7、『断章』2

「次は『賢者』様か」


「昨日、『剣聖』様が殺されたばかりだぞ!?」


「俺たちの生活水準が上がったのはあの人のおかげだからな」


「全くだ。…魔力がほとんどない者でも使える魔法具を開発したのは素晴らしかった」


「そういえば、『賢者』様は『剣聖』様が好きだったらしいじゃねぇか」


「俺もそれは聞いたことがある。ということは後追い自殺か?」


「実際その線は結構強いらしいぞ?今回も目立った外傷はない。ただ一か所だけ心臓から血が出ていたらしいぞ」


「いや、それはデマだ。用水路を上がっていくと激しい魔法の痕跡があったらしい。おかげで『聖女』さまが修復で大変な目にあっているらしいぞ」


「裏では結構、有名な話だよ。『賢者』は『剣聖』が関わると愚者になるのさ。『剣聖』は女好きだったからね」


「『剣聖』に狙われた子は可哀そうよ。身体を差し出さなかったら殺されるし、差し出しても『賢者』に殺されるか、実験体にされるの。まぁ行きつく先は同じだけどね」


「うわさでは、『剣聖』様をけなした騎士が殺されたらしい」


「『賢者』の耳はどこにでもあるのさ。どんなに厳重にかくした秘密でさえ発見される。それが都合の悪いことなら、なおさらね」


「国のためとはいえ、捕虜に拷問をする姿は『悪魔』そのものだったよ。皆、知らないが、『魔道具』はそうした犠牲の上に成り立っているんだ。俺はとてもじゃないが、使う気になれないよ」


「私たちとしては喜ばしいことね。『勇者派』なんていうのは力ですべてを押さえつけようとする野蛮な連中の集合体だ。私たちは命が第一だ。それなら『王室派』に税を上げられるほうが嬉しいくらいだ」


━━━


「『賢者』を殺したい。悪いがまた力を貸してくれ」


また、家の前で土下座している。可笑しい。私は一度この光景を見たことがある。私は仕方なく扉を開けた。


「あれだけ修行したんだから『賢者』相手にも同じことをしなさいな。私の力はもう必要ないんでしょう?」


「ぐっ」


ウィルは一度私の元から離れた。そして、騎士団に加わって、『賢者』を倒しに行くと息巻いて『聖剣』を持っていった。私は全力で止めたのだが、振り切っていってしまった。その結果がこれなら、抗議の一つも言いたくなる。すると、ウィルは頭を下げたまま言い訳をぽつぽつと話した。


「魔法と剣では死に方が違いすぎて≪迷える子羊スケープゴート≫のタイミングがずれるんだ。戦場でただの魔法使いに殺されそうになって、すぐに帰還させられた」


「はぁ…」


私の予想通りすぎて、頭が痛くなる。ウィルが頭の良いと思ったのがはるか前で、今はその逆だ。馬鹿すぎる


「『聖剣』の力を天才以外の人間が使うとこうなるって言ったわよね?」


「はい…」


「貴方の強さは騎士で言えば、そうね。ちょっと強いの分隊長ってところかしら。だからこそ、敵は数を増やしてあなたを倒しに行くの。さて、あなたは一対複数の戦いしたことがあるかしら?これも何度も言ったわよね?」


「面目ないです…」


圧倒的な力をさらに強くするから価値がある。それが『剣聖』が『剣聖』たる所以なのだ。今回のことは言いクスリになっただろう。呪術師には華やかな戦いはできないということを。


「はぁ…鍛えるのには条件があるわ」


「なんだ…?」


「『聖剣』は没収します」


「え?」


「もう分かったでしょう?貴方はどこまで言っても呪術師なの。それが『聖剣』なんて使えない武器を持ったばかりにこんな中途半端になって…ということで没収「いやだ」は?」


私は耳を疑った。ウィルを見ると、『聖剣』を大事そうに握っていた。


「他の物だったらなんでもいい!だが、『聖剣』だけはやめてくれ!」


「ダ~メ。必要ない物は私が預かります」


「駄目だ!俺はこれからの人生をエクスカリバーと共に生きていくって決めているんだ!」


(『聖剣』に名前を付けるなんて…そういえば、ウィルもアレ・・の年頃か)


右腕が疼くのは年頃の人間なら仕方がない。私の数少ない黒歴史もそれだ。それを思うと、私の中で悪戯心がにょきっと芽を出した。


「そう、それなら仕方ないわ。せいけ…じゃなくて、エクスカリバーは私がもらうわ」


「え?嘘だろ?なぁ師匠モンブランを買ってくるからゆるしてえええええええ!」


十秒後、私は『聖剣』を強奪し、空間魔法で収納した。二度と返ってこない絶望感を抱いたウィルの顔でそそられたのは秘密だ。


━━━


「今まで斬り傷でしか死んでなかったものね」


私はしょげたウィルをなだめながら、ウィルが魔法使いに負けたという話を分析していた。その要因は圧倒的な経験不足だ。


「…魔法だと熱死もあれば、圧死もある。水魔法を使われたら溺死もあるときた。まさか斬死以外にこんなにバリエーションがあるのかと情けなくなったよ」


ウィルの経験不足というのは死に方のバリエーションだ。今まで『剣聖』に勝つための修行しかしていない。戦場において剣での一対一ならウィルは最強だ。それだけ≪迷える子羊スケープゴート≫が強力だと言えるだろう。


現に私は純粋な剣での勝負でウィルに勝つことはできない。絡め手を使えばいくらでも手段はあるが、致命傷を与えた瞬間に私が終わるのだから、どう転んでも勝ち目がない。


(呪術師は最弱だなんてもう言えないわね…)


「私ならあらゆる魔法に精通しているわ。貴方の望む無限の死に方を提供できる。けれど、いいの?『剣聖』以上に辛い修行が待っているけれど…」


「構わない、再び修行を頼む」


「断っても無駄なんでしょう?満足するまでやってみましょう」


「恩にきる」


ウィルはいつも通り頭を下げる。出会った頃よりも上等な服を着ているおかげか気品さがある。そういえばウィルのバックにいる人間は何を考えているのだろうか。『剣聖』を殺すなんて偉業を成し遂げて一生分の給金をもらったはずなのに、未だに『賢者』殺しなんていう地獄へと向かおうとしている。


「…ねぇ一つだけ聞いていいかしら?」


「なんだ?」


「毎日のように私にモンブランを届けに来るけれど、暇なの?」


聞きたかったことはそれではないのだが、自然と口に出てしまった。私との修行は既に終わった。それなのに、毎日律儀にモンブランを届けにくる。たまに昼頃にふらっと現れては私を町に連れまわす。私にも知り合いができるなんてどれくらいぶりだろう。


「なんだ?嫌なのか?」


「ええ…と言いたいところなのだけれど、楽しいと思ってしまう私もいるのよね。不思議ね」


「そうか。それなら俺も連れまわした甲斐があった。今度は伝説のモンブランを作っている店を探しに行こうか」


「何それ?」


「俺も詳しくは知らないが、町を歩いている時にそんな話を聞いた。一口食べれば、死んでしまうほど美味しいらしい」


「それは見つけないといけないわね。ねぇウィル?くだらない修行はさっさと終わりにして町に散策しに行きましょう?あ、いい意味でよ?」


「本音が出すぎだ…俺も興味があるから、後で探しに行こう」


まさか私を殺せる可能性があるものが存在するなんて思わなかった。モンブランを好物なのは運命だったのだ。私を殺せるのはモンブラン。そう、それしかない。


「そんなに嬉しそうにしているのを初めてみたな…」


「嬉しそう?私が?」


「ああ。普段、感情が全然動かないからゴーレムかと思っていたが、笑っている方が似合うな」


私はバケツに水魔法で埋める。そして、自分を見ると確かに笑っていた。私はとても今が楽しいらしい。ウィルがまじまじと見ていたので、私はなんとなく照れくさくなった。


「コホン、それじゃあ惨殺を始めるわ」


「もうちょい言い方なんとかならないのか?」


「うるさい。はじめるわよ」


いつもより心臓が早い。私は今、猛烈にウィルに顔を見られたくない。


「俺には時間がないからな…ゴホ」


私の耳にはウィルの声は届かなかった。


余談だが、修行を終えた後、『聖剣』を返してくれとウィルが喚いていたので、夜だけは返すことにした。


━━━


紅茶とモンブランを用意して、私は新聞を開いた。一週間前に『剣聖』と『賢者』が死んでから町がうるさくてしょうがない。私は魔法で新聞をくすねてきた。金は気付かれないだろうし、問題ないだろう。


新聞には大きく『賢者』の死を悼む声で埋め尽くされていた。連日連夜、『剣聖』、『賢者』のことについて言われているので、新聞屋は相当儲かっているのだろう。


だが、私の興味関心はそれではなかった。


「にゃ?」


「ふふ、こっちにいらっしゃい」


小さく書かれているが、皇帝が『聖剣』、そして、『聖杖』に適合したそうだ。もちろん、これは凄いことだ。聖遺物は原則一人一つしか使えない。これが通例だった。だから、『剣聖』、『賢者』などの異名が付いたのだ。


古い文献には勇者というのは『聖剣』、『聖杖』、そして、『聖女』の持ち物である『聖典』を持っているという言い伝えがある。つまり、オールストン帝国の初代勇者はすべてを扱うことができた。そして、それを持って魔王を倒した…とされている。


現在、『王室派』はますます力を付けている。『聖剣』、『聖杖』に適合した皇帝がいれば、敵対勢力を潰すことができるし、上級貴族の権力はますます強くなる。


「『王室派』は自分たちの正当性を示すために、最後の『聖典』をとりにいくでしょう。皇帝陛下が三つの聖遺物を揃えたら初代勇者と同じ力を持つことになるわ。そうなると困るのは『勇者派』の残党たち。特に『聖女』を信望している人間たちね。残った手段は三勇者を超える私に頼ることだけ。そうよねアレクシア?」


「お久しぶりです、フローレンス」


銀色の髪を靡かせ、誰をも魅了しそうな笑顔を私に向けていた。笑顔でいるのは彼女のデフォルトだ。基本的に自分の内心を悟らせないのが、『聖女』アレクシアだ。


とりあえず、


「ノックくらいはしなさい…」

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