9、『聖女』2
オールストン帝国で信仰されているエリテール教の総本山、エリテール聖堂には『聖法』を求めた人間たちが集まってくる。
病気、怪我から小さなところでは喧嘩の仲裁まで行う。最近、行った大きな仕事は『剣聖』のマルスと『賢者』のガーネットの事件の調査だ。
もちろん、それだけの行動にはそれなりの見返りがないとやっていられない。私たちエリテール教の人間は『勇者派』でありながら、国からの支援を受けている。国も私たちエリテール教の人間がいなくなると困るので、寄付をせずにはいられないのだ。
後は破門の制度だ。帝国の人間はエリテール教に入教している(不老不死の誰かさんを除いて)。犯罪を犯した者、エリテール神に背いた者には破門がある。破門されると地獄行きが確定する。かつて、皇帝陛下が一度破門されたが、後に自分が行った罪を思い出して、教会の前で土下座をしたという過去もある。
それだけエリテール教の影響力は強いと言える。
「そういえば、『聖女』様」
フローレンスには魔力封じの枷をかけている。最もフローレンスは『剣聖』以上に強い。となれば、そんなものをしていても、あまり意味がない。私の部下たちがフローレンスを囲んでいるが、囲んでいる方が恐怖を覚えている。まるで、いつ破裂するか分からない爆弾を扱っているようだ。
「なんですか?」
「私の『不老不死』は解呪できそう?」
「━━━悔しいですが、不可能です」
『聖典』には『解呪』という力がある。この世界には『呪い』という不可思議な力がある。私の『聖典』はそれを解呪する唯一の力であると言っても良い。
修行時代、フローレンスは自分の『不老不死』が『呪い』の一種だと説明した。けれど、フローレンスにかけられた『不老不死』は解呪できなかった。私としても、フローレンスとしてもこの世界から消えてほしい/たいという点で利害が一致していたので、喜んで研究した。
けれど、それを解呪することは不可能だった。あまりにも高度に絡まった呪力に『聖典』が一つでは足りなかった。私が後百人いてなんとかなるかならないか。そんなものだった。
私はいつ呪いを受けたのか聞いたことがあるが、フローレンス自体もよくわかっていないらしい。
「それにしても、貴方も偉くなったわね」
「なんですか…?」
「いえ、私の家で修行していた頃が懐かしかったのよ。皆、とても良い子たちが集まった。私は貴方たちと一緒にいれた時間は嫌いじゃなかったわ」
「そうですか。私は嫌で嫌で仕方がありませんでしたよ」
「ふふ、そうね」
マルスもガーネットもフローレンスにとても懐いていたみたいだが、私にはどうしてもそんなことはできなかった。ただ、『聖法』を使うのに、彼女の方が詳しかった。私は敬虔な信徒だ。対して、フローレンスはエリテール神を友人のように扱う無礼者だ。
それなのに、私よりも遥かに『聖法』に詳しく、秀でていた。私はプライドをしまって、教えを受けていたが、そのたびに、
「エリテール本人に聞いたのよ。中々面白い力よねぇ」
と宣う。私にとって、それは何よりも屈辱だった。『黒の民』ごときがエリテール神を騙る人間に教わったくらいで調子に乗るなと毎日思っていた。そして、それは今も続いている。マルスもガーネットも遊びを覚えてしまったが、私はフローレンスを殺すためだけに今の今まで毎日厳しい修行をしていた。
その結果、フローレンスをこうして追い込むところまで来たのだ。今は利用できるだけ利用しよう。そして、最後は私の手で殺す。
「それにしても最近外出しすぎなのよねぇ。三十年くらい家に引き籠りたいわ」
全く緊張感がないフローレンスを見てると少しだけ苛立つ。それにしても独り言がうるさい。別に知りたくもなかった事実だが、フローレンスは意外と構ってちゃんなのかもしれない。もしくは寂しがり屋。どっちにしろ面倒なのは変わらない。
フローレンスを拘束している姿を見られたくないので、私たちは人目につかないように気を付けているのだが、フローレンスの声が意外と響く。私は仕方なく、フローレンスの相手をすることにした。
「静かにしてください」
「嫌よ。さっきから『聖女』様が私を無視するから、自己主張しているのよ」
「…分かりました。何をすれば、静かにしてくれますか?」
「ウィルを返しなさい」
魔力を封じているのにこのプレッシャー。私の部下たちは尻もちを着いてしまった。だらしがないとは言えない。私でもこの存在が敵になったらと思うと恐怖ですくんでしまう。
「随分、ウィルゴート陛下にご執心なようですね」
「ええ。あの子は私を殺してくれるって言ったんでしょう?それなら早く会わせてほしいわ。やっと死ねるのだから。ふふ」
ウィルゴートに執着しているのはいい。だが、『不死王』を殺せるというのはどういうことだ。私の頭に色々な疑問がマグマのように湧き上がった。
「…ウィルゴートならあなたを殺せるのですか?」
私は半信半疑でそれを聞く。すると、フローレンスは微笑んだ。
「ええ。そのためにあの子は、『剣聖』、『賢者』、そして『聖女』を殺したのよ」
「…何を言っているのですか?」
私の心に言い知れぬ恐怖が支配した。フローレンスが何を言っているか分からない。私を見ているようで私を見ていない。理解しようにも、フローレンスの言葉に論理的整合性がない。まるで、私を道具と見たてて、話をしているようだった。
そして、枷に嵌められた腕をすぅ~っと上げると私に人差し指を向けてきた。
「もうここまで来たら隠す意味もないわね。『聖女』様、貴方の命ももう数日ね」
「っ!」
フローレンスからの明確な殺意に私の足が震えてきた。
(『聖典』は使っている。私は『不死』。フローレンスが何をしようとも私が死ぬことはありません!)
ふぅと深呼吸をして現状を分析する。冷静さを失わないことが戦場では何よりも大事だとフローレンスは教えてくれた。皮肉なことに絶対絶命のピンチで一番頼りになったのが、フローレンスの言葉では私も焼きが回ったものだ。
「ふ、ふふ!ついに自白しましたね?」
「ん?」
「貴方が『剣聖』マルス、そして、『賢者』ガーネットを殺したのですね?」
「ふふふ、それはどうかしら。でも、貴方の命が残り数日なのは確定してるわね」
「そうですか。では、『不死王』を『天の鎖』につなぎます。抵抗したら、ウィルの命がどうなるか分かっていますよね?」
私は『聖典』の力を最大限まで使う。すると、神々しい『天の鎖』が現れた。それが無抵抗のフローレンスを縛り付けた。ここまでくれば、封印が失敗するということはない。
「本当に諦めたのですね」
「ええ、抵抗する気なんてちっともないわ。どうせ数日で出られるもの。『天の鎖』の中で開発中の魔法を完成させるわ」
「そうですか」
『聖典』の力を使えば、私が死ぬことはない。だから、フローレンスの予言が実現することはない。私は自分の優位を確信した。
「最後に言い残す言葉はありますか?懺悔だったら聞きますよ?」
「さようなら、『聖女』様。死んでもエリテールはそこにいないけれど、天国に行けるといいわね?」
「あなたこそ何もない空間でエリテール神を侮辱した後悔をし続けなさい」
私がフローレンスを縛った天の鎖が徐々に神々しく発光したと思うと、フローレンスを包み込む。そして、一瞬光が強くなると、精巧なレリーフが描かれた箱が地面に落ちた。
私はそれを拾いあげると、部下の一人に渡した。そして、
「万が一があるかもしれません。エリテール聖堂境界の最下層に二重封印します」
極悪な罪悪人が繋がれている地下牢。二度と太陽の光が浴びれないことから通称、『太陽の昇らぬ部屋』と呼ばれている。万が一、封印が解除されたとしても、『魔力』を使うことができず、『聖剣』もないあの場所では何もできるわけがない。
「ふ、ふふふふ!やっと…!やっと成し遂げました!あの忌々しい『不死王』を封印したのです…!」
達成感が私の全身を支配した。すると、
「で、ですが、『不死王』を仲間にできなければ『王室派』には…」
「心配ありません。私が一人いれば事足ります。陛下が相手であったとしても私が抑えこめます」
「お、おお!」「流石、アレクシア様!」
これは慢心ではなく、確信だ。今の私なら『剣聖』、『賢者』の二人が向かってきても、倒すことができる。それだけ力を付けたという自信が今はある。
『貴方の命が残り数日なのは確定してるわね』
不意にフローレンスの言葉が私の耳に冷たく響いた。そして、急速に冷静になると、フローレンスが意味もなくあのようなことを言うのかと考えた。フローレンスはとても物臭だ。だからこそ、一言一言に意味があった。
「フローレンス、貴方を侮ってはいけませんね」
私は『聖典』を発動し、自身を『不死』にする。フローレンスは数日といった。今の私なら数日間『聖典』を使い続けられる。そして、死ななければ私は何度でも自分を治せる。見張りも付ければ、異常を探知できる可能性もある。
「私が本当に死ねるのか見物です」
私は不敵に『聖典』に呟いた。
━━━ 数日後、『聖女』は自室で死んでいた
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