46−5 狩り
テラスを飛び越えて、隣のテラスに飛んで、声から離れるように先に進む
繋がったベランダのような場所に辿り着いて、玲那は座り込みながら壁にくっついた。部屋の中から声がしたからだ。
「神殿近くで、そんなことがあるなんて」
「でも、私以外にも聞いた人がいるのよ。ほら、前から変な噂もあったでしょ? だから、地下で何か飼ってるんじゃない? って」
「魔物でも飼ってるって言うの?」
「そういうわけじゃないけど。でも、怖くて」
「そんな話、もうしない方がいいわ。誰かに聞かれたら、どんな罰を受けるか。どうせ私たちは中に入れないんだし、なにかあっても関係ないわよ」
「最近なにかと物騒でしょう? 色々気になっちゃうのよ。ほら、強盗もあったでしょう?」
「パルメル様のお屋敷に強盗が入ったってやつ? パルメル様、この間メイドを突き飛ばして、八つ当たりしたのよ。強盗に入られたからって、私たちにあたんないでほしいわ」
メイドたちは井戸端会議を続けている。休憩中なのか、話し続けているので、先に進めなくなってしまった。
不穏な話。一つは、神殿で、何か飼っているのではないかということ。
前にオクタヴィアンと入った神殿はあまりに静かで、何かを飼っているような鳴き声などは聞こえなかった。オクタヴィアンのせいで騒がしくはなったが、神殿というからには祈る場所だろう。鳴き声でもすればすぐに気づきそうな気がする。本当に魔物を飼っているとなると、どんな趣味だと思うが。
フェルナンは神官で敬遠な信徒なのだから、フェルナンも神殿に行くだろう。おかしな獣を飼っているとして、それが秘密裏ならば、フェルナンは気づくはずだ。とても隠して育てるのは無理だと思うが。
もう一つの話が、パルメルという男の話だ。
パルメルとは認可局にいた男だ。身長の高い、玲那を切ろうとした男。その男の屋敷に強盗が入った。
屋敷に保管していたなにかを盗まれて、それを報告に来たパルメルにボードンが叱咤した。その叱咤というのが、なにかを盗まれて怒っていたのではなく、ボードンにすがってきた為、自分でなんとかしろと退けたということだった。
盗まれてはいけない物を盗まれたが、助けはしないと見捨てられたことに真っ青になりつつも、外にいたメイドに八つ当たりをしていったとか。
盗みと聞くと、ラベルニアを思い出す。ラベルニアが壁から盗んだ本。あの部屋は執務室で、本来は領主が座る席なのだろう。現在はボードンが使っている。そして、ボードンを頼りにするパルメルという男の屋敷にも盗みが入った。
繋がりがなさそうで、あるような。
玲那が突っ込む話ではないが、なにかが行われているのは気のせいではなさそうだ。
なんにしても、その騒動に、玲那は巻き込まれている。
「うー。今日もひどい目あったー」
鬼ごっこが終わり、相変わらず墨だらけにされたあと、玲那はオクタヴィアンに呼ばれた。
なんだろうな。不安しかない。今度はどんな遊びを思い付いたのかと恐々として部屋に行けば、見知らぬ男の人がいた。
そして、テーブルにある、不吉な道具。
玲那が作った、ワイパーやモップだ。
「おせーぞ。ほら、こいつだ。さっさと認可しろ」
「認可?」
「お、お任せください。どうぞ、ここにサインを」
黒髪を一つにまとめた、メガネをかけた男。細身で、猫背で、気の弱そうな小声の男が、紙とペンをよこしてくる。
「なんですか、これ?」
渡された紙の翻訳を読んで、玲那は顔をしかめてしまった。さらに、うえっ。と奇声も上げた。
「認可局の者ですー。お嬢さんの商品が認可に値するということなので、オクタヴィアン様から呼ばれまして。ここにちょちょいとサインをいただければ、それで終わりですので」
「おら、さっさとしろ」
「いえ、なんで、私が認可の申請をするんです? お金もありませんし、売る店もないので、認可なんてしても」
「金は俺が出してやる。販売店は必要ない。俺預かりになるからな。領主の息子が貢献することになれば、店は必要ないんだよ」
どういうことだ。オクタヴィアンの名前があれば販売店がいらないのはよいとして、どうしてこんな物を商品として登録するのか。困惑していると、メガネの男が力説してきた。
「画期的な掃除用具ですからね。メイドたちに使わせたところ、好評だったようです。商品を量産するには認可局への登録が必要ですから、あなたのサインが必要なんです!」
「認可局長がわざわざ来たんだから、さっさとしろよ」
「認可局長?」
この男が、エリックの言っていた、都からやってきた認可局長。商会長の方が貴族の繋がりが強いとのことだった。呼ぶならばパルメルと一緒にいた商会長を呼びそうだが、その繋がりよりも認可局長を呼んだ方が早いと思ったのだろう。書類はすでに用意されており、オクタヴィアンはすぐに登録できると言って、玲那を催促した。展開図などは勝手に作ったようだ。
「私のサインではなくとも、オクタヴィアン様がサインされれば」
「なんで俺がサインするんだよ。お前が作ったんだろ。しのごの言ってないで、サインしろよ。それだけでいいんだから!」
「み、身分証、とか?」
「そんな、いらないですよ。魔力で判断しますからね」
聖女が作ったペン。そのペンを使えば魔力で判断される。だから身分証はいらないのだと、認可局長が教えてくれる。それならばよいが。
「早くしろよ」
怒られて玲那はペンを握る。身分証などがいらないようならサインするのは構わないが、この後面倒にならないか不安だ。
しかし、側で眉を吊り上げているオクタヴィアンが、さっさとしろと脅してくる。
なんでこんなこと。反論は許さない雰囲気で、玲那は仕方なくその紙にサインしようとした。だが、思い出す。名前が書けない。漢字で河瀬玲那と書くところだった。危ない。
「あのー。私、文字書けないんですが」
「はあ? 申請書は読んでただろ。眺めてただけか?」
「文字は読めるんですけどー」
「お名前は、レナ・ホワイエさんでしたね。この通りに書いてください」
認可局長がいそいそと別の紙に文字を書いてくれる。間違いなく、レナ・ホワイエだったので、その真似をしてサインをした。途端、ペンを握っていた手のひらが熱くなり、なにかがふっと通っていくのがわかった。
「はい。ありがとうございます」
礼を言いながら、認可局長はその紙を一瞬で燃やした。しかし炎の色は真っ白で、灰も残らず消えていった。
「はい、認可されました。ご苦労様でした。あ、あと、銀行の口座はお持ちですか?」
「持ってないです」
「で、ではそれも作りましょう。はい、サインどうぞ」
「これも身分証は?」
「いえ、いりませんよ」
「村の人間が身分証明するものなんて持ってないだろ。どこの貴族だよ。商人ならまだしも」
村人は身分証を持っていないのか。どうやって領土に住む者たちを把握しているのだろう。税金などを払っていないので、関係ないのだろうか。
それにしても、売り上げはすべて玲那に入るのか? オクタヴィアンの元に入るのかと思ったのだが、オクタヴィアンはもう用は終わったと、お茶をすすり、横を向いている。どうでもよさそうだ。
渡された紙には、銀行ならばどこでも使えて、本人でしか扱えないこと。代理を使う場合は書類が必要になるなど、簡単なルールが書いてあった。そこにサインをすれば、再び白い炎にまかれてその紙は消えてしまった。
「お金を出したい時や預けたい時など、すべて同じサインを書けばいいですからね」
「そんなんでいいんですか?」
「それは、もちろんです。聖女のペンに間違いは起きませんから」
絶対的な信頼のある聖女のペン。魔力を吸って印とするそのペンがあれば、他人を装うことは不可能なのだ。
さすが物作りの聖女。レベルが違う。
「ほら、もう出てけ。用は済んだ」
オクタヴィアンに追い立てられて、玲那は部屋を出ていく。
認可局長はそのまま部屋に残った。まだなにか用があるのだろう。
認可局長は、商会長よりも貴族たちとの繋がりが少ない。この領土に至ってはの話だろうが、この領土では陰が薄い男だ。実際会って、確かに偉そうな雰囲気はなく、焦ったように書類を出したり、早口になったりした。
気の弱そうな男。商会長に比べて、存在の薄い男。
領主の息子が認可をさせるために認可局長を呼ぶのは、普通のことなのだろうか。直接呼んだのだから、パルメルが商会長と懇意にしていることを知らないのかもしれない。
簡単に認可されて、あれだけ拒否していたのが馬鹿みたいだ。
「量産したいからって、わざわざ認可させるって、そんなに厳しいんだ」
これでお金が入ればありがたいことだ。なにせ認可料はオクタヴィアン持ち。これで使用が増えれば、玲那にお金が入ることになる。書類には金額も書いてあった。あれで特許料をもらえるというのも恥ずかしいのだが。
とはいえ、なんにしても、謎だ。わざわざメイドが使う掃除用具のために、認可料を出すというのも。
これもなにかの一環なのだろうか。オクタヴィアンがなにかしら動いていることがわかると、こちらも気になってくる。
「変なことに巻き込まれたらやだなあ」
認可ぐらいでそんなことは起きないか。お金がもらえるならばよしとしよう。
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