7−2 街

「あの髪飾りはどうだい?」


 アクセサリー屋か、かんざしやくしなど、可愛らしく装飾された小物が店頭に並んでいる。蝶々や花の飾りなど可愛らしいものから、てんとう虫など小さな昆虫をモチーフにした飾りなど色々だ。


「これなんて、華鈴に似合うよ」

 睦火が選んだのは、クローバーのピンだ。ウサギのお面をさっと取って前髪に触れると、そのピンをつけてくれる。


「うん。よく似合っている。店主、これを」

 睦火はさっさとお金を払ってしまった。断る間もなく購入されて、ピンは前髪についたまま、ウサギのお面を戻してくれた。


「あ、ありがとうございます」

「可愛いよ。あとでお面を取ってよく見せてね」

「う、は、はい。あ、えっと、いつもこんなに賑やかなんですか?」

「二家が来ているからね。そちらの者たちも集まっているのだろう」


 睦火は笑いながらも、普段はもう少し静かだと教えてくれる。

 花嫁候補として二家の関係者が訪れており、睦火との結婚が決まればその家は守られるため、それを伝手にして商売などをしにくるモノが耐えないのだという。


「彼女たちが僕と結婚することはないよ。地盤固めのために燐家と繋がりが欲しいだけだ。僕からすれば、彼らと繋がりを持つ必要はない」

 丸吉も言っていた、燐家との繋がり。睦火との結婚を望んでいるというよりは、燐家との繋がりがほしいだけなのだと。


「灰家の、目の鋭い方の娘は覚えている?」

「覚えています。茶色の髪の」

 華鈴をひどく睨んだ方で、寒気がするほど憎々しげな視線だった。


「あれの父親の兄、紅音の伯父が灰家の当主だった頃、他家との権力争いに負けて、灰家は没落しそうになったんだ。今は持ち堪えたけれど、ぎりぎりなんだろうね。それで、灰家は家の復興のために僕が必要なんだよ。後ろ盾がほしいのさ。燐家の権力を利用したいだけで、僕を好んでいるわけではない」

「そう、ですか……?」


(嫉妬しているみたいだったけど?)


「もう一人の女性は?」

「尉家の娘の和子ワコは、なおさら僕に興味はないだろうね。尉家としては、灰家に大きくなってもらっては困るんだ。僕が灰家を選ぶと尉家の立場が弱くなってしまうから、対抗のためにやってきたんだよ」


 家の力によっては、土地を奪われる可能性がある。燐家の力がどちらに傾くかによって、大きく勢力図が変わった。

 殊に、宗主となれば絶対的な権力がある。その土地土地をまとめる役目を得るのだから、どの家も花嫁候補について神経を尖らせているのだ。


「燐家の力と、宗主の立場は、誰にも魅力的にうつるんだよ」

 その言い方は、睦火を望んでいるわけではないと言っているように聞こえた。


(紅音さんは違うように見えたけれど。そうじゃないのかな)


「と、あれも食べさせたいな。ちょっと待っていて」

「睦火さん?」


 止める間もなく、道を走って行ってしまった。仕方なく道の脇によって睦火を待つ。

 それにしても通りはいっぱいで、随分と賑やかだ。二家の土地に住むモノたちが、観光のように集まってきているのならば、彼らもまた燐家の土地に関わるために訪れているのかもしれない。


(なんだか不思議)

 人間のように、お互いの関わりを繋げにきているのだ。

 華鈴の世界に住むモノたちも、人間のフリをして人間社会に紛れ込んでいる。生活のためなのだろうか。


(ひいじいに相談しに来るくらいだものね。結婚をするのだから、生き方は同じなのかな)

 不可思議な現象に悩まされている者が曽祖父に相談をしに来る。その中にいたモノたちは、同じ仲間であるモノたちに悩まされていたのかもしれない。


(人間だって人間を襲うもの。何も変わらないのかも)

 ただそこに、理解できない力があるだけで。


「いたっ。ちょっと、なんだい。ぶつかってこないでくれよ」

「す、すみません」


 流れに入らないように避けて立っていたのに、横を過ぎようとしたモノにぶつかった。手拭いを頭に被せた、ひょっとこのような顔をしたモノが、丸い目をこちらに向けた。四白眼の真っ黒い目玉がぎょろりと動く。


「おや、お前、どこかで」

 ひょっとこ顔の男が、華鈴をじっと見つめてきた。お面を被っているように見えて、本人の顔であるのは間違いない。毛穴が見えるほど近くによられて、華鈴は後ずさる。唇が突き出ているが、横に流れていて、完全にひょっとこだ。その口が動いて、そこから声が届く。


「お前、源蔵じゃないか!?」

 ひょっとこが言った。


「源蔵だって?」

「源蔵? あの源蔵? どこにいるんだ!?」

「源蔵だと? 源蔵はどこにいる! あいつめ、許さんぞ!!」


 ひょっとこの言葉に、周囲を歩いているモノたちが足を止めた。

 彼らは曽祖父の名を口にして、華鈴に注目する。集まってきたモノたちの勢いに、華鈴は後ずさりながら転びそうになった。ついに尻餅を付くと、彼らが顔を突き出してくる。ごくりと喉が鳴った。冷や汗が流れて、震えてくる。

 そのモノたちは、人間の姿すらしていなかったからだ。

 

 頭が異様に大きく手足の短い鬼の顔をしたモノや、首を伸ばして顔だけ隙間から窺うモノ。獣のように毛深く、顔に一つ目しかないモノなど。それらが華鈴を囲んでくる。


「これが源蔵か? 少し違わないか?」

「源蔵だろう。同じ匂いがする。源蔵なら絵を描いてみればいい」

「誰の絵を描くんだ。俺は嫌だぞ」

「俺だって嫌だ」


 突如言い争いが始まって、華鈴はお尻を地面につけたまま、その様を震えて見つめた。後ろは店の壁で、逃げ場がない。


「いや、これは源蔵じゃないぞ。よく見ろ。燐家の屋敷で噂になっているひ孫じゃないか?」

「源蔵の匂いがするが? これが源蔵のひ孫か? 源蔵に違いないだろう」

 どうして皆曽祖父のことを知っているのか。集まってきたモノたちは曽祖父の話をし始めた。


「源蔵に絵を描いてもらったことがあるよ。誰にも渡さずにしまってあるさ」

「なんてこと。どこに置いておくんだ。どうにもできないじゃないか。恐ろしや。恐ろしや」

「おい、ひ孫、お前も絵を描くのか?」

 ひょっとこが再び顔を近付けた。華鈴はぶんぶん首を左右に振って否定する。


「私はまったく。むしろ、絵は下手で」

「本当かい? じゃあ、ひ孫は何ができるんだ」

「私は、なにも……」

「何もできないのか??」


 できることなど何もない。ここにいてやることもなく、ただぼんやりと過ごしているだけだ。

 集まってきたモノたちは、本当に何もできないのか訝しんでくる。


「それならば、どうしてひ孫は、睦火様の花嫁候補になったんだ?」

「本当かい? 源蔵のひ孫なら何かできるだろう。できないのに、どうして睦火様のお相手になれるんだ? 何かできるんだろう?」

「いえ、本当に、何もできなくて」

「だったら、なんでもないじゃないか」


 ひょっとこが何故か歓喜の声を上げた。そうして、その口を大きく広げたのだ。

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