけではないが、三勇者を育てた偉大な方だぞ」


「俺はそれでよかった。『黒の民』が近くにいると思うと恐怖でたまらなかった」


「私も」


「それよりも悲劇はこれだ…ん?いやな、ウィルゴート陛下が『聖剣』、『聖杖』、『聖典』にまで選ばれたらしい」


「三つの力に選ばれた人間なんているのか…?」


「確か、帝国の初代勇者がそうじゃなかったか?」


「ああ、そういえばそうだったな。子供の頃に本で読んだきりで忘れていた」


「名前は確か、『フローレンス』だったか?」


━━━


『王室派』の近衛騎士団が数人訪れた。私は牢のごつごつした床で寝ていた。『天の鎖』から解放された私は聖堂の最下層、『太陽の昇らぬ部屋』で過ごしていた。正直、『天の鎖』の中の方が快適だったまである。


「出ろ…」


「ん、ふぁあああ。早かったわね」


「『聖女』が亡くなった」


「そうでなければ、私を解放する必要がないものね」


『天の鎖』を解除するには『聖典』の所持者が行う。たとえ、術者が死んだとしても、その効果は続くので、解除以外に私が解放されることなかった。『聖女』が解除するなんてことはありえない。ということは別の『聖典』の所持者が選ばれたということだ。


牢の鍵が開けられ、私は数日ぶりに地上に出ることを許された。


「陛下がお待ちだ」


牢を出ると、外は真夜中だった。辺りはしんと静まり返り、月の光が王宮への道を照らしてくれていた。


「ふふ、ざっと千年ぶりかしら?長いようで短かったわ」


私は王宮に向けて歩を進めた。


━━━


「ねぇ、エリテール」


私は今、エリテールのケーキ屋にいる。ウィルはいない。日課の素振りをしているらしい。剣の修行など無意味なのだが、単純に好きらしい。


「そろそろ金を払う気になったの?」


カウンターで皿を拭いているエリテールが私を半眼でジッと見てきた。


「いえ、それはないわ。それにウィルが払っているんでしょう?」


「貴方が払いなさい。いつまで弟子に甘えているの。モンブランだって安くないのに…」


これはエリテールの話が長くなるパターンだ。エリテールも年を取った。出会った頃は本当におてんば娘だったが、今では口うるさいお母さんだ(それを言うと怒る)。


けれど、ふと思う。


━━━私よりも年上の彼女がいなくなったら、私はどうなるのだろう?


「まぁそれは脇において置いて」


「置いとくな、穀粒し」


「ウィルは何者?」


「…どういうことかしら?」


洗い物をしていたエリテールの手が止まる。


「『聖剣』を使えるのは良いわ。アレは人間なら誰であろうと使うことができる。けれど、『聖杖』まで使えるとなれば話は別よ。例外を除けば━━━」


聖遺物は一人一つまでが原則だ。『聖剣』に使用者制限はない。けれど、『聖杖』にまで選ばれるとなると、そこに疑問符が湧いてしまう。『聖杖』は触れている者の魔力を向上させるが、『聖杖』に選ばれるためには、『聖杖』に魔力を注がなければならない。それも生半可な量ではない。


けれど、ウィルには魔力がない。それなのに、『聖杖』に選ばれるというのは━━━


「オールストン帝国の王族だけ、と言いたいのね?」


エリテールが正解を示した。もう観念したといったような感じだ。私としてはそんなに大した推理をしたわけではないから、何も達成感はない。


そもそも『聖剣』、『聖杖』、『聖典』はオールストン帝国建国の際に女神が送ったとされるものだ。オールストンに危機が訪れた時、王がその力で困難を乗り越えるためのものだ。今では、王族以外がその三つの聖遺物を使っているが、その使い方は本来のものではない。


「やっぱりそうなのね…けれど、王族を誘拐なんてしていいのかしら?確か、次世代の王族は一人しか生まれないんでしょ?帝国を滅ぼしたいの?それとも、既に帝国への未練は断ち切ったってことでいいのかしら?」


エリテールは追放された帝国に未練が残っていた。ついに、『黒の民』としてあの国を落としに行くのかと思ったが、表情を見てみる限りそういうものではない。エリテールのあんなに苦々しい表情を見たのは初めてだった。


「ねぇ、フローレンス」


「何?」


「あの国が呪われているって言ったら信じる?」


「そうね…」


オールストンは跡継ぎが一人しか生まれない。それのおかげで帝国は長らく繁栄してきた。そういう意味では呪われているのだろう。けれど、ウィルを誘拐した理由に繋がらない。私は話の続きを促した。


「アレキサンダーの願い事を覚えてる?」


「ええ、確か『オーストン帝国の千年間の平和』だったかしら?」


エリテール、アレキサンダー、そして、私は初代勇者パーティと呼ばれていた。オールストン帝国が危機に瀕した時、私たちが選ばれた。エリテールが『聖女』、アレキサンダーが『剣聖』、そして、私が『賢者』だ。


私たちは数々の苦難を乗り越えて魔王を倒した。すると、天から声が聞こえてきた。『女神』を名乗る女性が魔王を倒した功労者の願い事をなんでも一つ叶えると言って来た。


アレキサンダーは帝国の1000年間の繁栄を望んだ。エリテールは『聖女』として、王族のアレキサンダーを支えたいと言うと『魅了』の力をもらった。私はというと特に望みがなかったので、健康を望むと病気と怪我をしない身体にしてくれた。


ただ、その代償として私たちは聖遺物を使えなくなった。私たちがこれらを使うことはもう二度とないだろうから、その当時の私たちは何も感じなかった。


話を戻すと、アレキサンダーの願い事ははっきり千年繁栄だったのは覚えている。そして、私たちはアレキサンダーが亡くなっても、オールストンを見守り続けてきた。十数年程度では分からなかったが、数百年経つと、王家の跡取りは必ず一人になるということが分かった。


それがオールストン帝国の繁栄に大きく貢献したというのは多くの学者が賛同している。


「アレ?可笑しくないかしら?私の記憶だとアレキサンダーと出会ってとっくに千年は経っているわよね?」


「貴方ねぇ…まぁいいわ。もう千年はとっくに経っているわ」


時間というものに価値を感じなくなってしまったのだから、仕方がないじゃないかと言いたいが今はそんなことはどうでもいい。エリテールの言質が取れたなら、


「女神の祝福が今も続いているのはどうしてかしら?」


「…」


エリテールはアレキサンダーの妻となり、子を産んだ。私は二人の相談役となり、面倒だが政治に携わった。そして、その子が王になり、またその子の子供が王になった。徐々に私たちの発言の影響力が強まると、私は王宮を離れ、エリテールは『エリテール教』を創設して陰からオールストン帝国を支えるようになった。私は魔法の研究をし、エリテールは自分の特殊な力を万人が扱えるように『聖法』という名で確立していった。


「王家の子孫を一人とする女神の祝福のおかげで千年も帝国が繁栄した。けれど、問題はその後よ。アレキサンダーの願いが叶った今、帝国に生まれる王族が一人だと思う?」


「…人間らしいと言えばらしいけれど、私たちよりもはるかに外道ね…」


「ええ、想像通りよ。オールストンの王家は王を残して、兄弟、もしくは王家の血を引く者を秘密裏に消しているわ…本当になんでこうなったのかしら…」


人間とは醜く弱い。跡継ぎを一人にすることはオールストン帝国を反映させるために女神の行った最高率の手段。人間が愚かにもそれを真似しようと思えばそのようなまがい物になってしまうのも仕方がない。とはいえ、外道に外道を重ねたような手段に私も久しぶりに嫌悪感を抱いてしまう。


「けれど、私は少しだけ安心したわ」


私とエリテールだけは『祝福』が『呪い』に変質してしまったが、アレキサンダーの願いだけはずっと続いているものだと思っていたので、少し嫉妬していた。けれど、実態はもっと酷い物であった。


女神の『祝福』はある日を境に『呪い』に変質した。エリテールの『魅了』は『腐食』に反転した。誰からも信頼され、愛されたエリテールは一時、『女神』と呼ばれた。それがある日、『腐食』へと力が反転した。その効果は誰からも嫌われ、近づく者をすべて殺してしまうという恐ろしいものだった。


私の健康体も『不老不死』となっていた。数百年経って、知っている人間がエリテール以外に消えた時には死ぬことができない後悔に苛まれていた。


私たち二人はいつまで経っても変わらない存在でありながら、『呪い』を有する存在として、オールストン帝国を追放された。あの時のエリテールは酷かった。自分の子孫に追放されたのだ。その悲しみはとてつもないものだっただろう。


エリテールは何度も人間に歩み寄ろうとしていたが、石を投げつけられるのが常だった。私は何度もやめろと言ったのだが聞かなかった。


私が願ったのはささやかな生活。エリテールが願ったのはみんなに愛される存在として、オールストンを導きたい。どれも健やかな願いだったはずなのに、すべてが反転した。


『黒の民』はそんな中で見つけた拾い物だった。私たちが世界を放浪している時、迫害されている異種族の民を見つけた。彼らには『腐食』が効かなかった。それから何年かすると、『女神』に嫌われた異種族には『腐食』は効かないということが分かった。


異種族たちは間違ったエリテール教によって、迫害されてきた。皮肉なことにそれを防ぐために行動したのもエリテールだった。


そんなことをすると、徐々に人が集まりだし、私たちは『黒の民』と呼ばれるまでに至った。彼らは人数が少なかったが故に迫害されてきたが、一人一人は一騎当千の猛者だった。そして、そんな彼らを束ねるのはエリテールだった。


そして、『黒の民』はオールストン帝国の最大の敵となって立ちはだかっている。なんとも皮肉なものだ。


「でも、それなら納得だわ。ウィルはもう死ぬんでしょう?」


「…」


ウィルはオールストン帝国の王族とはいえ人間だ。エリテールの『腐食』に侵されれば行きつく先は『死』のみだ。


「ウィルを国に返してあげなさい。そうじゃないと本当に取り返しがつかないことになるわよ?」


「驚いたわ…フローレンスが他人の心配をするなんて」


エリテールは驚いているが、それ以上に私は私自身に驚いている。生とか死がどうでもよくなった私がウィルには心の底から生きて欲しいと願ってしまっている。


「残念ながら、そうはいかない…ゴホ」


「ウィル…」


いつの間にかいたのかウィルが私たちの後ろに佇んでいた。袋に最低限の荷物を入れて、腰には愛刀を携えていた。けれど、青白い顔は戦場に向かう人間の表情ではなかった。負傷兵という表現が一番適切かもしれない。


「準備は整った。『聖女』を殺してくる。ゴホ」


「待ちなさい」


今にも倒れそうなほどに弱ったウィルを見て、私は瞬間移動の魔法を使って行く手を阻んだ。ウィルは私の顔を見ると、少しだけ驚いたような表情を見せたが、すぐに戦士の顔になった。


「巡礼だ。『聖女』が国を出る機会なんてめったにない。今行けば、確実に殺せるはずだ」


「無理よ。『聖女』の力を教えたでしょう?『聖典』を使った『聖女』は限定的だけれど、『不死』の存在となるって説明したわよね?」


「俺も馬鹿ではない。作戦は立てた」


「ダウト。その顔は勝算のない戦いに行く敗残兵の顔よ?」


「…」


ウィルが顔を逸らして罰が悪そうにする。私は溜息をつく。


「ねぇ、ウィル。貴方がエリテールのために『剣聖』を殺したのは知っているわ。『賢者』もそうね。あの二人は『黒の民』にとって悩みの種であり、最大の障害。大方、エリテールに拾ってもらった恩を返すために私に教えを乞うたんでしょう?」


ウィルが義理堅い人間なのは知っている。オールストン帝国が王以外の王族を秘密裏に消しているという点からエリテールとウィルがどんな関係なのかは想像に難くない。


「けれど、『聖女』を殺す意味は分からないわ。今代の『聖女』は善人よ?『黒の民』が被害を受けたなんて報告はないし、放置していても私たちの障害になることはないわ」


傷ついた兵士を癒やすために、巡礼をし続ける『聖女』だ。あまりにも『聖女』すぎてエリテールを彷彿させられた。そんな人間はこの世界では貴重だ。もしかしたら、この不毛な争いを止められるかもしれない存在だ。


「フローレンス、あんたには呆れたよ」


「は?」


ウィルがこれ見よがしに私に向けてため息をついてきたので、眉をひそめた。そして、私を押しのけてドアノブに手をかけた。


「弟子から師匠にアドバイスだ。あんたはもう少し人間の感情に寄り添えるようになった方がいい。俺がそんなことを考えないで『聖女』を殺しに行くと思うか?」


「どういう意味?」


私を見て、もう一度ため息をついた後、ウィルはエリテールを見た。


「エリテールさん、行ってくる」


「どうせ止めたって無駄なんでしょう?ただ絶対に死んじゃダメよ?危なくなったら逃げてきなさい」


「ああ、ゴホゴホ」


「ちょっと!」


ウィルは私の制止を振り切って行ってしまった。止めようと思えば、魔法で抑えつけることができたが、最後にウィルが残した言葉がそれを拒ませた。ウィルが何を考えているのか全く分からない。


(ウィルは私に何か伝えようとしていた…?)


どれだけ考えても全く見当もつかない。


「分からないわ、ウィルが何を考えているか…」


この感情は不安だ。私は『分からない』に対して、恐怖を抱いている。


「貴方は何年経ってもそんななのね…」


皿を再び洗い始めたエリテールは私の方を全く見なかったが、その表情は呆れているのだろう。


「ウィルが、あの子がなぜ、『聖女』を殺すのかよ~く考えてみなさい」


「なぜ『聖女』を殺すのか…」


反芻するが、皆目見当がつかない。こんなに答えが欲しいと思ったことは生まれてから一度もなかった。


ウィルが戦いに赴いたおかげで、私は久しぶりに魔法の研究ができる時間をとれた。けれど、それをする気には全くならなかった。


「早く、帰ってきて」


私はウィルの帰還を祈り続けた。

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