3、『断章』
「『剣聖』を殺したい」
私の家に来た少年は開口一番にそんなことを言って来た。ボロボロの麻布の服をまとっていて、金髪に碧眼だった。年のころは十代半ばといったところだろうか。
特筆すべきはその瞳だ。碧眼尾の瞳にはある種の『覚悟』が見て取れた。それも生半可なものではない。何かを成し遂げなければ死んでもいい。この年で一体何を見てきたのだろうか。そんなことに想いを馳せてみると、自然にその少年に興味を━━━
「そう、頑張って」
抱くことがなかった。私はドアをバタンと閉める。
「さて、研究中の探し物を見つける魔法を作りましょう」
物が多くなると色々大変なのだ。誓って言うが、片付けが面倒なわけではない。
「ちょっと待て!話ぐらい聞いてくれよ!」
「めんどくせ…あ、いい意味でよ?その覚悟があればどんなことでも成し遂げられるわ。ファイトよ、少年」
最近の若者はメンタルが弱いらしい。それなら適当に褒めておけば、さっさと帰るだろう…と思ったのだが、
「ぐっ!頼む、俺には時間がないんだ!稽古をつけてくれ!」
「嫌がられているのに、お願いを通そうとするなんて…親の顔が見てみたいわ。レディの扱いについて習わなかったの?」
「…俺には親がいない」
「それは申し訳ないことをしたわ」
人のセンシティブな部分に触れてしまうとは、私も反省しなければならない。今度、心を読む魔法でも開発してみようかしら。
「俺はこの国に救われたんだ!だから、その責務は果たさなければならない。そのために『剣聖』を殺さなければならないんだ!」
聞いてもいないのに、大きなことを言ってくる。私にとってはどうでもいいことなので、「だから?」で終わりである。けれど、先ほどやらかしたので話くらいは聞いてあげることにした。
「だったら、騎士団の元に行きなさいな。貴方みたいな熱意のある子を集めているのでしょう?」
「…俺は呪術師だ。門前払いを喰らったよ…」
「へぇ…それは珍しいわね」
呪術師。魔法やスキルを使う時には魔力を使う。魔力は万人が必ず持っている臓器みたいなものだ。少なければ爪に火を灯すことすらできないが、逆に『賢者』のように一人で天変地異を起こすことができるものもいる。
しかし、稀に魔力を持たない人間がいる。そして、代わりに別の力を持つ。それは自然の中において異物であり、謎そのものだった。それを人々は恐れを込めて呪力という。そして、それを使う者を呪術師といって馬鹿にしてきた。呪術師はこの世界では忌避されており、差別の対象だった。何より一つの技しか使えないため、弱すぎるという身も蓋もない事実がある。
「国から必要ないと言われているのだったら、貴方が国に尽くそうとする理由が分からないわ。どうして?」
「…どういう扱いをされようとこの国の人間に救われたのは事実だ。だから、その恩は返したい」
「そう。義理難いことね」
「あんたは『不死王』なんだろ?何年も生きていて、あらゆることに精通していると聞いた。剣を握れば『剣聖』を超え、魔法の知識は『賢者』より豊富で、『聖法』においては聖女を凌駕すると聞いている。呪術師である俺を鍛えられるのはあんたしかいないんだ!なんでもするから頼む」
備えつけのドアスコープで外を覗くと、家の前で少年が土下座をしている。そんな姿を見ても面倒だという感想しか漏れないが、
「面倒事は嫌だっていったのだけれど…」
この子のバックについている人がどんな人間なのかは分かった。そもそも、『魔女の館』にたどり着けるのはほんの一握りだ。私は隠蔽の魔法を使って『魔女の館』を覆っている。常人ではとてもたどり着けない。特に何の力もない呪術師では。
となれば、『魔女の館』にたどり着ける人間が私の家を教えたのだろう。こうなってしまえば、私に逃げ道はない。いや、正確に言うともっと面倒なことになる。
私はドアを開けて外に出る。久しぶりに外に出たから日光が眩しすぎる。少しだけ視界が白くなるが、すぐに慣れた。
「どうかした?赤くなっているようだけれど」
「い、いや、なんでもない」
「?そうそれならいいわ」
外は暑い。これだけの暑さの中、土下座なんてしたら、体温も上昇してしまうのだろうと私の中で納得させた。
「条件が一つだけあるわ」
「!なんでも言ってくれ」
熱に浮かされていた彼はご褒美を与えられた犬のようにぱあっと笑顔になった。
「私、モンブランが好きなの。毎日稽古の代金としてモンブランを買ってきてくれるかしら?」
ピシっと笑顔のまま固まる。私は甘党だ。たまに外出するときは、魔法の素材集めとモンブランを買うためだ。ただ、モンブランは高級品だ。
「そ、そんな高価なものを毎日だと…?」
「できないならいいわ。この話はなかったことにしてもらえる?」
こう言えばあきらめてくれると思った。その体があれば、彼のバックについている人間にもしっかり言い訳ができる。
「わかった!分かったから頼む!」
「貴方、正気…?」
「本気だ。毎日モンブランを届ける。それでいいんだろ?」
驚いた。自分で言っておいてなんだが、クソみたいな条件だ。諦めさせるために無茶を言っただけに私の方が面を喰らってしまった。なんとなくまっすぐ見てくるその少年に私が後ろめたくなる。それに加えて、私は人と関わるのがあまり得意ではない。
私は誤魔化すように後ろを向いた。
「決まりね…私はフローレンス。師匠でもなんでも好きなように呼んで頂戴」
「分かった。フローレンスって呼ぶ」
「そう。それで、貴方の名前は?」
「俺はウィルゴートだ。
「あまり期待しないでね?私も呪術師は初めてだから」
ウィルゴートとの『剣聖』を殺すための特訓が始まった。
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