47 留守

「玲那ちゃんの家の近くで、村人から玲那ちゃんについて聞かれたよ。ずっと留守にしているって」


 普段ならば自分たちを見ぬふりする村人が、玲那の家の前をうろついていた。オレードの姿を見て、逃げようとしていたが、意を決したように振り向き、玲那を見なかったか問うてきた。


「しばらく見ていないと言ったら、肩を下ろしてたよ。玲那ちゃんは随分村の人たちと仲がいいみたいだね」

「子供が一人で住んでいるから、気になるんだろう」


 フェルナンはどうでも良さそうに言いながら、通りすがりに見えた玲那の家を横目で確認した。窓の扉は閉まったまま。すぐに帰ってくるつもりだったのか、外に何かを干したままにしている。雨が降っていないので問題ないだろうが、彼女が作った必要な物だろう。


 普段ならばこの時間、玲那は窓をすべて開けている。夕食を作っているのか、煙突から煙が出ていることが多い。

 しかし、ここ数日、煙はおろか、窓すら開けられていなかった。


 出かける時は窓がしっかり閉められている。夜も同じ。開けられた窓を見るのは、朝と夕方だけ。オレードはその時間玲那の家の近くを通ることが多いため目にするが、村人は気にしなければ玲那がいるのかわからないだろう。それでも玲那が留守だと気づくのは、村人たちと良い交流をしているからだ。ここに住んでからさほど時間は経っていないのに、なにかと問題が起こっていることもあって、村人も気にしているのだろう。


「村人が一人いなくなるくらい、大した問題じゃない」

 誰に言うでもなく呟く割に、眉間に若干シワが寄って、不機嫌が表れていた。


「それより、こっちの用意は終わった。あとは号令を待つだけだ。いつでもできる」

「そう。ならば早いうちに終わらせたいね」

 なんなら明日にでも終わらせたい。それを口にしようとすると、フェルナンがふと顔を上げ、大きく顔をしかめた。舌打ちをして、一度気持ちを整理するかのように息を横に吐いて見せる。


「なにかあったかい?」

「なんでもない」

「あまりのぞいてはいけない、」

「のぞいてない!」


 そんなに怒らなくてもよいだろうに。フェルナンは不機嫌にガロガの腹を蹴って、さっさと先へ進む。

 のぞいてはいけないけれど、もどかしいね。と言いたかったのだが。

 人の言葉を最後まで聞かず、あんなに真っ赤になって怒る姿も珍しい。


 フェルナンが興奮して怒りをあらわにすることといえば、聖女などの異世界人が話に出てくることばかり。普段馬鹿な者たちを前にして苛立ちがあっても、そこまで怒りを見せることはない。愚か者への卑下の目を見せるだけだ。

 それがどうして、ちょっとしたことで、感情を表に出す。

 ずいぶん変わったな。これを言えばまた怒るのだろうが。









「オレード、今帰ったのかい?」

「ただいま戻りました。叔父上、城でなにかあったのですか? このような時間にお戻りなど」

「そうなんだよ。色々あってね」


 屋敷に戻れば、帰り時間が叔父と重なった。城へ行ってもこの時間に帰ってくるのは珍しい。城で何かあったのだろうか。


 オレードの叔父は城で領主の補佐をしているが、実質はボードンが実権を握っているため、補佐としては飾りに近い。それでも、ボードンに対抗する数少ない権力者だ。ボードンからすれば目の上のたんこぶ。しかしほとんどの者がボードンに傾いているため、対抗馬として苦しい立場になっている。


 もっと強気でいけば良いのだが、前領主の愚行を止められなかったこともあり、他の者たちからすれば何もしなかった権力者だ。現在の領主が父親を弑したおかげで、前よりはまだマシになったと思っている貴族は多い。平民たちのことはともかく、ボードンが権利を握ってから良い思いをすることが増えたからだ。


 前領主の時は、不当な金を得るのが難しかった。聖女に狂っていても、その紐はしっかりと結ばれていたからだ。

 自分以外の者には厳しい前領主。それに比べて今の領主は多くが緩く、扱いやすい。


 叔父は疲れたように大きくため息をつく。よほど大きな騒ぎがあったようだ。

「オクタヴィアン様の遊び相手が怪我をしてね、オクタヴィアン様が大騒ぎだったんだよ」

「怪我、ですか? どうしてまた」


「その遊び相手が領主様の部屋近くをうろついていて、兵士が止めたようなのだけれど、ボードンが厳しく咎めたため、ボードンからの罰を恐れて兵士が遊び相手を切りつけたらしい。オクタヴィアン様はお怒りになって、ボードンと一触即発でね。遊び相手を傷つけた兵士はオクタヴィアン様に切られるし、大騒ぎだったんだ。オクタヴィアン様は彼を気に入っているようだからね。年も近いようだし、料理もできるそうで、使い勝手が良いと言うのは聞いていたのだけれど。一緒にいたジャーネル神官に癒しを求めるほどで」


「そこまでの傷を負ったのですか!?」

「いや、私が行った時、彼は腕に傷を負った程度だったよ。兵士にやり返していたし、なんなら命令をしたボードンを睨みつけていたほどだから。オクタヴィアン様にやられた兵士の方が大怪我だろう」

 それでも神官に癒しを求めるほどならば、大きな怪我をしたのではないだろうか。


「とはいえ、癒しを行ったのがあの男だからね。まともに治療できたのかどうか」

 ジャーネルはこの領土にいる神官のうちの一人だが、さほどの実力もないのに神官の一番手、総神官となっている。実力であればフェルナンの方がよほどあるのだが、フェルナンは神官の仕事をまともに行っておらず、名ばかりになっているため、選ばれることはなかった。


 オクタヴィアンが命令したのならば、なんとしてでも治せと言っているはずだが。

「そうそう、この間の頼まれごとの調書だよ。身元と年齢、性別、行方不明になった時期と場所」

 渡された書類には、頼んだことが細かく記されている。こちらで確認したことと一致しているのを確認して、大きく頷く。


「そちらが終わりそうなら、こちらも終わらせるけれど、どうするんだい?」

「準備は終わりましたから、すぐにでも動く予定です」

「わかっているだろうけれど、これでも一掃はできない。目をつけられることは覚えておくんだよ。できるだけ目立たないというのは、難しいだろうけれど」

 叔父は憂い顔をするが、それは本人がよくわかっていることだろう。


「ヴェーラーの信徒として、許せないのでしょう」

「それは同感だよ。ではこれはお前に預けるから、好きにしなさい。始める時間はあとで教えてくれ」

 叔父の言葉に頷いて、書類を飛ばす。すぐにフェルナンが確認して、処分するだろう。


「それにしても、」

 フェルナンは落ち着いて行動できるだろうか。今頃きっと、焦燥に駆られているに違いない。

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