3−2 燐家
「二家のお二方は気になさらないでください。睦火様は最初から断るおつもりでしたから。今回は家が大きいので、無碍にできなかっただけです。前の方々はすぐに追い返していましたから」
華鈴が本命だと言わんばかりに、丸吉は目を輝かせてくる。
睦火は華鈴に会ったことがあると言っていたが、記憶はない。華鈴からすれば睦火は初めて会った人だ。
どうにもむずがゆくて、苦笑いをして曖昧にする。
「後ほど、お庭などご案内しますね」
「あ、はい。ありがとうございます」
「敬語はおやめください。睦火様のご結婚相手、しかも、源蔵様のひ孫様なのですから!」
丸吉の勢いに仕方なく頷く。反論しても頑として同じことを言うので、半ば諦めた。丸吉は曽祖父をやたら敬っている。睦火の命の恩人だからだろう。
お米を口に入れて、もぐもぐと咀嚼する。一汁三菜。和食は好きなのでありがたい。曽祖父に合わせて食事を作っていたので、家では和食がメインだった。たまに和食以外のものも食べたくなるが、お味噌汁やお茶を飲んでいるととても落ち着く。
(建物や服装もそうだけど、和風なのよね。食事もそうだし)
お膳に乗せられた食事を見ている限り、知らない食材はなさそうだ。繋がっているというだけあって、似た世界なのかもしれない。
「ん!?」
「どうかされましたか?」
口の中に痛みを感じて、華鈴はそれを吐き出した。肉団子の中に、噛みきれない硬いものがある。
吐き出したのは、小さな何かのかけらだ。陶器のような破片で、それが血と混じって手の中に入った。
「華鈴様!? だ、大丈夫ですか!? 口の中を切られたんですか!? 飲み込まれましたか!?」
「い、いえ。ゆっくり食べていたので」
「唇も切れていらっしゃいます! 申し訳ありません。すぐ別のものを用意します!! いえ、まずは怪我の手当てを!! 救急箱を持って参ります!!」
丸吉が急いで救急箱を持ってくる。鏡を渡されて確認すれば、口の中を少しと、唇を切ってしまったようだ。かする程度だったので、そこまで痛みはない。軽く唇を拭いて薬を塗れば、血はすぐに止まる。
「申し訳ありません! 異物を混入させるなどと!」
「大丈夫ですよ。少し切っただけですから」
「今、別のものを用意しますから! まったく、割れ物があったらいくらなんでも捨てるべきだろう。給仕は何をしているんだ!」
別のお膳を持ってくると言ってくれたが、もう食べ終わるところだったので、おかわりはいらないと断る。丸吉は他に欠片が入っていたら困るとお膳を下げた。
ぶつぶつ言いながら廊下を渡っていく姿を見送って、華鈴はホッと小さく息を吐く。
肉団子の中に入っていたので、異物が入ってもわかりにくい。飲み込まないで良かった。
「はあ、それにしても、これからどうしよう」
帰り道を探したいが、どう探せばいいのやら見当もつかない。そう思っていると、廊下を渡る音が聞こえた。睦火だ。
「華鈴、おはよう。朝食はもうとった? 口にあったかな? 食後に少し散歩をしようかと思って。庭を案内してあげるから、おいで」
答える前に、睦火は華鈴の手を取って外へ促した。聞きたいことがあったので、素直についていく。庭先に履物が用意されていて、そっと足を通した。
赤い鼻緒の草履で、サイズはぴったりだ。今着ている着物も寝床に用意されていた。着付けの人がいなくとも着られるので袖を通したが、訪問着のような高そうな着物で、動くのにどうにも気後れする。
曽祖父の絵の展示会で着物を着る機会は多かったが、地味な顔に合う色ばかりで、明るいものを選ぶことはなかった。それなのに、今着ているのは淡いながらも花模様がはっきりしたものだ。着物に着られている気がして、気恥ずかしい。なんといっても、黒縁の眼鏡に合わない。
(もっと可愛い人が着るものよね。私が着ると、七五三みたい)
まだ眼鏡をしていなかった頃、真っ赤な地色の着物を着て、千歳飴を持ったまま、父親に連れられて神社へ行ったことがある。覚えているのは、その時にお祓いをしてもらったこと。祝うという雰囲気はなく、こそこそと話す大人たちから畏怖の視線を向けられていた。無性に居心地が悪かったのを思い出す。
泣いても誰も相手をしてくれない。遠巻きに見て、離れるだけ。
あんな子供の頃から、両親に恐れられていた。
それを思い出すと、つい俯きがちになる。目に入るのは自分の足元だけ。珍しく華やかな草履に、恥ずかしさを感じた。
(私には、似合わない色だわ)
「よく似合っているよ」
「え?」
「その着物、僕が選んだんだ。君に似合うと思って。気に入らない?」
睦火が目の前に近付いて、じっと華鈴を見つめる。その怪しげな光を発する紫の瞳は、毒のように体を痺れさせた。あまりにも美しすぎるのだ。
「い、いえ。ありがとうございます」
艶麗な雰囲気に呆けていたら、そのまま食べられてしまいそうになる。そのくせ、あどけなく微笑んでくる。
華鈴は睦火がどことなく恐ろしかった。得体の知れない異形のモノたちより、隠然たる力を感じているからだ。今も心を読まれたような気がして、気後れする。
けれど、その美貌にも眩みそうになって、心臓が跳ね上がるのだから、どうしていいのかわからない。
「その唇はどうしたんだい?」
不意に問われて、華鈴は口元を拭った。血でも出ていただろうか。
睦火はその手を取ると、そっと唇に指を這わせる。冷たい指先に華鈴は体が強張った。剣呑な光を紫色の瞳に灯したからだ。
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