小心者と黒い穴

藍染 迅@「🍚🥢飯屋」コミカライズ進行中

第1話 黒い穴

「おや? 何だアレ?」


 ◆◆◆


「またお前のミスかよ。何度目だよ、これ? ほんと、使えねえな、お前!」

「もうー、迷惑なのよねえ。キミのせいで全体の効率が下がっちゃうのよ。勘弁してくれない?」


 職場の仕事がトラブルで止まった。同僚は口々に俺のせいだと言う。


「す、すみません」


 俺は謝ることしかできない。口答えをすれば、「言い訳するな!」と怒鳴られる。

 システムの不備だろうと、前任者の引継ぎ不足だろうと、すべて俺の責任にされるだけだ。


「謝って済むことかよ! とにかく自分でリカバーしろよな。俺たち『働き方改革』で残業なんかしねえからな」

「当然! 今日は予定があるんだから、定時で帰らせてもらうわよ」


 自分たちの仕事が遅れていたことを棚に上げて、業務の停滞をすべて俺のせいにする同僚たち。

 結局俺1人が居残って、同僚の分まで仕事を挽回することになった。


「何でいつもこうなるんだろう……」


 俺はいわゆるコミュ障だ。30歳を過ぎているが、未だに他人とまともに会話することができない。敵対的な会話ができないのだ。攻撃的な言動をぶつけられると、精神がそのストレスに耐えられない。


 毒を伴う議論を続けるくらいなら、謝ってしまった方が楽だ。というか、謝るしか選択肢がない。


「この会社も辞め時か」


 俺は唇をかみしめた。


 こんな調子で安定した生活を送れるわけもなく、俺はあちらからこちらへ仕事を渡り歩くフリーター生活を送っていた。


 ◆◆◆


 ある日、ワンルームマンションの部屋に黒い穴が開いた。


 朝起きて背伸びをしている時に見つけたそれは、ベッドのヘッドピースの上にあった。

 直径20センチほどの黒い穴が、何もない空間・・・・・・に浮かんでいる。


「えー? 煙……じゃないよね。穴なの、これ?」


 穴はただ真っ黒で中の様子が見えない。視点を変えようと穴の周りを移動してみると、どこから見ても正面であることに気づいた。


「あれ? てことは、これって『穴』じゃなくて『球』なの?」


 だが、それはのっぺりとしていて立体には見えない。というか、そもそも「実体」があるものには見えなかった。やはり、「穴」だとしか思えなかった。


「まさか、ブラックホールってことはないよね。霊穴とかも勘弁してくれよ?」


 俺は怖くなって黒い穴から一歩離れた。

 自他ともに認める心配性である俺は、気になりだすと物事を放っておけない。


 強迫神経症というのだろうか。その上コミュ障でもある俺は、まともな就職をとうに諦めた。


「危ないもんだと困るなあ。このまま放ってもおけないし……」


 唸った俺は、掃除用のフロアワイパーを持ち出した。この部屋で一番長いものがこれだったのだ。


 穴にワイパーの先を押しつけると、何の抵抗もなく穴の中に消えていく。明らかに穴よりも横に広がっていたワイパーのヘッドが圧縮されるように歪んで、すっぽり穴に入ってしまった。


「嘘? ヘッドがなくなっちゃった」


 驚いて引き戻してみると、ワイパーのヘッドは元通りについていた。


「えー? 何これ? 4次元ポケット?」


 ワイパーを眺めまわし、恐る恐る指先で触る。常温だ。何も変化がない。


「ふーん。これはまいったな。……とりあえず朝飯にするか?」


 俺は混乱した頭を冷やすために、一旦穴から離れて朝食を取った。食事をしながらも、つい目が穴の方を向いてしまう。


「悪いことばかりとは限らない。この穴が何かの役に立つかもしれないからな。じっくりこいつのことを調べてみようか」


 引越しする金がない俺は、この部屋に住み続けるしかない。だから、得体の知れない穴のことをこのままにはしておけないのだ。

 安全なのか、危険なのか。役に立つのか、立たないのか。納得がいくまで検証してやろうという気になっていた。幸か不幸か、今日は仕事がない。好きなだけ「黒い穴」の検証に時間をさける。


「――とりあえず、ベッドは穴から離しておこう」


 俺は50センチほどベッドを引っ張って、穴から遠ざけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る