2−2 睦火

「あ、あの。どこに行くんですか?」

「君が住む部屋を案内するよ」

「住む部屋って。ここは、一体どこなんですか!? あなたは、ひいじいの、何で」


 混乱しすぎて、何を質問していいかわからない。

 華鈴からすれば、ここは曽祖父が描いた絵の中である。見覚えのある、瓦屋根の塔や、神社のような赤い建物。目の前にいる青年は、曽祖父の絵のままだ。


「さ、ここが君の部屋だよ」


 案内されたのは、長い廊下を歩いた先にある離れのような建物で、先ほどいた所から随分と離れていた。

 同じ敷地内で建物も繋がっているが、この建物は外廊下だけで繋げられている、分けられた建物だ。そして、観光地にある神社や古いお屋敷のように縁側があり、美しい庭園が見られる部屋だった。


 窓が全開されていて、どこからでも出入りができる造りになっている。曽祖父の家も雨戸を開ければ部屋の一面が開いたが、角部屋であるそこは、二面が開いていた。

 近くに人の気配はなく、水琴窟でもあるのか水音が響く。趣があり開放感がある、なんとも風雅な空間である。


「源蔵は、亡くなったようだね」


 睦火は、華鈴が持っていた位牌に視線を向けると、目を眇めた。

 絵から伸ばされた手を掴んでも、これは離さなかった。小さい位牌を、ぎゅっと胸元で固く握りしめる。


「華鈴は、僕のことを覚えていない?」


 顔を寄せられて、華鈴は後退りしそうになる。優しい言葉遣いをしながらも、どこか得体の知れない雰囲気を感じて、首を竦めた。アメジストのような紫の瞳のせいだろうか。

 まるで紫の炎のような怪しく輝く色に、吸い寄せられそうになる。しかし、その炎に触れたが最後、焼き尽くされそうだ。


 こんな瞳を持つモノに会った覚えはない。それに、青年の美貌に気後れしそうになった。艶のある濡羽色の髪は首元より下に伸び、一房が肩にかかる。それだけで色っぽく見えるのは、青年の顔が整いすぎているからだろうか。そのせいでなおさら人外のモノだとわかる。


 青年だけでなく、先程集まっていた全てのモノが人ではない。目に見えてわかるモノもいたが、人間とそっくりな姿をしているモノも多かった。それでも、華鈴には見分けがついた。


「君が幼い頃、会ったことがあるんだ。あんなに情熱的に名を呼んでくれたのに」

 突如言われて、眉を顰めそうになる。黙っていると、睦火はわざとらしく肩を竦めた。


「覚えていないなら、仕方ないね。じゃあ、自己紹介をしよう。僕の名前は……」

 そう言って、睦火は口を閉じる。じっと華鈴の顔を見つめて、口端を上げた。


「睦火だよ。呼びたくなったら、別の名前で呼んでもいい」

 その言葉に華鈴はぎくりとして肩を上げる。睦火は近付けていた顔を下げて、今度はにっこりと微笑んだ。


「さて、何から話そうかな。源蔵は君に何も伝えていなかったみたいだね」

「あの、ここは一体、どこなんでしょうか」

「ここは君がいた場所とは違う、人間ではない異形のモノたちが集まる場所。源蔵は異界と呼んでいたよ。異形は君の住む場所にもいただろう。似て非なるモノたち。そして、この部屋は源蔵が暮らしていた場所だよ」

「異界……? ひいじいが、ここに住んでいたんですか?」

「この広間で絵を描いて過ごしていた。あそこに一つだけ飾られている。他は残っていないけれど」


 奥の部屋に飾られていたのは四季が描かれた屏風だ。ここから見える景色を写したのだろう。鮮やかな色使いで春夏秋冬のその時を描いている。屏風には落款があり、曽祖父の名が記されていた。間違いない。


「源蔵が若い頃行方不明になったことは、君に話していなかったかな?」

「その話は、聞いたことはありますが……」


 曽祖父は、その昔、神隠しに合った。


 結婚してすぐ、絵を描きに行くと言って山へ出かけたところ、消息を絶った。村の人たちが探しに行っても見付けることができず、行方不明となったまま。一人残された曽祖母は既に身籠もっていて、曽祖父が戻らないまま、祖父を産んだ。


 誰もがもう諦めて、曽祖父のことを忘れていた二十年後、死亡したと思っていた曽祖父が戻ってきたのである。

 しかし、その曽祖父の姿は、行方不明になる前とほとんど姿が変わっていなかったそうだ。

 神隠しだと言われて頷けるその姿に、曽祖母と祖父はどう思っただろう。


 そして、戻ってきた曽祖父が見たのは、二十年分年老いていた妻とその子。

 身籠もっていたことも知らなかった曽祖父は、子供が自分と同じくらいの年だったこと、自分の妻が二十歳年上になっていたことに、愕然とした。


 曽祖父はそのまま曽祖母と暮らしたが、それからすぐに曽祖母が亡くなり、曽祖父と同い年に見える祖父は、家を出て行った。


 二十年間の空白。曽祖父は家族だけでなく、世間からも置いていかれた。社会人として職に就くことも難しく、苦しい生活を強いられた。


 曽祖父は絵を描くしかなく、曽祖母のいた家でずっと一人、華鈴が預けられるまで一人で生きていた。 


(その二十年間、ここに住んでいたってこと?)

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