52 後日
「さて、これで何人になったかな?」
「七人だ」
ぐったりとして横たわった男を横目にして、オレードは後ろにいた騎士に転がった男を捕らえるよう、視線で促す。
死んではいない。痛みで気絶しただけだ。手当する必要もないが、血止めだけはしなければと、足を布できつく縛った。すぐに目が覚めて、叫び出す。騎士にうるさいと殴られながら、引きずるように連れていかれた。
「まったく、神殿も腐ったものだね。一体、どこへ逃げる気だったのか。今回の事件を都に知らせることになると思うと、オクタヴィアン様は頭が痛いだろうね」
「新しい神官が来るだろう。大神官が選んだ者が」
「面倒でなければいいのだけれど」
今回の事件は都でも大きな話題となるだろう。総神官を決めるために、まともな人間を送ってくることを祈るしかない。
以前は勇者の領土。嫌われた異世界人の領土だからと、大した能力のない者が送られてきた。今回はヴェーラーの神殿の権威を貶めたとして、厳格な者が選ばれるはずだ。
なにかと調べるような手合いであれば、面倒に違いない。それでも、神殿がマシになるのならば、仕方のないことだ。
黙っていれば、オレードは遠慮げに笑う。
「フェルナンが良ければいいんだよ。神殿に行くのは君だからね。ジャーネルは無視できていたけれど、強行に及ぶ神官が来ると、君も神殿に呼ばれることになるんじゃないかい?」
「無視するだけだ」
「せっかく得た神官の位なのだから、そんなことを言うものじゃないよ。討伐隊騎士をやめろと言うような神官であれば、無視して構わないけれどね」
神官の権利を行使したことはない。神殿だけの仕事をするつもりがなかったからだ。
神官は癒しの力を持つ者としてそれなりに高位ではあるが、フェルナンは神殿に所属していないため、神殿での仕事を強要されることはない。神官としての位は持っているため、神官名簿に登録はされているだけ。どの神殿で活躍するかの所属はされていない。
所属していなくとも、神官の位を持っている者に対し、しのごの言う者はいない。同じ神官でも、討伐隊騎士の自分に何か言えるような立場の者はいなかった。
「大神官が来るわけでもない。今までと変わらない」
「それならばいいけれどね。目を付けられなければいいんだよ」
その要素はないはずだ。オレードは肩をすくめて、杞憂に終わればいいんだよ。と小さく呟く。
「それにしても、こちらは少し寒いね」
風が足元をすぎ、首筋を通っていく。冷えた風は季節が変わることを告げていた。そろそろ冬が来る。この地方の冬は厳しい。一度寒くなれば一気に冬になり、雪が積もった。移動するのすらためらう大雪が降ることがある。冬の中で凍えて死ぬ者も出る。危険な季節だ。
「レナちゃんは家に帰ったかな。冬支度はしてないだろうに」
そんな余裕などあるはずない。レナを保護するために城に留めたが、思った以上に時間がかかった。冬支度をするはずの時間を、城で過ごすことになったのだから。
レナを城に置いて十日。逃げた神殿の関係者を捕らえるために、遠くの町まで訪れる羽目になった。また帰るまでに時間がかかる。城で待っていろとは言ったが、待つことはないだろう。レナが城にいる理由はない。今までオクタヴィアンの命令で留まっていたのだから。
「遠くまで来てしまったね」
オレードは憂いげに言いながら、遠くを見つめた。草原の広がる、何もない土地。逃げるにしても町を経由すればすぐにわかる。自分で獲物を狩ることのない神殿関係者は、森で食料を得ることもできない。水や食料を手に入れるには、町に入らなければならない。この領土から出るにも苦労があった。
それなのに、よくもこんなところまで逃げてきたものだ。
「面倒をかけてくれる」
こんなところまで、追う予定ではなかったのに。
「よく戻ったな。ゆっくり休んでほしいと言いたいところだが、フェルナン、帰ってきて早々悪いが、診てほしい人がいる。ハロウズ家に行ってくれないか。戻ってくるよう声をかけたら、病で動けないらしい」
城に帰ってすぐ、オクタヴィアンから呼ばれれば、そんなことを頼まれた。
神殿にいた神官は少なく、そのうちの半数以上が捕えられた。関わっていないが、事実を知っていた者がいないかの嫌疑がかけられ、動ける神官がいない。治療士に行わせる相手ではないのだろう。オクタヴィアンが貴族の治療をフェルナンに頼むのは初めてのことだ。
「ハロウズ家? 前に治療士を紹介したはずですが」
オレードの言葉にオクタヴィアンは頷くが、首を振って見せる。
「治療士の治療はあまり良くいかなかったようだ。ハロウズのこともそうなんだが、奥方も調子が悪いらしい。二人とも診てやってほしい」
オクタヴィアンが秘密裏に神官を遣わせることはできないため、治療士をあてがっていた。オクタヴィアンは堂々と神官を送ることができない。口の固い者が神殿の中にいないため、治療士程度になってしまうのは仕方がないと、本人も納得していたと聞いている。
今まで自分を派遣したことがなかったが、よほど体調が悪いのだろう。
「お前を神官として出すのはよくないとはわかっているんだが、ハロウズ家はこれから必要になる。親父殿のせいで今まで迎えることはできなかったが、ここで恩は売っておきたい。どうやら使用人が財産を持ち逃げしたらしくてな。金にも困っているそうだ。そこまで気づいてやれなかった。こちらでお前には支払うから、二人とも治療してやってくれ」
「わかりました」
領主権限を持っても、敵だらけの城の中。できるだけオクタヴィアンが使える貴族を増やすのが先決だ。領主の治療には時間がかかり、仕事についてはボードンたち領地を担っていた貴族が幅を利かせている。ボードンを罪に問うことができていない今、何も解決していないようなものだからだ。
すぐに向かってほしいと命令を受け、ハロウズ家に直接行くことになった。風呂に入って着替えだけはしていけと言われて、部屋をあてがわれる。オレードは一度屋敷に戻ると、オクタヴィアンの部屋を出た。
「レナちゃんのことは聞かなくていいのかい? 心配じゃないの?」
「別に」
拘束が解けたのだから、家に帰っているはずだ。待っていろとは言ったが、今回の説明は受けただろう。
ただ、
「フェルナン、レナちゃんは家に戻ったみたいだよ」
一緒に部屋を出たラベルニアと話しながら、オレードが残念そうに口にする。
会いたかったのは自分ではないのか? 問おうとしたが、変に言い返されるのがわかっているので黙っていると、オレードがレナを気にしていることに、ラベルニアが気になったか、顔を上げた。親しいのか? という顔だ。
「平民の女は皆、あのような感じですか? 物おじしないというか、怯えた姿を一度も見ませんでした。あのような待遇であったのに、礼を言って帰っていきました」
「礼を言って帰っていったの?」
オレードが吹き出す。レナちゃんらしいなあ。と呟いて。オクタヴィアンより詫びの品を与えられて礼を言ったらしいが、あのような目に遭っても礼を言って帰ったとは、気持ちの切り替えが早いように思う。あまり深く考えていないだけかもしれないが。
「レナちゃんが珍しいだけじゃないかな。面白い子だろう?」
面白いと言われて、ラベルニアは眉をかしげていた。あれは変わっているだけだろう。そもそも、身分についてよくわかっていない気がする。よほどの箱入りだったのか、世間一般の常識を持ち合わせていないのだ。
だから簡単に、危機的状況でも刃向かおうとする。彼女自身には、なんの力もないのに。
それを考えるだけで、胃の中がむかむかしてきた。
「お邪魔しました。と言って帰っていきました」
ラベルニアの言葉に、オレードはもう一度吹き出した。
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