51 日常
長い間薬漬けになっている領主。その領主の体調を見ていたのが神官。いつから薬を飲まされていたのか。
フェルナンが癒しを試みても、長年薬漬けになった精神を戻すには時間がかかる。
心の病は治すのが難しいそうだ。
正気だった女の子は家元に帰されるだろう。もう一人は治療に時間がかかる。領主よりも接種していた薬の濃度が濃いらしく、治る見込みは薄いという。前に保護した女の子も、まだ完全に治っていないそうだ。
領主の場合、薬が簡単に手に入らないなどの理由で、服毒の期間が飛び飛びで、時間がかかったのではという話もある。領主も最初の頃は怪しんでいたのかもしれないということだが、今では簡単なことだっただろう。
そう考えれば、随分前から計画されたことになるのだが。
「色々噛み合わないんだよね」
ゆっくりと、領主とオクタヴィアンを殺そうとしたのだろうか。
薬を使い、言うことをきかせられるくらいには狂った。行ったのはジャーネルだが、ジャーネルが行った理由はなんだというのか。神殿を好きにしたいがために、領主を陥れようとしたのか。ボードンが命令したのではないのだろうか。
幼い頃のオクタヴィアンを狙ったのは、貴族の一人。その男は既に処刑されている。領主の座を欲しがる者は多い。ボードンはその最たるものだろう。なにせ、勇者と共にやってきた騎士たち貴族ではなく、もともとこの領土に住んでいた貴族だというのだから。
ボードンは代々領主の臣下だった。しかし、その仕えていた領主が罷免されて勇者にその座が与えられた。その後、勇者は殺された。勇者と共に領土にやってきた騎士だった前領主が勇者を殺し、その前領主を現領主が殺した。
じゃあ、今の領主も、さっさと殺しちゃえば良くない?
とか思ってしまうのは、この世界の倫理が破綻しているとわかって、その程度の命の扱いだと思いがちだからだろうか。
現領主を、オクタヴィアンを、さっさと殺せば、ボードンが領主になれるかもしれないのに。だって実権を握っているのは、ボードンなのだから。
横から掻っ攫われた、領主の地位。いや、ボードンの一族は領主の臣下なのだから、ボードンが領主になれるわけではない。
実際、ボードンは玲那を殺そうとした。玲那が熱湯で腕を怪我した時、命じられた兵士が焦っていたのもあるが、オクタヴィアンがいなければ、玲那は兵士の剣を受けていたかもしれない。脅してきたような雰囲気はなかった。もし玲那があの場で殺されていれば、小瓶の行方はわからなくなってしまう。
小瓶の行方など問題にしていなかったのか? それとも、本当に関わりがなかったのだろうか。
「そんな単純な話じゃないのかも」
事件は、一応は終わった。なんとも言えない後味の悪さだが、小瓶を拾っただけの玲那が狙われることはないだろう。
フェルナンには会っていないが、玲那が城に留まる理由も、もうなかった。
あれから数日。お家に戻っている。
城の中はゴタゴタ騒ぎで落ち着く様子はなく、長く家を留守にしていたこともあって、帰ることにしたのだ。
家に戻ってもフェルナンに会えないわけではないので、オクタヴィアンに挨拶をして家路についた。リリは頭の上でくつろいでいる。フェルナンに会えたら、リリとはお別れかもしれない。玲那が危険にあうことを承知で、リリを貸してくれたのだから。
「フェルナンさん、まだ忙しいんだろうなあ」
神殿内は大騒ぎ。総神官ジャーネルの所業を知らなかった者もいるだろう。フェルナンが人事を行うのだろうか。神官だが神殿の仕事をなにもしていないフェルナンが、中心に立てるのだろうか。
領主の手下という討伐隊騎士だが、オレードの叔父がオクタヴィアンに協力しているのだから、フェルナンも自動的にそうなっているのか、フェルナンは関係者を追ったりしているらしい。もちろんオレードも関わっている。貴族たちの対処はオレードが行っているそうだ。身分が高いため、適材適所なのだろう。
だから、フェルナンに会うのは、それが終わってからになるはずだ。落ち着くのは当分先な気がする。忘れられていないと思いたい。
まあね。説明は大体聞いたため、フェルナンと会って話すことはないわけだが。リリのこともあるので、あって話はしたいのだ。
説明はほとんど料理長から。そして、オクタヴィアンにも対面した。
今までの戯れという名の計画に巻き込んだ詫びとして、与えられたのは、
「いやー。ねだってみるもんだよね」
なんと、この度、土地が増えたのである!
「きゃほー。浄水場作るぞー!」
自分の住む土地と同じサイズの土地を、お隣にもらえたのだ。わあ。ありがたい。ありがたい。危険なだけあったよ。
ねだってみるものである。金が欲しいか、物が欲しいか。言われて、お隣の土地ちょっともらえませんか? と聞いてみたら。そんだけでいいのかと言われた。空いている土地はすべて領主の土地なので、玲那の家の隣の土地くらい大した物ではないとか。
なに言ってるの。土地が倍に増えたよ!?
土地が増えたから、不動産税や固定資産税が倍になるとか言わないよね。税金払ってないけど。領主の息子からの贈与だもん。税金かからないよ。きっと。
常々、石鹸を使った場合の水の処理とか、おトイレの処理とか、考えていたわけで、これでお隣の土地に下水路作って、少し遠めに浄水場が作れるかもしれない。
「おトイレの処分地を決めよう。なんかさあ、おトイレのタンクみたいなの作ってー、お水を入れれば、上からジャーって流れて、で、下水に流れるようにしたいな」
家で一人になった途端、独り言を話しはじめる。いいではないか。これが一人暮らしの醍醐味。
家庭にあるタンク付きのトイレのように、上部に四角いタンクを作り、水を入れて、レバーを引いて水が流れるようにする。汲み取り式のトイレでも、中に蓋を作り、臭いは遮断したい。足で踏めるボタンで、その水が流れるようにしたい。
なんという、一大プロジェクト。おトイレプロジェクトである。
そうしたら、トイレ側にお風呂を作っても、汚物と混じることはなくなる。はずだ。
「めちゃくちゃ庭掘らなきゃ」
なにせ発酵させなければならないので、その場所も確保しなければならない。
「お水ジャージャー流しても、結局肥溜め場所を別に作んなきゃだよね」
土地がもらえたので、広々と使える。お隣でも臭いはあるだろうが。井戸の近くに作るよりはよほど良い。
既に庭の隣の土地に、いただいた家畜のフンが放置されている。数日雨が降っていないので、少しカピカピしていた。そして臭い。やはり穴を掘って入れたい。蓋付きがいい。
「木の板で蓋付ければいいのよ。お隣に下水路通して、穴掘って、そこに溜まるようにして、穴をさらに二つ三つ作って、度々隣に移動させるしかない」
帰って早々トイレの話だが、死活問題である。日常が戻ってきた。
城は聖女の製品が溢れていて、現代トイレに似た環境で過ごせていた。
トイレは水洗。聖女の商品、浄化槽があったのだ。魔法が使用されており、玲那が作れる物ではないため、真似はできない。
調理場には石鹸もあった。その汚水はそのまま川に流してない。ろ過装置があり、綺麗な水を川に戻していた。これも当然聖女の製品である。聖女、環境問題にも手を出していた。素晴らしい。
「うらやましすぎる!」
しかし、それは城の財力で行える装置。普通の領民は垂れ流し。おまるみたいなものにして、捨てるのが通常のようだった。川には流していないそうなので、どこかに捨てる場所があるようだ。汚物を運ぶ仕事でもあるのかもしれない。だが、江戸時代のようにそれを農業に使うわけではないのだから、ゴミとして増える一方だと思う。広い領土のどこかに、捨て場があるのだろう。
「よそさまは良いとして、うちはしっかりやらないとね」
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