3 燐家
「華鈴、君は軽いね」
「お、おろしてください!」
「動くと危ないよ。落としてしまう」
睦火に抱き抱えられて、華鈴は恥ずかしさに悶えそうになった。
顔は近く、体が密着している。なにより、自分の体重の重さを知られるのが耐えきれない。けれど、睦火はぎゅっと華鈴を抱き上げたまま、機嫌良さそうににっこり笑顔をしていた。
「宗主とは、多くの家々をまとめる役目を持つ者を言います。次期宗主として選ばれたのが、
昨日は食事を終えてそのまま就寝した。朝になって目が覚めれば、丸吉が再び食事を運んでくれた。夢かと思いたかったが、そんなわけがなく、曽祖父の暮らしていた部屋で、紅葉が始まった庭を眺めながら、お膳を前にしていた。
優雅な朝だ。そんな現実逃避をしたくなる。自分が巻き込まれた花嫁候補騒動について、朝食を口にしながら話に耳を傾ける。丸吉は華鈴にわかるように、ここのことについて教えてくれた。
人ではないモノたちが住むこちら、異界では、土地の取り合いが常に行われている。
住む場所を確保するのはどこも同じか。力の強い者が場所を得て、群をなし、陣地取りをする。弱肉強食。気を抜くとあっという間に土地を奪われてしまう。
睦火の家、燐家は、山を越えた先一帯を取り仕切る。燐家の管理下にある町には、多くのモノたちが住んでいた。
それをまとめる宗主はさらに上の立場になるが、これもここら一帯という表現をされたので、宗主は他の土地にもいるようだ。
花嫁候補の娘を持つ灰家は、山を越えた更に先にある土地を持っており、尉家は海を跨いだ島を持っている。この二家も同じ宗主、あの髭を伸ばした小さなお爺さんがまとめている。
領主と王様の立場に似ているが、宗主の命令が絶対であるわけではない。要は揉め事が起きれば裁く立場であり、他の土地をまとめている宗主に家々を奪われないように、手助けをしていることが伺えた。まとめている家同士の仲が悪くとも、協力体制をとる必要があるのだろう。
宗主をはじめ、当主や跡取りの力は重視され、その力の傘の下に力の少ないモノどもが集うといったところか。
「睦火様の花嫁候補を決めることになったのは、宗主のちょっとしたわがままから始まったんです」
燐家は大きな屋敷を持つ、それなりに身分のある家で、睦火はその燐家の当主である。その睦火が、宗主から次期宗主として選ばれた。しかし、現宗主は宗主となれば妻を持つべきだと、花嫁候補を勝手に選び始めたそうだ。
現宗主は花嫁候補を燐家に呼んでいたが、睦火が全く興味を示すことなく追い返すため、宗主はやきもきしているとか。
今回選ばれたのは、灰家と尉家の娘で、今回こそはと宗主は張り切っていたようだ。そこに華鈴が現れて、宗主も二家も混乱しただろう。
(それは、私も同じなんだけれど)
「宗主はお年で、次期宗主として力のある睦火様を選ぶのは当然なのですが、そこには嫁が必要だと頑なに言われまして。しかし、睦火様は興味がなく、その分、宗主は意地になられているんです。でも、睦火様に華鈴様のような方がいらっしゃるとは思いませんでした。源蔵様のひ孫様なら当然ですね」
丸吉に憧れるような視線で見られて、華鈴は居心地が悪くなってくる。
その話を聞いているに、たまたま現れた華鈴を使っただけではなかろうか。
「ひいじいは、睦火さんと親しかったんですか?」
「源蔵様は人間でありながら、睦火様を助けられたのです。当主になられたのも、源蔵様の存在があってこそと」
「ひいじいが、ですか」
曽祖父はたしかに化け物を退治することを生業としていた。絵を描くかたわらなので、副業と言うべきか。なにをどうしていたのかは知らないが、不思議なことを対処していたので、除霊のようなことはできるのだろう。
彼らを幽霊だとは言わないが。
(その関係で睦火さんを助けたとか?)
「睦火様は燐家の三男として生まれたのですが、幼い頃拐かしにあい、ずっと行方不明だったんです。その睦火様が戻ってきた時は、燐家は大騒ぎでした。正直、もう亡くなられていたと思っていたくらいで。その睦火様をお助けくださったのが、源蔵様だったのです。睦火様にとって源蔵様は命の恩人なのです」
「ひいじいが、睦火さんの命の恩人?」
「源蔵様はこちらに来てさまよっていたところ、睦火様にお会いしたそうです。そこで睦火様を助けられ、燐家にお戻りになられました。そこで、源蔵様も手厚くもてなされ、ここに住まわれたのです」
睦火が曽祖父を伴い戻ったため、曽祖父はこの部屋に住むことになった。帰り道がわからなかったので、どうしようもなかったのだろう。
「当時、燐家は睦火様の一番上の兄君が当主だったのですが、その兄君と、もう一人の兄君が立て続けに亡くなられて、お戻りになった睦火様が当主になられました。その後、燐家は睦火様の下、土地を広げたのです。そのため、宗主は睦火様に次期宗主の座を譲ることをお決めになりました」
だが、そこには嫁が必要で、睦火はそれを避けたがっている。
「源蔵様のひ孫様である華鈴様が現れて納得しました。睦火様は、華鈴様をお待ちだったんですね」
「そんなわけ、ないと思いますけど」
「そんなことはありません。このお部屋は大切に保管されてきました。華鈴様がいらっしゃると考えていたのでしょう。女性向けのお部屋に整えさせていましたから」
この建物は大きな屋敷に繋がっているが、独立した離れのような造りで、庭園も美しく、喧騒のない穏やかな場所に建っている。まるで平屋の一軒家のように、台所やトイレ、お風呂があった。部屋は寝所と客間、広間や納戸など、一人で住むに十分な広さもあった。
その建物全体が、華鈴が住むことを想定していたように、少々明るめの色でまとめられている。昨夜休んだ寝室は暖色系で、ベッドのような段差のある寝台には天蓋が付けられ、白のレースがかけられていた。曽祖父が使っていた割にはやけに乙女チックである。
丸吉の言う通り、華鈴が来ることを想定していたみたいだ。
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