46−4 狩り

 このために玲那に窓拭きをさせたのか。オクタヴィアンの戯れと言えばなんでも許される状況下、その理由があれば、普段入れない部屋に入り込むことができる。政治を行う部屋。オクタヴィアンが関われない場所。

 ならば、鬼ごっこもその一貫か。


 なるほどね。だから兵士の場所が時々変わるんだ。

 玲那を追ってくる兵士は、時折一つの場所に集中することがある。外に出られないようにするため、建物内は追う兵士はおらず、けれど外にはやたらいる。建物の中も一定の場所にやたら追ってくる兵士がいて、別の場所はまったくいない。


 追ってくる者の中には本当に金目当ても多いだろう。けれどどこかに誘導する者がいて、玲那を追いやるのだ。玲那に注目させている間に、なにかをやっているのかもしれない。

 どちらが悪かはわからないが、オクタヴィアンは玲那を牢屋から出した。今のところ襲われることもない。ナイフや矢が飛んできたりしても、致命傷にはならないし、怪我もかすった程度。


 玲那は黙って窓を拭いた。テラスに出て、外側も拭く。ラベルニアは机から棚、床まで調べている。絨毯の下、窓の外。しばらく探しているが、なにも見つからないのか、眉をひそめた。

 舌打ちをして、机の下に潜り込む。椅子も調べた。けれど、なにも見つからない。

 玲那が探すことはないが、誰かが部屋に入ってくるのではないか、玲那の方が、気が気じゃなくなってくる。なにも見つからないため、ラベルニアも焦燥が見られた。せめて窓から扉の方を見ていた方がいいだろうか。テラスで部屋の方を見ながら拭いていると、ふと違和感を感じた。


 テラスの場所は他の部屋と同じ位置にある。同じ間隔、同じ数。けれど、なにかが違う。隣の部屋の窓を拭いていたし、この階の部屋は端から拭いている。だから気づいたのだ。


「壁の厚さが違います」

「なに?」

「その壁、隣の部屋に比べて、窓から壁までの長さが、微妙に短い。隣とは作りが違います」


 ラベルニアが目を見開いた。すぐに壁に触れて、上から下までコンコンとノックを続ける。下の方、他の壁に比べて軽い音がした。

 ラベルニアは急いでその周辺を探す。壁と床の繋ぎ目を爪で引っ掻けば、棚の置いてある床の部分がスライドし、一部分に穴が空いた。そこから壁の方へ手を突っ込むと、ラベルニアの手に本が握られていた。すぐにそれの中身を軽く確認する。そうしてそれを手から消した。どこかへ移動させたのだ。スライドした床を戻し、次の部屋へ移動しろと告げてくる。


「おかしな発言はするなよ」

「わかりました」

「礼を言う」

 脅してきたのに、ラベルニアは玲那を見つめると、無表情な顔をして、一度だけふっと微笑んだ。








 テラスで座り込みながら、玲那は周囲を見回す。外には兵士。今回建物内にも追ってくる兵士がいた。

 鬼ごっこも何度も行えば、城中の者が知りはじめる。最近は、玲那を見て哀れみの目をしてくる者すらいた。捕まる直前に墨をかけられることが多いので、廊下に墨がぶちまけられて、その掃除も玲那がすることもあるためだ。

 大変だなあ。オクタヴィアン様に目を付けられて。そんなことを言う警備の兵士までいる。


 認可局で会った身長の高い貴族に、別の日にも会った。害虫を見るように睨め付けられたが、二度目は剣を抜いたりはない。オクタヴィアンが遊びの邪魔をするなと口にするからだ。無礼をするのでは切り捨てた方が良いと言う男に、オクタヴィアンは鼻で笑う。ならば、お前が代わりにやるか。と言いながら。


 そんなことを言われたら、玲那は傷つけられない。他に者たちにもその話は耳に入っているのだろう。鬼ごっこに参加した兵士も、追いかけて捕まえた後、玲那を傷つけるような真似はしていない。

 玲那を引きずった男が矢で射られたことも原因だろう。


 そんなわけで、こき使われていても、玲那を傷つける者はいなかった。その上色々な場所に出没しても、特に咎められることはない。一度だけ、あちらは行かない方がいいよ。と親切に教えてくれた人がいたが、それでも追い立てられたらそちらに行くしかない。

 これは、オクタヴィアンが考えた、戯れという名の、なにかしらの計画だからだ。


「今日はどっちに行けばいいのかな」

 部屋の中には誰もいない。客間のようなので、使用する予定がない限り誰も来ないだろう。お腹が減ったのでとっておいたパンを頬張る。走り続けていたのでお腹が減ってしまった。森の中で収穫した木の実を入れて焼いてもらったパンは、少しだけ苦味があって、苦めの胡桃パンのような味がする。硬めのパンだが、スープにつけて食べるパンより味があっておいしい。

 これなら家でも作れるかな。と思いながら、今自分の家がどうなっているのか心配になった。


「また泥棒入られてたらやだなあ」

 閉め切ったままなので、藁に虫が湧いていないだろうか。帰ったらトイレのある倉庫が虫だらけだったら、泣く。

 思ったよりこの城にいるので、家のことが心配だ。オクタヴィアンの企みが終わったら帰してもらえるのか、それも不安なところがある。


「私の問題も終わってないんだよねえ」

 もそもそパンを食べながら、玲那を襲った犯人を考える。

 料理長と話しながら、玲那を牢屋に入れられるような者がどれだけいるのか教えてもらった。


 この城を牛耳っている貴族の一人が、ボードン。ラベルニアが家探しした執務室で仕事をする男である。ボードンであれば、罪を捏造して村人を連れてくるくらい造作もないようだ。

 ただ、ボードンが犯人だとすれば、とっくの昔に家に兵士が来ていただろう。わざわざ町で待つこともない。それくらい簡単にできると言う。

 玲那の家に家探しをしたとして、隠す必要はないということだ。


「兵士が来て捕まえて、それで家探せばいいんだし、そしたら牢屋で拷問なりなんなりできるってこと」

 玲那のような町から離れた村人には、それくらい簡単にできると言われてゾッとしたが、それくらいできる人なため、玲那を牢屋に入れた張本人ではないと言われてしまった。


 ならば、誰が玲那を捕まえたというのかと言えば、もう少しランクが落ちる者ではないか。とのことだった。

 ボードンは城で一番の権威を持っている。領主の代わりとなり、ほとんど領主のような立場だ。他にもボードンのように領土の権威を欲しがっている者もいて、幾人かの貴族が牽制しあっている。

 これらの貴族たちなら兵士を勝手に使うことは可能だそうだ。


 緩すぎではないだろうか。しかし残念ながら、一部の兵士を買収すれば、それは簡単に行えるとか。まったく、どうかしている。

 そのため、ある程度の力を持った貴族であれば、玲那を捕まえて牢屋に入れることなど、簡単にできてしまうということだった。

 だから、オクタヴィアンが牢屋から玲那を出した時に、文句を言っていた奴がいないのか、いればそれが犯人だ。


「いたぞ! 向かい側の階段から追い込め!」

 向かい側のテラスで、兵士が玲那を指差してくる。見つかったので、急いでその場を後にする。大声を出して仲間を誘導しているので、あれはオクタヴィアンの兵士だ。本当に褒美が欲しい者ならば、玲那がどこにいるか他の兵士に知らせたりしない。


 なんとなくわかってきた。逃げる先は階段から逆の方だ。

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