48 計画

「癒しって、すごいんですねー」

「そんなのんびり言う状況じゃなかったんだろう? 危なかったと聞いたぞ」


 パンの生地をこねていると、料理長が呆れ声を出してくる。温めたかまどに出来上がったパンの生地を入れて、薪をくべた。パンを焼く時は焼き加減が難しいので、魔法では行わないらしい。

 玲那がこねているのは、ハーブが入ったパン生地だ。オイルが多めでさっぱりしておいしい。玲那が考えたパンである。オクタヴィアンは気に入らなかったようだが、オクタヴィアンの母親は好んで食べてくれたらしい。まだ会っていないが、パンを食べられるくらいには元気だそうだ。


「それにしても、後ろにいたメイドを庇って怪我なんて、危険な状況でよくできたな。あと少しでレナが殺されるところだったんだぞ?」

「そーですね。実際、あぶなかったなー」

「腕に火傷だけで済んだのが奇跡だろう」


 玲那はあははと笑って返す。頭の上にリリがいたのもあって、危険は感じていなかった。ビットバを出すつもりもあったので、兵士の剣のふりをしっかり目にしていたのだ。

 領主のいる部屋近くに追いやられた時、ボードンが部屋から出てきて、玲那を追い立てるように兵士を促した。あの部屋の周りにいる兵士はボードンの命令に背けないと、すぐに剣を出してきた。さっさと逃げようと思ったが、しかし、ちょうど後ろに、神官とお茶を運んでいたメイドがいたのだ。メイドはとっさに動けず、玲那にぶつかりそうになり、その玲那を切ろうとした兵士を避ければ、メイドが傷付けられるところだった。


 玲那はビットバを兵士の足元に飛ばし、メイドを庇って倒れ込んだ。兵士は足元の攻撃でつんのめった。ビットバには気づかれていないはずだ。兵士は足を引っ掛けたと思っただろう。そのまま廊下の床に剣を振り下ろした。それはぎりぎり避けられたのだが、メイドが持っていたお湯が腕にかかってしまったのだ。

 熱湯がかかり、悶えていたところ、オクタヴィアンがやってきて剣を抜いたのである。


 オクタヴィアンは兵士の腕を切り、床に血を滴らせた。兵士は叫び悶え、メイドは金切り声を上げて発狂。腕が落ちたわけではないが、周囲は血の匂いが充満し、今度は領主の部屋から領主の発狂した声が聞こえた。他にも貴族たちが集まって生きたため、大騒ぎだったのである。


 玲那にはポットごと熱湯がかかったので、かなりの痛みがあった。腕を抱えていたが、玲那にも血痕が飛び散っていたので、玲那が腕を切られたと勘違いした貴族もいた。

 オクタヴィアンは、メイドにぶつかって一緒に転がった神官に怒鳴り、玲那の腕を癒すよう命じた。玲那の腕よりも、兵士の腕の方が大怪我だと思うのだが、神官が困り気味な表情をさせていても、癒しを命令したのである。すぐに痛みは引いて、腕も動かせた。


 ただ、腕には火傷のかさぶたみたいな跡が残っている。漫画のように綺麗に治ったりはしなかった。

 それでもそこまで痛みはないので、癒しの力が素晴らしいのは間違いない。


「いー匂い。料理長のパン、めちゃくちゃおいしいですよね」

「褒めてもなにも出ないぞ。ちゃんと夜の分のパンも作ってやるから、おだてなくていい」

「そんなんじゃないのにー」

「夜は大人数でやるんだろう? 怪我が治ってないのに、大丈夫なのか?」

「まあ、大丈夫じゃないですかね。途中でお腹すいちゃうだろうから、パンは必須ですけど」

「焼けたら冷まして、持っていけ」

「ありがとうございますー」


 今日の夜。大掛かりな鬼ごっこが始まる。

 普段は夜に行わないのに、今回は夜に行うのだ。オクタヴィアンがなにを狙っているのかわからないが、玲那が逃げる先でなにかが起きるのは間違いない。

 領主の部屋に追い立てられた時も、きっとなにかをしていたのだろう。


 領主の部屋の周りは警備の兵士が多い。暗殺でも恐れているのか、あちこちに警備がうろついた。そこにはよくボードンと神官がおり、前回は他の貴族たちも訪れていた。あの部屋で会議でも行っているのかと思ったが、あの部屋は寝室だそうだ。

 なにかの決まりの時に、領主に断りを入れる。領主は議会で決まった議題に対し、可否を出しているわけだ。

 でも、部屋から出てこない。


 あの部屋付近で暴れることで、なにを行うのだろう。オクタヴィアンは堂々とあの部屋に入ったのに。

 最初は、頭の悪い権力者の息子が、くだらない遊びを考えているのだろうと、腹立たしくあった。今でもなにをしているかわからないし、怪我もするので不満はあるが、オクタヴィアンの側にいる者たちに、悪い人はいない。他人を陥れようとして親切にしているのではない。心から心配して、玲那を応援してくれる。


 それを見れば、オクタヴィアンが悪者には思えなかった。

 無関係な者を巻き込む理由はわからないが。村人という、使い勝手の良さもあるのかもしれない。


「今日でなにかわかればいいなあ」

 いい加減、理由もわからず利用されるのも飽きてきた。

 早く家に帰るためにも、さっさと終わらしてほしいものだ。









「人、ほんとに多いなあ。こんなに兵士いたんだ」

 城の周り。城壁の側。建物の中まで、兵士たちがうろついている。ランダムに動いているのは、鬼ごっこの参加者だ。扉の前や門の前などで立ち尽くしているのは、警備の兵士。廊下を何度も行き来しているのも、元々の警備だろう。

 それ以外は、玲那を探すためにうろついている兵士に違いない。


「大規模すぎない?」

 夜だから玲那が見つかりにくいと考えて、参加者を増やしたのか。こちらはただの一般人なのに、そこまで人を使うのはどうかと思う。しかし、これにも理由があるとするならば、

「……謀反とか?」


 なんてね。などと冗談では言えない。領主があの状態であるならば、十分にあり得るからだ。

 謀反はあり得る。領主を更迭。実権を握っているボードンを拘束。他にもその手下など。玲那が知っているのはパルメルくらい。あとはよく同伴している、ジャーネルという名前の神官。


 ボードンは領主に代わり、実務を行っている。オクタヴィアンは遊んでばかり。そこでオクタヴィアンの下についている者とは、どんな者たちなのだろう。今のところ料理長たち、世話をする者たちばかりで、オクタヴィアンに従っている貴族らしき者は、騎士の二人だけだ。ラベルニア。もう一人は名前すら知らない。玲那の知らないうちに、他の仲間に会っているのかもしれないが、圧倒的に人が少ない気もする。


「謀反じゃないのかな」

 ならば、なんのためなのだろうか。


 ラベルニアは執務室から本を盗んだ。鬼ごっこで警備の兵士たちを翻弄する。領主の部屋の周り、政治を行う建物。そこで騒いだところで、なにができるというのだろう。

「あの本はなんだったのかな」


 ラベルニアが手にした本は、こちらでは初めて見る、表紙が厚めの本だった。数枚ペラペラめくっただけで探していた物だと閉じて、どこかへ消してしまった。あれから数日経っているが、無くなったことに、部屋の住人は気づいていないのだろうか。大切な物でも、そこまで確認しない物なのだろうか。

 気づかれたら、すぐにラベルニアが犯人だとわかる。それでもよいと思って盗んだのだろうか。


「謎だわ。って、リリちゃん、どこ行くの」

 頭からリリが飛んで行こうとしたので、その先を眺めていたら、ふと止まり、こちらを見やる。そうして少し行って、また止まる。それを何度も繰り返すので、リリを後を追いながら移動していたのだが、一度頭の上に戻ったのに、また移動しはじめる。


 松明の光のない場所を探しながら、玲那は走った。裏口から入り込み、使用人が使う階段を駆け上がる。夜なので、建物の中も光がない。なんといっても今の時間、使用人たちも眠るような深夜だ。静かで当然。明かりも少ない。こんな鬼ごっこをされて、うるさくて眠りにくいだろうに。


 リリが部屋を通り抜ける。そっと扉を開ければ無人の部屋。テラスまで行くので、そこに出てしゃがみ込む。

 そうするとリリも頭の上に乗った。人の気配を感じたら逃げられるように誘導してくれているようだ。

 リリがいると心強い。たまにどこかへ消えてしまうが、今日は一緒にいてくれるようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る