4、『剣聖』2

「ウィルゴートとやらは本気で俺を殺そうとしているのだな…」


フローレンスの話ぶりを聞けば、『剣聖』を殺したいというのが嘘だと思えない。俺の中で妙な緊張感が支配した。俺はこの家に行く前から殺気を感じていた・・・・・・・・。そして、それは十中八九、ウィルゴートからだ。


とはいえ、ここで警戒させてはいけない。俺は気付いていないフリを続けることにした。おかしな話だが、フローレンスからは一切の敵意は感じない。


「ええ。だから言ったでしょう?まぁ裏にいる人間のことを考えたら、私も協力せざるを得なかったわ。ただ、『剣聖』を殺したいという願いに嘘はなかったわね」


「そうか…」


ウィルゴートが俺を殺そうとしている動機はよくわかる。いや、恨みつらみはたくさんあるだろう。フローレンスの話を聞けば聞くほど、俺の中で浮かび上がってくる人物は彼しかいない。


ただ、疑問は残る。『不死王』は俺たちの師匠だ。そのことは王都中に知れ渡っている。そのことを彼らが知らないなんてことがあるだろうか?何より、一番俺たちと繋がりが深い相手に対して、教えを乞うなんてことはありうるのだろうか。


下手したら、俺たちにそのことが漏れて、『王室派』は窮地に陥る。その博打を打たせるほど、『王室派』を追い込んだというのなら、話は早いがまだ具体的な計画はなされていない。


(まぁいいか…)


それよりも大事なのは情報収集だ。フローレンスが誰に教えているのか分かっていないのは僥倖だ。王都の襲撃事件を追っていたら予想外のところから面白い話が舞い込んできた。


「それでどうやって、彼を導くつもりなんだい?呪術師は≪迷える子羊スケープゴート≫とかいう技を使えるのは知っているが、それ以外については全く分からない」


「あら、詳しいわね」


「こんなの一般常識だよ…可哀そうな存在だとは思うがね」


呪術師が覚える技は一つだけだ。≪迷える子羊スケープゴート≫というものだ。実際に見たことはないが、一生に一度だけ敵に与えられた痛みを返すという技だ。それだけを聞けば使いようがありそうな力だが、制限が多い。


一つは「敵の一生に一度だけしか使えない」という縛りだ。もう一度言うが、自分ではなく敵のだ。痛みをすべて返すことができるのなら呪術師は無敵だ。今頃世界を獲っているだろう。そうではないのがこの「敵の一生に一度だけしか使えない」という縛りだ。一度、≪迷える子羊スケープゴート≫を使った相手にはもう二度と使うことができない。


かすり傷でも受けて≪迷える子羊スケープゴート≫をしてしまうと、同じ敵には≪迷える子羊スケープゴート≫を使うことができない。陰湿な力のわりに弱いから、オールストン帝国並びに諸外国でも呪術師は腫物扱いだ。


そもそもそれだけ弱いのならなぜここまで能力の詳細まで出回ってしまっているのだろうかというと、それはこの国の皇帝が呪術師だからだ。皇帝は王宮中の権力を使って、自分の呪術師としての力を開花させようとしたが、それはすべて徒労に終わってしまった。


その結果、王宮には呪術師は本当に無能であることが判明し、そして、その唯一の力は一部の人間に認知される結果になった。


後は、呪術師というのは俺ならすぐに見分けられる。感覚的な話になるが、魔力の感知をした時に、熱を相手から感じるが、呪力を扱う呪術師からはその熱を感じない。フローレンスには魔力を言語化しろと言われていたので、俺はそのように解釈している。そのおかげで俺は最前線に立っても、不意打ちなどの攻撃で死ぬことがない。


「そうね。私も長年生きてきているけれど『呪い』に関してはてんで分からず仕舞い。自分にかけられている『不老不死』ですら解呪できないんだから、ほんとに厄介よね」


「フローレンスの『不老不死』って呪いだったの?」


「ええ、そうよ。言わなかったっけ?」


「言ってないよ。大事なことを言い忘れる癖はそろそろ治してくれ…」


「ふふ、検討するわ」


フローレンスは嘘や後ろめたいことがあると目を合わせなくなる。これは絶対に直す気がない。本人は気が付いていないだろうが、俺や『賢者』、『聖女』も知っている。修行時代で言えば、俺たちが厳しい修行をしている最中、モンブランを買いに行ったことだ。


アレは師匠であることを忘れて、少しだけ幻滅した瞬間だった。


閑話休題。


それにしても、思わぬところでフローレンスの力について知れた。けれど、言われてみれば『呪い』だというのは納得できた。『不老不死』の魔力をどこから持ってきているのか長年の謎だったが、『呪力』が関係していると分かれば、そういうモノだと納得してしまう。


(ん?それじゃあフローレンスは呪術師に『呪い』をかけられたということか?)


呪術師の中に新たな力があるのかもしれない。それをフローレンスに伝えようと思った矢先、


「それで一番最初の話に戻るけど、私は彼に殺されることにしたのよ」


「は?」


再び、俺は眼が点になった。


━━━


『魔女の館』から少し離れたところに無駄に大きな広場がある。周りは森に囲まれているので、誰にも見られる心配ない。剣の稽古など、私はもう既に終わらわせていて、しばらく触っていなかったが、存外動くことができた。対して、三十分程度の剣の手合わせを受けて倒れている弟子はというと、


「はぁはぁ…」


「弱いわね」


「くっ」


ウィルゴートの実力がどの程度のものなのか知りたくて、一か月間、私は手合わせをしたが、凡庸の一言だった。レベルを上げてもステータスが上がりづらい上に、中々レベルアップをしないのが呪術師だ。そう考えれば凡庸というのはウィルゴートに対する賞賛になるのかもしれない。


普通ならここまでたどり着く前に挫折してしまう。並々ならぬ稽古をしてきたというのは感じられる。手がマメだらけだった。ただ現実的に戦場に出た時に呪術師だからなんていう言い訳は通じない。よくて一般兵士のウィルにはとても『剣聖』を倒せるとは思えない。


ちなみにここ一か月で彼のことはウィルと呼ぶことにした。長いと舌を噛みそうになる。


「やめね。このままやっても『剣聖』には一生届くことはない。別の道を模索しましょう。貴方には剣の才能がなさ過ぎる」


「ッ」


舌を噛み、悔しそうにしている。努力を否定されるのはどんな人間でも辛い。


「申し訳ないけれど、これが現実よ。まずは受け入れないと次に進めないわ」


「分かった…」


(存外、頭は悪くないのよね…)


理論的なことは一度説明すれば理解するし、今回のような感情に触るようなことがあっても、理性でそれを抑えつけることができる。これが中々できることではないのだ。少なくとも強くなるための必須条件は持っているようだ。


とはいっても、魔力もないし、聖法も使えない。あるのは≪迷える羊スケープゴート≫とかいうとんでもなく使いにくい技。呪力に関して言えば、私が使えないか教えるなんてもってのほかだ。そもそも呪力をコントロールできるなら、私は既に呪いを解除できている。


━━━忌々しい『不老不死』を


「どうしましょうかね…」


「魔物を倒して経験値を得るんじゃな駄目なのか?」


「既に検証済みでしょう?」


「…まぁな」


ウィルゴートの力ではこの辺りにいる魔物に歯が立たない。だから、経験値も何も得られない。私が手を貸してあげてもいいが、それで強くなれているのだったら、ウィルの背後にいるお人よしがめんどくさがりの私を頼ることなんてあるわけがない。つまり、正攻法では無理なのだ。明らかに普通とは違う訓練をしなければならない。


「少し休憩しましょうか」


「あ、ああ。それは助かる」


私たちは一度『魔女の館』に戻る。疲れたから糖分が欲しい。ウィルが持ってきてくれたモンブランと紅茶に砂糖をドバっといれる。ウィルは水を飲みながら落ち込んでいた。一月も経って分かったことが自分が無能であることなんて言われたら気持ちも分かる。


(少しだけ師匠らしいことをしようかしらね)


「≪迷える子羊スケープゴート≫は弱いわけではないわ」


「そうなのか…?」


ウィルゴートが目を見開いて、とても驚いていた。


「理論的には相当なものよ。例えば、貴方の命を100として、敵から99のダメージを受けるでしょ。そして、受けた痛みを≪迷える子羊スケープゴート≫を使って返すの。そうすれば貴方の傷はなかったことになり、相手は原因不明の傷を負う。そうなったら攻守逆転。パニックになった敵がすぐに平静を取り戻すことはできない。その隙をついて、最後の一撃を貴方が加えれば良いの。しかもその最後の一撃は渾身の一撃じゃなくていいのよ?蚊に刺される程度のダメージでいいんじゃないかしら」


「す、凄い!そんな力の使い方を考えたことがなかった!」


ウィルが目に見えて元気になる。自分のオリジナリティを否定されることはあっても、活かすという道は考えたことがなかったのだろう。けれど、


「ところがどっこい。貴方はどうやって命を数字で表記するの?」


「え…あ」


「自分が死ぬか生きるかギリギリのタイミングで≪迷える子羊スケープゴート≫を発動しなければならないのよ?言っておくけど、相当痛いわよ?手足が千切れるのは当たり前。すぐにでも≪迷える子羊スケープゴート≫を使いたい欲求にかられてしまうし、なにより気絶してしまったらそれで終わり。中途半端なダメージではすぐに回復されてしまうし、何より貴方が攻撃されたらすぐにでも死んでしまうわ。≪迷える子羊スケープゴート≫が不発に終わった瞬間に貴方は生きて返ってこれないの」


「…」


「もし今の理論で≪迷える子羊スケープゴート≫を使えるようになりたいなら、貴方は死線を何度もくぐり抜けなくてはならない。それも十や二十ではなく、千、いえ、万の死線をね。後は、意識を失わずに完璧なタイミングで≪迷える子羊スケープゴート≫を使えるかが大事なのよ。でも、それも一回二回でマスターできるものではない。何度も何度も繰り返すことで完璧なタイミングを掴めるようになるの」


言ってて思うが、私には絶対に無理だと言い切れる。『不老不死』であってもだ。どう考えても廃人となる。けれど、廃人ではダメだなのだ。この≪迷える子羊スケープゴート≫は相手にいかに弱く見せるかが大事だ。


異常な人間では敵に警戒されるし、かといって強そうでもいけない。取るに足らない、いつでも命を取られる存在。それが何よりも重要だ。


それでいて、何度も死んでも立ち上がる精神力。ありとあらゆる条件を加味して、一人前なのだ。呪われた術師と書いて『呪術師』というのは言い得て妙だ。呪術師は女神に嫌われた存在と言われているが、本当にその通りだと思う。


「…」


「何万回も死んで初めて使える力。それが≪迷える羊スケープゴート≫よ。どう、最強でしょう?ただとてつもない痛みが伴うわ。現実的に不可能だから別の方法を「やる」え?」


私は耳を疑った。ここ数十年で一番驚いたかもしれない。


「やるって言ったんだ。それだ。いや、それしかない」


「…貴方正気?」


「ああ。聞けば聞くほどそれしか強くなる手段はないように感じる」


「いいの?とっても痛いわよ?文字通り死ぬほどね」


「覚悟の上だ」


そういって震えているウィルゴートを見ると、覚悟は決めたが恐怖はあるという顔だった。それでもこれしかないと覚悟を決めた表情。


(ふ~ん、やることが決まるといい顔をするのね)


ここに来てからずっと、ウィルは暗い顔をすることが多かった。だから、不覚にも少しだけ見惚れてしまった。


「貴方、運が良いって言われない?」


「どうだろ。でも、言われてみれば運が良いかもしれないな」


脈絡のない質問に首をかしげる。私は少しだけ微笑みながら、ウィルの傍に寄り、自分の剣を顕現させる。


「貴方にとっての朗報は『剣聖』クラスの敵を何度でも相手にすることができる上に、半永久的に経験値を得ることができることね」


「何…?」


「悲報があるとすれば、その相手は死の観念を忘れていて、手元が狂いかけるってところかしら?」


「それはどういう…」


「よそ見しててもいいの?貴方、腕がなくなってしまったようだけど?」


「え?うわあああああ!」


私は手に持った剣でウィルの左腕を切り落とした。斬られていることに気が付かないほどに綺麗に切り落とした。ウィルの身体も気が付くのに、二秒かかった。断面からマグマのように血が溢れ、私の頬にもウィルの血がこびりついた。


私はそれを舌で舐め、剣を薙いで、血を落とす。


「ぐっ、何を…!」


「これで終わりなわけがないでしょう?まだまだ行くわ」


「ぎゃあああああ!?」


ウィルの心臓、首、脳、足に剣を突き刺す。すると、ウィルは全身から血を流し、徐々に痙攣して身体が動かなくなる。ここまでくれば普通なら手遅れだ。


「ぐ、あ」


「聞こえている?まぁ聞こえていないならそれでも仕方ないわね。独り言をすることになるけれど、私に向けて≪迷える子羊スケープゴート≫を使いなさい」


「…」


返事がない。ただの屍に成り下がったようだ。


「やりすぎちゃったかしら。≪迷える子羊スケープゴート≫される前に死んで…ゴポ」


身体がどっと重くなる。そして、私の眼が血に覆われる直前にウィルゴートの身体に存在した傷がすべて癒えていた。まるで最初から傷がなかったかのように。ウィルは立ち上がると、自分の剣を取り出して、私の心臓に剣を突き刺した。


「はぁはぁ…いきなりなんだったんだ」


「ふふ、どう?死の淵を歩く気分は?」


「え?あ」


私は一度死んだ。そして、呪いによって強制的に生き返った。私の願望は死ぬことだった。呪いでなら死ねると思ったがそれは無意味に終わったようだった。一応自分にも実験をしたのだが、失敗したようだ。


(さて、次の実験はうまくいくのかしら?)


これができなかったら、この修業は振り出しだ。いや、ウィルは死ぬから終わりか。


「それじゃあもう一度ね」


「ちょ、待て!」


今度はウィルの心臓に剣を突き刺した。絶対死の一撃を受けて、ウィルは地面に倒れたが、すぐに私に痛みが返ってきた。しかし、私が心臓を突き刺した程度の痛みで死ねるはずがない。血が噴き出るが、普通に動けてしまう。


「もう少し自分にダメージを溜めなさい」


「ぐっ、あのままいっていたら死んでいたぞ!」


ウィルが大きな声で抗議してくるが、私は普通に無視をする。それよりも実験がうまくいった達成感があった。


「関係ないわ。それより早く私を殺しなさい。実験は成功したのだから」


「実験…?」


「ええ。貴方、私に≪迷える子羊スケープゴート≫を二回・・使ったのよ?気づいてる?」


「え?あ」


「気づいたようね。一度死んで生き返った敵には≪迷える羊スケープゴート≫はリセットされるようね」


『敵の一生に一度』というのは死んでしまえば関係ないらしい。こんな芸当ができるのは私くらいのものだろう。でも、ウィルが強くなる第一条件はクリアした。


「ほら、中途半端なダメージで私を生かしておかないでさっさと殺しなさい」


「わ、分かった」


ウィルは私の心臓に剣を突き刺した。丁寧に即死できるように、絶対死の一撃だった。久しぶりに一日に二回も死んでしまった。むくりと起き上がると、ウィルが引きつった表情をしていた。


「ほ、本当に不老不死なのだな」


「死んだ人間が生き返るのは初めて?」


「あ、当たり前だ!そんな経験あってたまるか」


「ふふ、そうね。それより、貴方、身体はどうなの?」


「身体…?なんだ、いつもより動きやすいぞ」


ウィルは手をグーパーと動かし、剣をぶんぶん振る。その動きの良さに少しだけ違和感を覚えていたが私はすぐに正解を出すことにした。


「永遠の時を生きる『不死王』を殺したのよ?莫大な経験値が入ったに決まっているじゃない」


「!?」


私を殺すことで経験値が入る。その値はその辺の魔物を倒したくらいでは比較にならないだろう。いくら呪術師のレベルが上がりにくいとはいえ、私を殺したのだ。それは相当な力となっているに決まっている。


「でも、レベルに関していえば、それは副次的なものよ?貴方の本質ではないから、あまり目安にしてもダメよ?」


「どういうことだ?」


「貴方はこれから『剣聖』と同等の力を持つ私に何度でも殺される。そして、≪迷える子羊スケープゴート≫を使って私を殺して、レベルを上げながら、自分の死の感覚を研ぎ澄ます。それが死のギリギリであればあるほど良いわね」


「なるほどな…俺は本当に運がいい。あの人がフローレンスの元に俺を送ったのもわかったよ」


「でしょう?どう?怖気ついた?」


「正直、死ぬ感覚を二度と味わいたくはない。何より痛いのは嫌だな。けれど、強くなれるならやってやる…!」


「そう。それじゃあ遠慮なくいくわ。勢いあまって死んでしまっても文句は言わないで頂戴ね?」


「ああ」


さっそくウィルの身体を縦に分断した。


━━━


「は、はは。頭が可笑しすぎる…」


俺は絶句しながら、フローレンスの言葉を聞いていた。明らかに常軌を逸していたが、それはフローレンスにしかできない芸当ではあった。まさか呪術師を強くするのに、そんな方法があったとは。いや、仮に思いついても俺たちにはできない。


フローレンスはなんてことない風にしているが、俺の中で彼の評価、危険度が増していた。


「実際家に来てからメキメキと力をつけているわね。正直、一回死ぬほど痛いのを経験したら、人間の本能的に避けたくなる。けれど、ウィルゴートは逃げずに立ち向かってくるわ。そのおかげで剣の腕は騎士と一対一なら倒せるぐらいにはなったのかしら」


「君を苗床にしてレベルを上げられるなら、剣の実力とか関係なく、いつか倒されそうなんだが…」


俺の中に不安が渦巻いてきた。俺自身、戦ったら負ける気がしない。ただ、フローレンスを相手にしているとなれば話は別だ。おおよそ無限の経験値を得ることができれば、いつか俺を超えられる。そんな不安から普段の俺ならしない内心を吐露してしまった。


「ふふ、それは無理よ。前も教えたでしょ?剣聖とは天才が千年修行してたどり着ける領域。そこに『聖剣』まで持たれてしまったら、とてもじゃないけれど、生きてる間に勝てないわ」


「そうかい…」


「まさか、『聖剣』の力を忘れたの?」


「そうではないんだが…いや、なんでもない。俺も少し弱気になっていたのかもしれない」


『聖剣』、『聖杖』、『聖典』にはそれぞれ所持者に特別な力を持たせる。


『聖剣』は所持者の剣の能力と感覚を十倍まで研ぎ澄ます。『聖剣』を握っていれば、矢を打たれようとも素手で楽に取れる。嗅覚や耳に関しても同じだ。だが、常時それを使うのは気を張る。だから、戦闘時に使うのがセオリーだ。


命は一つ。戦場で出し惜しみなどしていたら、一瞬で命は刈り取られる。その危機管理で今まで五体満足で生きてこれたのだ。


ふぅ、と息を吐く。


(なぜ俺は師匠に弟弟子から俺を殺したいという話を聞かされているんだろう…)


なんともおかしな話だ。この辺りの浮世離れしているところがフローレンスが変人たる所以だろう。ちらっと空を見るともう夕方だ。弟弟子と会ってみたかったが、それは現在不可能に近いだろう。俺は最後のコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がる。


「残念だけど、ここらでお開きだね」


「あらそうなの?」


「ああ。まだ仕事が残ってるんだ」


「そう。あまり無理をしなでね?」


「ああ」


俺には娯楽・・もある。それを楽しみに仕事をしているまである。今日のことを『賢者』と『聖女』に伝えれば今週の仕事は終わりだ。


「それじゃあ、また来るよ?」


「ええ。さようなら・・・・・


玄関口まで送ってくれたフローレンスに最後にもう一度手を振って『魔女の館』を後にした。


魔女の館から出ると部下が俺の方に寄ってきた。全員、冷や汗が止まらなかったのか、膝がガクガク震えていた。


「どうなりましたか…?」


「ああ、中々面白い話を聞けた。それに今日聞いた話が事実なら『王室派』を今すぐにでも壊滅できるかもしれないな」


「ほ、本当ですか!?」「流石、マルス様!」「俺たちの希望だ!」


楽観的な部下に少しだけ可笑しくなってしまう。だからこそ、引き締めなければならない。


「俺達が喜んでいいのは『王室派』を打倒した後だ。気合をいれてかかるぞ」


「はっ!」


『不死王』との争いがなくなったことが良かったのだろう。まぁそれでも疑問は残る。


「ただし、まだ不安要素がある。『魔女の館』を監視していろ。『不死王』が変な動きをするようならすぐに連絡するように。俺でも『賢者』でも『聖女』でもいい」


『勇者派』にも派閥らしきものがあるが、『王室派』を打倒するために力を合わせなければならない。


「それと、『不死王』には弟子がいるらしい。そいつの姿を見つけたら俺に知らせるんだ。いいな?」


敬礼をすると、数人を残し、俺たちは騎士舎に戻ることにした。えりすぐりエリートを連れて来たから、フローレンスが何をやっているか分からなくても異常くらいは感知できるだろう。


そして、おれは『聖剣』の力を解放した。『魔女の館』から殺気が収まらないのだ。


(この感じだと数日中にケリがつきそうだ)


呪術師は魔力がなく、温度がない。それなら、現れようが現れまいが俺の方が発見できる。そして、それを手土産に『王室派』を打倒する。


今を苦しむ国の民のために。





━━━ 翌日、『剣聖』の死体が城下町で発見された。

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