終わり

 入った先はエリナが言うに軍用基地らしい。でも中には大きなモニターや研究室らしき部屋があり、どちらかと言うと複合施設の印象を持った。



「んで、君の大切なモノは何だっけ。私はコレよ」


 施設の案内が一部を除き終えると、エリナは服の内側から小さな小刀を取り出してそう言うので、僕も本とペンを胸ポケットから取り出して見せる。


「本とペンが大切なモノなのねぇ、生前は作家かい?」

「良く分からない。生前の記憶がなくてさ」

「やっぱり珍しいな、大体は大切な思い出があったりする。例えば私は道場で刀を握っていたくらいの記憶とかな」


 エリナはそう言うと熟考してから口を開く。


「一つ聞きたいのだが目が覚めた時の女ってどういう奴だった?」

「放浪者みたいな感じだったよ。ただ宝物を教えてくれたのは彼女だったね」

「詳しく聞かせてくれないか?」

「普通に宝物を探すみたいな感じで、胸ポケット触られる時になんか嫌で『そこに大切なモノがある』って言われた感じですね」


 僕が思い出しながらそう言うとエリナは首を傾げていた。


「それは少しおかしいな、私の時もアイツの時も大切なモノは最初から本能的に理解できたぞ」


 エリナにそう言われると緊張の糸が張り巡らされ、僕の頭の中では次の言葉を模索するが、そんな苦労は虚しく、先に会話の口火を切ったのは予想外のモノだった。


 唐突に響く雷の轟音の直後に「バラバラバラ」と雨が何かに打ち付けられる音の中には、確かに人の足音と叫び声が混ざっていた。


「またあったわね。お侍さんと名前もない少年」


 聞き覚えのある言葉に僕は直ぐに後ろを振り返ると、白髪の彼女は何かを掲げながら凄い勢いで僕に向かって…… いや、一瞬の停止も減速もなく僕を素通りしてエリナの方に飛び込み金属音を鳴らす。そんな状況を飲み込んだのは決して遅くは無かったと思う。けど、僕が確信した時にはエリナさんは左肩が刀と共に宙を舞っていた。


「イカれた女が、ウチの相方の大切なモノ持ってるか?」

「あら、私は宝物を捨てたりしませんわ」


 僕は初めに止めようと思ったが、どう止めればすれば良いか分からずに立っていると、エリナは逃げろと口パクするので、僕は何も考えずに当ても無く必死に走った。適当な部屋に入ってどういう事なのかを本を記しながら考える。半分ほど書き終えた頃。静かになった廊下から重たい足音が聞こえ、エリナが負けたことを察する。


「名前もない少年~ どこに居ますか~ お話しましょう~」

「ここにいるよ」


 僕は何も考えずに大声を出したのだろうか。いや、正確には本能に従っていた。大声を出している中も手は止めずに、リアルタイムで脚色を加えたりしていた。


「そこに居るのですね」


 扉の前から声が聞こえる。その声はただ単に落ち着いており、僕は不思議と恐怖よりも創作意欲に満ち溢れていた。


「入りますよ?」


 そう言う彼女はノブを回し始めるので、僕は慌てて質問をする。


「名前は?」

「そう言えば名乗ってなかったわね。私は小春って言うわ。君は小説書けた?」

「まだだよ」


 そう答えると回されたノブが元に戻って、「スススっ」とドア越しから聞こえる。きっと彼女…… 小春がドアを背にして座ったのだろう。


「君はさぁ、それ書き終えたらどうなるんだろうね」


 その言葉を聞いて僕は初めて筆を止めたが、小春はそのまま話し続ける。


「だってさぁ、記憶がほぼ無いし。それに宝物はあるけど、君は少し変だしねぇ」

「変とは?」

「変だよぉ、基本的に宝物は一つだけなのにさ。君はペンと中途半端な本だしねぇ」


 小春はそう言うとドアが勢い良く開き、エリナの小刀を持った姿で仁王立ちしていた。


「そこで私は考えました。君の宝物はその残された白紙なのかなってね」

「なら小春さんは奪えないね」


 僕は小春の大きな目を見ながら筆を進める。


「なにどうせ私に奪われるなら自分で死のうって言うの?」

「そういうわけじゃないよ。ただ僕は未完成なのは嫌なだけ」

「そうは言っても君は寿命を削っているんだよ。過去の誰かも分からない呪縛のせいで」


 僕はそう言われると、また少し手を止めて考え事をする。


「呪縛ね…… あの言葉ってそう書かれてたのかな」

「あの言葉?」

「ほら、兄に糸って奴。こすれて読めなかったけど、多分そう書かれていたのかなって」


 そんな雑談をしていると最後の一頁になっている事に気が付いた。そのことに小春も気がついていたのだろう。ゆっくりと迫りくる足音を聞きながら作者の名前を考える。


「カコ、ケイシ……」


 一つ一つ、口にして自分に合う名前を考えるが良い名前は無く、とは言え小春は待ってはくれなかった。


「さようなら」


 小春がそう言うと僕の心臓に刀が刺さる。



 視界が朧げになる。心臓を刺されたからだろうか。違うか、物語が終わるからだろう。僕は最後の力を絞るとペンを持った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

願いは呪縛 星多みん @hositamin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る