第2話 実験

「次は『生物』で実験しよう」


 果たして生きている物はあの穴から無事生還できるのか?

 いきなりグロい光景を見たくないので、最初はダンゴムシで試してみることにした。たまたま目の前の公園で最初に見つけたのがこいつだったのだが。


「お前は『レッド』だ」


 俺は識別用にダンゴムシの背中を赤マジックで塗った。裏返したガムテープでフロアワイパーに貼りつけ、黒い穴に差し込んでみた。


「……7、8、9、10。どうなった?」


 10秒後に引き戻してみると、ダンゴムシは生きていた。赤マジックにも変化がない。

 圧縮されても死ぬことはないらしい。


 だったら、自分の体を入れても大丈夫か? いやいや、人体実験に進むにはデータが少なすぎる。


「まずはレッドの『黒い穴』滞在時間を伸ばしてみよう」


 レッドくんには1時間穴の中で過ごしてもらうことにした。

 再び穴にワイパーを突っ込み、時刻を記録。俺はその間に、買い物をすることにした。


 ◆◆◆

 

 50分後、俺は近所のホームセンターから帰宅した。買ってきたのは、安物のデジタル時計2個と救急セット、そしてかごに入れたハムスターとその餌。


「レッドは変化なし、と」


 ダンゴムシは1時間経過しても元気だった。穴の中(?)には空気があるらしい。


「次は脊椎動物だな」


 俺はハムスターをかごに入れたままワイパーに縛りつけ、デジタル時計の1つをかごに入れた。時計は2つとも秒単位で合わせてある。1つを手元に置けば、穴の内外で時間経過に差があるかどうか検証できるはずだ。


 キイキイ鳴いていたハムスターの声が、穴に近づくほどに小さくなり、やがて聞こえなくなって姿が消えた。


「次に会うのは4時間後だ。餌を用意しておいてやるぞ、ハムレット」


 ハムレットというのはハムスターにつけた名前だ。「生きるべきか、死ぬべきか」というセリフは悪ノリだと思って言わずにおいてやった。


 幸いにもハムレットは元気に生還した。食欲にも異常はない。

 デジタル時計は2つともまったく同じ時間経過を示していた。「穴の中」でも時間の流れは一緒らしい。


「ハムスターでは問題なかったからな。人体にも影響はないはずだ」


 そう言いつつ、俺はテーブルの上に救急セットの中身を広げた。スマホもその横に置いておく。

 万一何かあったら、すぐに手当をして救急車を呼ぶためだ。備えあればうれいなし。


 俺はアルコールで入念に両手を消毒した。室温で乾くのを待って、左手の上から皮手袋を装着する。


「たまたま何か鋭利なものとか、ケミカル的なものに触れてしまうかもしれないからな。動物がいるかもしれないし」


 俺は左手を握って、小指を立てた。体の中で一番被害が少ないのはここだろう。


「よし! いくぞ!」


 じりじりと穴に小指を近づける。きゅうっと小さくなっていくが、何も感じない。引き戻してみても、変わりはなかった。


「よし。次は左腕いってみようか」


 今度は腕時計をして1時間。ひじから先が見えなくなっているのはショッキングな光景だった。


「……異常なし。ふう。1時間は怖かった」


 さて、ここが考え時だ。


 これまでの実験結果から見て、穴の中はたぶん安全だ。俺には2つの選択肢がある。


  ・このまま穴のことは忘れて、今まで通り生活する。

  ・自ら穴に入って、更に探求を進める。


 より安全なのは今まで通り生活することだろう。穴に入れば、予測できない危険があるかもしれない。

 しかし、入らなくても「たぶん安全」なだけなのだ。穴からガスや細菌が漏れ出すかもしれないし、危険生物がはい出してくるかもしれない。


 未知の現象に「絶対」などということはないのだ。


 そうなると、俺には探求を続ける選択肢しかない。放っておいて危険に怯える生活など耐えられないと知っているからだ。

 俺は黒い穴に入ることにした。


 ぶっちゃけ「金になるかもしれない」と期待したのだった。

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