50 騒動
同時刻、パルメルの屋敷に騎士たちが押し寄せた。
公金横領の罪である。その上、商会長との癒着によって不当な金を得ていた。
裏帳簿がオクタヴィアンの手元に届き、発覚したとかなんとか。
少し前に強盗が入ってどうこう言っていたような気がするのだが、パルメルの屋敷にスパイでもいたのかもしれない。
しかしこれはパルメルの単独行動で、不正を働いた者を数人捕えることに成功した。その程度のようだった。
「序の口ってとこだな。尻尾が出てたやつをやっと一匹、捕まえたのさ」
その説明をくれたのは料理長だ。
神殿のごたごたがあった後、二日ほど城に放置されている。しっかりとした説明がないのは、その余裕がとれないからだろう。城は大騒ぎで、玲那を相手にしている暇などないのだ。
フェルナンはあの後、玲那を城に放り込んで姿を消した。やることがあるから待っていろと言ったまま。
大人しく待っているが、未だ顔を見ていない。まだ忙しそうだ。
それでどうして料理長が何かと知っているかと言うと、この人も剣を持つ人だからである。
「結局は、オクタヴィアン様が領主の印を手にしたから、領主代理で動くことが可能になったってことですよね」
「まあな。あんだけ探して見つからなかったのに、レナが簡単に見つけたって、ラベルニアが苦笑いしてたぞ」
「でも、あの部屋にはずっと入れなかったんじゃ?」
「ボードンが実権を握ってからはな」
ラベルニアが手にした本。あれには領主の印たるものが入っていた。本だと思っていたが、本を模した宝石箱だった。
その昔、勇者がこの領土を与えられた際に、王から授かった物である。
御璽みたいなものなのかなあ。
領主の印を持っていたら、領主権限が使用できる。ただこれにはルールがあり、領主が病気の場合であったり、頓死したりした場合に受け継がれるもので、領主に子供がいれば引き継ぐのは子供になった。明確に世襲であることが必要なのだ。
そのため、例えばボードンが領主権限を得るために、領主の印を持っても意味がない。領主が病で、後継者であるオクタヴィアンが死んでいれば可能になる。ちなみに、勇者に子供はいなかった。そのため前領主はこの領土を奪えたのだ。
「オクタヴィアン様は、よく無事でしたよね」
「早いうちに暗殺を予期されていたからな。もっと子供の頃、あからさまに殺されかけたことがあったんだ。その頃は奥様がお元気で、このままでは危険だと察し、奥様が動かれた」
「それで家庭内別居。領主様へ進言して、どうこうできなかったんですか?」
「領主様はあまり気の強い方ではないからな。ボードンたち前領主を弑するように仕向けた者たちには、逆らえるような強さはないんだ」
そのため、まずはオクタヴィアンを守ることが徹底された。まだ小学校低学年くらいの年から、オクタヴィアンは騎士に守られるようになる。聞いていた話と違うのは、そういったあれこれを表に出さないためだろう。
実際は母親が子供を守るためだったわけだ。
そりゃそうだよね。まだ十四歳でしょ? 領主が十年近く前からおかしいって言うのに、オクタヴィアンが動くとしても、多くの協力者が必要になる。
それを隠しながら、少しずつ、オクタヴィアンが大人になるにつれて、必要のない人材を外へ放出していったわけだ。
その結果、この建物には少ない人数が残り、オクタヴィアンとその母親を守れる環境となった。
「ボードンはあの印の場所、領主に聞いてたんですかねえ」
「どうだろうな。領主様も知らない可能性はある。なにせ、若いうちに父親が死んだのだから。受け継ぐ予定はなかっただろう?」
「それもそうか。でも、領主もその印は探したんじゃ?」
「俺はその頃ここまで領主一族に近くなかったから、そこまで深く知らないが、そういったお披露目はなかったからな。前の領主は、自分が領主であることを知らせるために、その印をお披露目したそうだ。勇者を殺して領土を得たから、当然の方法だっただろうが」
しかし、父親と同じ真似をした領主。そのお披露目はしなかった。前領主の子供だから問題ないと思ったのか、それとも、父親を殺して奪った権力を、そう易々とかざしたくなかったのか。
気が弱いって言ってたからなあ。わざと探さなかったのかも。いや、どうだろ。気が弱いからこそ、探したような気もする。
どちらにしても、他の者にその領主の印は使えない。ボードンがそのうち使うことにするとしても、領主は正気を失っているような状態。オクタヴィアンが成人になる前に殺せばいい。そして、領主を殺す前に、その印を手に入れる。
ただ、オクタヴィアンは来年成人になる。時間は少なかった。
「探すと思うけどな。ボードンは部屋にいられたわけだし、色々探してそう。でもあのまま放置してたのかな」
そうでなければ、領主の座は狙っていなかったことになる。
「自分の屋敷に持って帰るわけにはいかないからな。それが見つかれば、領主が生きているのに略奪した罪になる。だから、あのままにしていた可能性は高い。あの部屋に入る時は、必ず誰かいたから」
「それで、ラベルニアさんが入って、よく一人にしましたよね」
「ちょうど、緩いやつを狙ったらしいからな。まさか人がいて堂々と探すまで考えていなかったのかもしれない。もしくは、領主の座を奪う気はないのか」
今回、捕えられたのはパルメル。その関係者たち。ボードンは捕えられていない。相当の罪がないからだ。
オレードの叔父たち、ボードンに反意を持つ者たちは常にボードンを調べていた。しかし、わかったのはパルメルなどの小物たちの罪ばかり。それを捕らえるのも領主があの状態で、手をこまねいているだけだった。今回やっと罪に問える状況になったが、ボードンの尻尾はまったく掴めなかった。
それとは別に、神官と神殿の者たちが捕えられた。
総神官ジャーネルは、とある薬を使い、まだ十代半ばの女の子を監禁していた。神職にあるまじき、非道な行いをするためだ。町にいるゴロつきを使い、外から神殿に繋がる隠し通路を使って、女の子を牢へ閉じ込めていた。それがいつから行われていたか、まだわかっていない。
最初に気づいたのはフェルナンで、神殿での祈りを行っている際に、たまたま唸り声を耳にした。
魔物かと思い、周囲を調べたが何も出ない。気のせいではないと思いながらも、しばらくはなにもわからなかった。しかし、ある日、再び同じような唸り声を聞く。それが、川に流れてきた女の子の声だった。
助けた女の子は正気を失い、助けたにも関わらず、目が覚めたらフェルナンに噛みつこうとし、切られた背中の痛みも感じていないような状態だったのだ。
あまりにおかしな状態の女の子。川は城の脇を通る、流れの早い川。もっと上流では溺れて死んでいたであろう、水の量。そうであれば、城から流されたと考えるのが妥当。
そうして、長く女の子を看病してわかったのが、その状態が領主と似ていることだった。
普段は大人しく話すこともできるが、時々頭痛を訴え、いきなり凶暴になる。治療し続けたおかげで良くなってきたとはいえ、突如暴力的になった。そして、唸り、叫び、暴言を吐く。少しずつ回復しても、血を見ると凶暴性が増した。
フェルナンは神殿になにかあるのではと考えた。オレードを通じてオクタヴィアンにその話が通り、神殿で作られる領主の薬の中に、同じ成分が入っているのではないかと疑ったのだ。
実際、領主の変わりようは病的だった。精神的な病のせいだとされてきたが、薬で狂い始めた可能性が出てきたのだ。
フェルナンは神官でありながら、薬にも詳しい。そんな薬は思い至らなかったが、薬に魔法をかけた特別なものではないかと突き止めた。
それでも何を投与されているのかわからない。領主に薬を与えているのは総神官ジャーネルで、その薬を見つけることもできなかった。
総神官ジャーネルに、そんな薬を作る力はない。領土の中でも、フェルナンがわからない魔法をかけられるほどの、力のある者はいない。そうであれば、どこからか運ばれてきているはずだ。その薬さえ分析できれば、特効薬も作ることができるだろう。
その薬が、玲那が拾った小瓶だったのだ。
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