第3話 心配性

 さて、そうと決まればまた買い物だ。ホームセンターに出向き、登山用品、サバイバルキット、保存食などを買い込む。

 わからないことは勇気を振り絞って、コーナー担当の店員に尋ねる。意外にも店員は初心者の俺に優しく対応してくれた。商売につながるのだから、当たり前か?

 

 うー。俺の貴重な預金残高がゴリゴリと削られていく。


 しかし、安全には代えられない。異世界で貴重な鉱石でも見つければ、億万長者も夢じゃない。ここは、夢を掴むための先行投資と考えようじゃないか。


 部屋に戻った俺は玄関のドアノブに登山用のロープを結び、その一端を体につけたハーネスにつないだ。退路確保は冒険の基本でしょう。


 俺のいでたちは完全登山装備。足元は登山シューズだし、頭にはヘルメットを装着。遭難しても1週間は生き抜ける食料と水を、背中のリュックにぶち込んである。


 踏み台を登り、黒い穴に片脚を突っ込む。うん、異常なし。もう片脚を入れ、ずぶずぶとお腹まではまり込む。

 上半身だけの人間になってしまったが、下半身の感覚はしっかりある。痛みなどの異常は一切なし。


「よし! さようなら、フリーター人生。異世界王に俺はなる!」


 俺は踏み台から手を離し、目を閉じて黒い穴に飛び込んだ。


「――とっ、とっ、とう!」


 一大決心で穴に飛び込んだ俺はすぐに着地し、ふらついて倒れそうになった。


「こっちでも穴の高さは、元の世界と同じか」


 そっと目を開けてみると、周りはまばらに木が生えた森の中だった。


「なるほど。場所的にはラッキーかな? 人目に立ちにくいし、拠点が作り易そうだ」


 とはいえ、ここは異世界だ。何が起こるかわからない。俺はそのまま動き回らずに、様子を見ることにした。

 サバイバルナイフを抜き、首から上を動かして周囲を警戒する。


 そのまま1時間。聞こえるのは虫の鳴き声と、鳥の声くらいだった。


「穴を抜けてきたといっても、異世界とは限らないんだよな。元の世界の違う場所という可能性もある」


 それならそれでお手軽な旅行気分が味わえる便利アイテムと思えばいい。ひょっとしたらただで海外旅行ができるということかもしれない。


「よし、とりあえずの安全は確認できたな」


 いきなり魔獣に襲われるアクシデントはなかった。それだけでもありがたいことだ。危険な獣がいないとは限らないが、そこら中にいるという事態は避けられたようだった。


「次は拠点づくりだな。また金がかかる」


 ぶつくさ言いながら、俺は登山用ロープを手繰って穴に上った。帰った後にロープを見つけられないように、回収することを忘れなかった。


 俺は週単位で給料がもらえる短期のバイトを予定に入れた。それと並行して穴の両側を拠点化していく。

 職場には俺と同じように短期で働く人間が数人いた。「××になりたい」という夢のために金をためているのだそうだ。俺には何だか、彼らの表情がまぶしく感じられる。


 こちら側には組み立て式の衣装ケースを買ってきて、穴を囲うように立てる。急に人が部屋に来ても、穴を見られないようにしたのだ。衣装ケースの骨組みに登山用ロープの端を結びつける。

 いつまでも玄関からロープを張っておくわけにもいかない。


 衣装ケースの中が薄暗いので、充電式のランタンを設置した。


 そして俺は「猟友会」に加入した。


 話が飛んでしまったが、異世界での活動を安全なものにするためには是が非でも猟友会に入る必要があった。それと、狩猟免許と猟銃の所有許可を取らねばならない。

 どれもこれも金と時間がかかる。だが、避けては通れないのだ。


 いろいろ考えた。


 武術の心得など俺にはない。当たり前だが、魔法など使えない。そうなると、異世界で身を守るには銃が必要と考えた。

 銃を買うには銃砲所有許可が必要だ。申請書には所有の目的を書く欄がある。射撃競技のためか、狩猟目的かの二択しかない。安全な日本で「護身目的」の銃所有は認められないのだ。


 異世界での使用目的を考えれば、俺は狩猟目的で銃を所有することになる。実際に、獲物を売ったり食料にしたりすることを予定していた。


 狩猟をするなら猟友会に入って、ベテランからノウハウを教えてもらうのが手っ取り早い。罠の仕掛け方や猟場の見つけ方、獲物のさばき方など、身につけるべき技術が山ほどある。


 あれこれ考え合わせると、異世界生活の準備は長期戦にならざるを得なかった。

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