51−2 日常
そして、もう一つ、洗剤を使いたい。料理長の手伝いをしている時に、泡立ちの良い洗剤を使わせてもらった。森に自生している木の実を使うのだ。いくつかもらえたので、森にあるか探すつもりだ。ただ、洗剤を使うのならば、環境問題が出てくる。そのため、浄化する場所が必要だった。しかし、そんな専門的な作り方など知るわけがない。できる限り洗剤を使わないようにして、使った洗剤をどうやって処理するかを考えなければならなかった。
「どっかに溜めて、微生物様に分解していただこう。木の実の洗剤って分解してくれるのかな。ろ過して、そのゴミを分解できるような状態にして、お水はそのまま流すとか? 飲むわけじゃないしね」
ならば、穴を掘ってろ過して、ろ過して、ろ過して、水をどこかに流す。だろうか。ろ過って、水をろ過する装置の作り方しかしらない。しかも大してしっかり覚えていない。
「砂。小石、大きい石とか、順番に敷き詰めて。って、穴掘ってできなくない? 樽とかに入れて、手作業。嫌だ! 自動にしたい」
下水路を作り、穴を掘って順番にろ過できるように水を通せるようにする。それで完全に浄化などできないと思うが。
「要再考だわ。お試しの小さいろ過器作って考えよう」
唸っていると、門扉でコンコン板を叩く音がした。呼び出し用の板と木槌を置いてあるのだ。お客さんが来たらしい。
誰だかわかっている。そろそろ来ると思っていたのだ。
「足元気をつけてくださいね。罠あるんで」
「罠、ですか??」
黒髪の一つ結びの男。認可局長が、侵入者用の罠を跨いで玄関までやってくる。そっと足先で紐を確認して、カラカラ鳴る鳴子をじっと見つめる。
「どうぞー。そんな認可できるものなんてないと思いますけど」
「オクタヴィアン様から言われてますから、お気になさらず」
お気にするのはこちらなのだが。
そう、お詫びの品は土地だけではない。玲那が作った物の認可申請代を、オクタヴィアンが全て出してくれるのだ。全てである。そのために認可局長がわざわざ玲那の家にやって来たのだ。
正直なところ、あまり認可してほしくない。お金はほしいが、おかしな物があると言われて、目立つ真似をしたくない。したくないが、オクタヴィアンが簡単に、お前のとこにある物認可させる。とか言いはじめて、勝手に決まってしまったのだ。
使徒からもらった本は隠してある。あれを見られるわけにはいかない。
「不思議な物がありますねー」
認可局長はリビングを見回した。
大きな織り機を見つけて、これは違いますよね。と呟く。
「オクタヴィアン様にもらったやつです。お詫び品」
「使い方わかるんですか?」
「わからないので、村の人に教えてもらう予定です」
オクタヴィアンは他にも詫びと言って物を送ってきた。織り機である。フェルナンやオレードから聞いたのか、大きくて、上等な織り機をくれたのだ。窓際の部屋の隅に置いてある。まだ使っていない。今度アンナに使い方を教えてもらう。ずっと留守にしていたので、挨拶に行った時に約束したのだ。
食料もいただいたので、お裾分けに行ったのである。もしかしたらお尋ね者になっていたことを知っているかと思ったが、それは知らなかったようで、ただ留守であることに心配してくれていたようだ。
「これも織り機ですか」
「それは作ってもらったんです」
「これは見たことがないですね。レナさんの案ですか? おや、これも一体なんでしょう」
認可局長はメガネを持ち上げて、玲那の作ったハンドチョッパーに注目する。結局それも認可されることになるのか。好きに見ているようなので、玲那はお茶を出すことにした。まだコーヒーもどきの実はある。男性陣にはコーヒーの方が好まれているようなので、濃いめに作る。
玲那の作った物と言っても、そんなに多いわけではない。すぐに終わるだろう。
「レナさーん、二階入っていいですかー?」
「いいですけど、なにもないですよ」
「外から見た屋根が気になって」
なにかあったか? 考えて思い出す。罠だ。認可局長が興味津々と窓の外をのぞいた。
「あれはですね、侵入者防止のための、猫よけマットみたいな」
「ねこよけまっと?」
「ただの泥棒避けです」
猫もマットも通じなかった。トゲトゲの剣山のような物が屋根にくっ付いているので、認可局長はそれを見たいと窓から身を乗り出した。あんな物を認可する気か?
持っていた筆入れを出すと、めくったり左右上下から見たり、何度も眺めて、展開図を描いた。
「これ、なにを使ってるんですか?」
「リトリトの尻尾のトゲですけど。そんなの認可できるんですか?」
なんでもかんでも描いている気がする。とりあえず描いておけということだろうか。
「レナさんの商品は、魔法を使わないですから、一般の者たちに人気になりそうですね。聖女が製作したものなど、高価な材料が必要だったりするので、普通の人では手が出ないことも多いんです。単価が低くなるのは否めませんが、作りたいと思う者は多くなるでしょう」
今日は展開図だけで、これから認可できるか確認し、確認を終えたらサインを書く書類を持ってくるそうだ。
前回は認可できるか確認を終えていたから、申請が簡単に行えたのだ。
「前のお掃除道具も、誰か使うんですかねえ」
「下級貴族になどには人気が出るでしょうね。安価で作れるし。その分の利益は低くとも、量産してもらえば、かなりの利益ですよ」
「はー。そうですか」
「うれしくなさそうですね」
そういうわけではないが、利益が出ても銀行に行くことはなさそうなので、放置するかもしれない。
お金になるのはありがたいが、やっぱり悪目立ちしそうだ。
「そうそう、商会長が捕えられましたから、なにか認可したい物があれば、認可局へどうぞ。あなたが登録なさるものは、オクタヴィアン様が支払いますから」
「いえ、もうなにもないですよ」
「今後のことですよ」
「今後? 今後もですか?」
これからなにか作った物があれば、無料で認可すると言うことか。それはさすがに、破格のお詫びすぎないか?
認可局長はメガネの中で、目を細めた。
価値が低いとはいえ、認可料が低いわけではないだろう。それでもオクタヴィアンが払うつもりなのか。なんだか逆に申し訳ない気持ちになるので、軽く頷くだけにしておいた。作る度に認可申請を出して、変に目立つことはない。
お茶を出そうと思ったが、忙しいらしく、さっさと帰ってしまった。認可局長を見送って、脱力する。もう日常に戻ったのだから、関わることはないだろうと思いながら。
家に帰る途中、エミリーの家に行って、置きっぱなしにしていた荷物は持って帰ってきた。指名手配の件は知らなそうなので、特になにも言われなかった。材木屋店主のバイロンに礼を言いにも行った。突然現れて驚いていたが、無事だったことに胸を撫で下ろしていた。指名手配の板は回収されているそうだ。間違いだったと訂正も入れつつ。
「お店でも悪目立ちしてるからな。当分町行かないようにしよ……」
カバンは返ってこなかったので、作り直した。人の物を盗んだ奴や、牢屋での一件に関わっている奴らも処罰されたらしい。お金は返してもらえた。
「まだ時間あるし、狩りに行こうかな」
数日留守にしていたからといって、食料が足りないわけではないが、肉や魚の確保は必要だ。昨夜は前に瓶詰めにしたお肉と野菜と麦のご飯を食べた。保存食として作り、試食していなかったのだが、作ってから数日経っていても問題なく食べられた。
瓶で熱して真空にした物だ。あれが何日持つのかわからないので、確認しながら食べるつもりだが、長く持つようならば、食べきれないお肉などは保存用に使おうと思う。
「うーん。お城で材料確保しないで過ごすのに慣れちゃったからなー」
ただ、良いこともある。
久しぶりに狩りをするのも、魔物に比べたらなんて楽なのだろうと思う。リトリトをさばくのに、まだ少しばかり抵抗はあるが、慣れてきてはいる。ビットバを使いまくりもしたので、自重しよう。結構危険なほど使った。誰にも気づかれていないことを祈るしかない。
「また矢を補充しなきゃ」
リトリトを見つけ、矢を放つ。断末魔の悲鳴は慣れないが、的を射るのもさばくのも早くなった。
「たくましくなってますねえ」
リトリトをさばいていると、真後ろから声が聞こえた。これは後ろを振り向いてはいけない。罠である。
「聞いてますか?」
「わあっ! 上から驚かさないでくださいよ!」
「声をかけても無視されるので」
無視したら、目の前に生首をぶら下げたみたいに声をかけてくるのか。使徒の顔は地面を上にして、髪の毛をぶら下げながら、後ろから覆い被さるように目の前に顔を出してくる。暗かったらただのホラーだ。やめてほしい。どうしても人を驚かせたいようだ。
「森に出てくるの、初めてじゃないですか?」
「家に参りましたら、いらっしゃらなかったので。失礼」
使徒は玲那の頭に手を伸ばした。ピイ、とリリが一鳴きする。なにをしたのか。リリに触れてみたがそこにはいるようだった。使徒を見上げれば、無表情で佇むだけだ。
「声が届くといけませんので」
「届く?」
「それよりも、なにかと大変だったようですが」
「大変でした! ビットバのありがたみ。バレないように使わせてもらっています」
「これからも、お気をつけください」
その言葉、またあるみたいに言わないでほしい。
「暮らしはいかがですか?」
「大変でしたけど、元の生活に戻るだけです」
「元の生活……」
おかしなことを言っただろうか。使徒は少し間をあける。それならばいいのですと言って。
それで気づいたのだ。元の生活と言われたら、前の生活を思い出させたのだろう。しかし、玲那の中に、前の生活は頭の中からすっぽり抜けていた。当たり前のようにこの生活に慣れていた。前は病院にこもってばかりの、ベッド生活だったのに。
「元気ですよ。とっても元気です。感謝してます」
「そうですか」
これが玲那にとって、日常になったのだ。
玲那の笑みに、使徒が微かに口角を上げた。ような気がした。
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