初夏の野球帽
藤泉都理
初夏の野球帽
何度も何度も挫折をしてきた。
これが似合うよすっごく可愛いと言われてきてからずっと。
そう、しようとして、でもできなくて。
だけど今日は。
気になるあの子と一緒に遊園地に行く今日だけは。
力を貸してちょうだい。
小さい頃からずっと愛用してきた野球帽をじっと見つめた。
小さい頃にデパートに連れて行ってもらった時に、帽子を買ってあげると母に言われて、自分で選んだ野球帽。
大きさを変化させられるから、幼い頃から今までずっとずっと一緒に過ごして来て、これからもずっとずっと一緒に過ごす野球帽。
これがあったからこそ、外でも中でも友達と一緒に遊ぶ事ができたのだ。
これがあったからこそ、あの子を遊園地に誘う事ができたのだ。
だから今日も。お願い。
いつものように、いや、いつものようにではない。
いつもと同じじゃだめだ。
今日は、今日だけは。
深く被って、つばを前にして、目元を隠したらだめだ。
安心できるから本当は、つばを前にして目元を隠したままにしたい。
けど。
今日はいつもと違う自分を見せて。
友達が言ってくれた可愛い自分を見せて。
意識してもらって。
ジェットコースターに乗りまくって、吊り橋効果を狙って。
そして、最後に観覧車に乗って、向かい合わせに座って、告白するんだ。
「よしっ!」
いつもは目元を隠してくれるつばを後ろに回して、野球帽を斜め被りする。
とても心細い。額が、目元が、全身がスースーする。寒い。冷たい。つばを前に回したい。
だけど。
「行ってきます」
つばがないだけでこんなにも世界が違うんだ。
家の中に逃げ込んでつばを前に回して出直したい衝動を必死に抑え込んで、待ち合わせ場所の駅まで駆け走る。
待ち合わせ場所に着く直前で、つばを後ろに回せばいいじゃないと囁く自分に、メッと叱りながら必死に駆け走る。
「え?」
待ち合わせ場所の駅に着いたけど、約束した時間を過ぎても来ないので、気付かなかっただけで何か連絡があったのかもと、スマホを見えると、やっぱりメッセージが来ていた。
「急に親戚の人が来て行けなくなった。かあ」
「おー。愛しの友よ。うんうん。やっぱり、いつもの被り方でも可愛いけど、そっちの方がもっと可愛い。って。あれ?あいつは?」
駅に背を向けて歩き出そうとした時だった。
後ろ被りが可愛いと言ってくれた友達が話しかけて来てくれた。
「うん。用事ができて、来れなくなっちゃったって」
「あ~。そっか。いっぱい勇気出したのに、残念だったね。でも、今度はいつにしようかってあいつから誘ってくれるよ。だから」
友達は後ろに留めていた私の野球帽のつばを前に回して、にっこりと笑った。
「よしよし。よくがんばった。今日はここまで。ね。またあいつと出かける時まで。今日はこのままぼくとデートをしよう」
「いいの?予定とかないの?」
「うん。なくなった」
「じゃあ。遊園地。だめ?」
「え~~~」
「ジェットコースター乗りたい」
「好きだねえ。ジェットコースター」
「だめ?」
「………ぼく、ジェットコースター苦手になっちゃったから。それ以外ならいいよ」
「え~~~」
「見守っててあげるから。ジェットコースターはあいつと乗りな」
「………わかった。じゃあ、鏡の館、ゴーカート、コーヒーカップ、空飛ぶブランコ、メリーゴーランド、バイキング、観覧車、ウォータースライダー、ソフトクリーム、クレープ、パチパチジュース」
「はいはい。ジェットコースター以外は全部付き合ってあげますよ」
「へへっ。ありがと。ソフトクリーム奢るね」
「じゃあ、ぼくは遊園地限定バーガーを奢ってあげよう」
「うん」
「断らないんかい」
私は笑って友達の背中に回って両手で押しながら、切符売り場へと向かったのであった。
(2024.7.21)
初夏の野球帽 藤泉都理 @fujitori
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