第4話 準備完了

 長かった。1年の時をかけて、俺は散弾銃を保有し、狩猟の現場にも足を運んだ。


 猟友会のおっちゃんたちに気に入られるのは意外に簡単だった。

 焼酎を手土産に話を聞いてやれば、おっちゃんたちは喜んで狩猟のノウハウを伝授してくれた。おっちゃんと俺の間に利害の衝突はない。敵対的議論など起こす理由がない。


 俺はむしろおっちゃんたちに可愛がられ、手取り足取り技術指導を受けることができた。


 中には獣害から農作物を守るために銃を所有しているおっちゃんもいた。そういう人には、ただで防獣フェンスの設営や罠の設置を手伝ってやった。

 こっちにしてみれば貴重な「実戦」経験を積ませてもらう願ってもない機会だ。完全に利己的な動機でやっていることなのだが、しつこいほどに感謝された。帰りには野菜や米を持ちきれないほど渡された。


 そんなこんなで人の力を借りながら、俺の異世界進出準備が完了した。


 衣装ケースの内側には防獣フェンスが張り巡らせてある。フェンスには電流を流せるようになっている。異世界からの「何か」が侵入してこないようにという用心だ。

 夜間は自動でスイッチがオンになるよう、タイマーを設定してある。


 異世界側の拠点も整備ができている。


 1人用のテントを穴を覆うように張り、木の枝をかぶせて偽装してある。テントの中には各種資材を持ち込み、マンション側から電源ケーブルを引き込んである。

 俺は内装工事関係のバイトを引き受けながら、第一種電気工事士の資格を取得した。異世界拠点の強化に役立つと考えたのだ。


 異世界で資格は必要ない。必要なのは知識なのだが、どうせ知識を学ぶなら資格を取らないのはもったいない。フリーター生活にも役立つしね。

 仕事の幅が広がり、給料レベルも上がった。専門技術を持っていると、仕事先で頼られるようになってくる。


「この間は助かったよ!」


 そう言って酒をおごられたりするようになった。1年前には考えられなかったことだ。


 穴にケーブルを通して異世界側に電気が流れるのかという疑問は、やってみたらあっさり解決した。異世界でも電気製品は問題なく使える。

 一方、「無線」関係はすべてアウトだ。携帯のアンテナは立たないし、Wi-Fiも入らない。

 

 拠点には折り畳み式ソーラーパネルとポータブルバッテリーを設置した。非常時への備えは必要だ。こっち側のライフラインが断たれる可能性があるからね。日本は災害大国なのだ。


 そこまで環境を整えて、ようやく俺は本腰を入れて「異世界」を探検することにした。


 少しずつ、少しずつ、俺は異世界での探索範囲を広げていった。

 植物を採取し、昆虫の標本を作り、わなを仕掛けて動物を捕らえた。


「これは……やっぱりそういうことだよね」


 俺は星空を観測し、最終的な結論に達した。


「ここは日本だ」


 しかも現代の。


 それでも俺は油断しなかった。パラレルワールドという可能性がある。何しろ「黒い穴」という超常現象が目の前にあるのだ。どんなことが起きていてもおかしくない。


 遭難しても、魔獣に襲われても、そして人間に襲われても身を守れるように準備し、俺は森の切れ目を探して探索を続けた。

 そしてついに人里を発見し、町に出た。


 思った通り、そこは現代日本だった。ビルが立ち並び、車が走り、鉄道の駅が存在した。


 結局俺は鉄道を利用して自宅に帰りついた。

 ワンルームマンションの自室で衣装ケースの中の黒い穴を見つめながら、俺は途方に暮れた。


「これは……どうしたもんかなあ?」


 異世界で生活するという俺の野望は、あっけなく崩れ去った。

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