5、『賢者』

「『剣聖様』が死んじまった」


「なんでよ…!なんで!」


「まだ若いのに…おいたましや」


「犯人は捕まったのか?」


「いや、逃走中だってよ」


「どうせ犯人は『王室派』の連中だろ。クソが!」


「だとしても『剣聖』様だぞ?あのお方を殺すなんて可能なのか?」


「分からない…」


「ん?なんだ?『剣聖』様について知りたい?」


「あのお方、いや、勇者の三人は私たちの希望だったよ。あの腐った貴族たちを真っ向から否定するためにね!本当に『王室派』はクソ共の巣窟さ」


「俺、戦場で『剣聖』様に救われたんだ。だからこそあの人の盾となって死にたかった…」


「剣聖?ああ、あのクソ野郎だろ?」


「敵対するやつには容赦をしない。切り捨て御免だがなんだが知らないが、裏町の人間は秘密裏に消されているよ」


「最近だと娼婦を一人殺したらしいぞ?なんでも身体の感度がよくなかったとか」


「俺の聞いた話だと、奴隷の兄弟を殺したとか。腹が立っているときに、楽しそうにしているのが目に入ってやっちまったんだと」


「俺らからしたら、『剣聖』なんてクソ野郎だよ」


━━━


「困ったわね。このままだと私が『剣聖』殺しの容疑者として罰せられてしまうわ」


「にゃあ~」


私は週に一回の外出をしていた。私は黒いベールをしている。認識阻害の魔法をかけているので、常人では私が『不死王』だということに気が付けない。『不死王』が『勇者派』の師匠だというのは周知の事実だが、目立ちたいわけではない。


「は~、めんど…」


城下町の市場に行けば、私の大好物のモンブランが売っている。私はそれだけを楽しみにわざわざ外出している。自宅で作ろうと思ったことが何度もあるのだが、私は料理の才能がないらしい。どうしても隠し味をいれたくなってしまう。


市場は活気が凄く、値下げ交渉や店番の子たちが必死に売買を行っていた。私も何度も声をかけられたが、面倒なので全部スルー。モンブランを購入すると、私は高台に登って、城下町を見下ろしていた。


「しんど…」


「にゃ~」


ベンチに座ると、そんな声が漏れ出てしまう。黒猫も私の隣に陣取ると、丸くなって寝てしまった。私は黒猫を撫でながら購入したモンブランを口にする。


「苦労して手に入れたモンブランは格別ね」


人嫌いの私があれだけの人間と接した(全部無視したけど)のだ。これくらい美味しくなければやってられない。一つ目を食べ終えると、二つ目のモンブランを口にしたい欲求が生まれたが我慢した。そして、無理やり別のことを考えることにした。


「それにしても、ウィルはどこに行っちゃってるのかしら。そろそろ帰ってくると思っていたのだけれど」


「にゃぁ」


不肖の弟子は帰ってこなかった。一緒にモンブランを食べに行こうと思っていたので、予定がくるってしまった。すると、黒猫が私の膝の上に移動した。


「ふふ、気楽なものね。貴方が何を考えているのかとても気になるわ。早く、動物と話せる魔法を完成させないといけないわね」


新聞を読むと、一面が『剣聖』のことで埋め尽くされていた。王都でも道を歩けば『剣聖』が殺害されたというニュースでいっぱいだった。『剣聖』を殺せる人間など王都には片手で数えるほどだろう。けれど、それは正面から戦った場合だ。暗殺となったら、話しは別だ。生物は皆、一つの命しかない。お笑い道芸で、一発屋という言葉があるが、文字通り一発達成すれば、『剣聖』は二度と蘇ることはない。


それでも、『剣聖』を殺すのは難しい。『聖剣』には剣の腕と五感を十倍以上に強化する能力がある。その状態の『剣聖』は文字通り最強だ。どれだけ暗殺を企てても殺すことができない。それゆえに、『王室派』は中々手が出せなかったのだ。


「それよりも面白いのはこっちのニュースよね」


「にゃあ?」


ページをめくると、気分屋の黒猫が私の膝に移動した。


『聖剣』が『王室派』に没収されたということが小さく載っていた。もちろん、『勇者派』の人間がそんなことを許すわけがない。ということは『剣聖』の第一発見者は『王室派』ということになる。そして、もっともらしい正当性を持たせて『聖剣』を没収した。王家としては棚から牡丹餅だろう。今まで足りなかった純粋な『力』が手に入ったのだから。


そして、今年十八になった皇帝が『聖剣』を使うそうだ。既に『王室派』の筆頭戦力である騎士団長を倒したらしい。力を手に入れた皇帝はこのまま『聖杖』、『聖典』も狙うだろう。『王室派』に勢いがついてきたと言っても過言ではない。


もちろん、それをおめおめと許す気も『勇者派』にはないだろう。となると、次の動きはわりと簡単に予想できる。残る筆頭戦力は『賢者』と『聖女』。


「めんどうくせ…あ、いい意味でね」


「にゃあ…」


家に帰ると、黒いローブを来た一団の中に魔女帽子と赤髪をツインテールにした勝気な女性が魔女の館の前に居座っていた。『賢者』ガーネット。私の弟子の一人だ。私を見つけると、パアと笑顔になって、飛び込んできた。


「先生!会いたかった!」


「ガーネットも元気そうで何よりだわ」

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