45−2 鬼ごっこ
「窓拭きい」
「この部屋から行うように。頑張れ」
玲那の後ろで、髪の長い騎士が無表情で応援してくれた。
今日は、城のすべての窓の窓拭きである。
雑巾と水の入った木のバケツを横にして、玲那は細目にして眺めながらため息をついた。
玲那の足があまりに遅いので、罰ゲームだ。
「全部の窓、だと?」
この城の規模は知らないが、正門から見た建物はそれなりに大きく、いくつかの棟もあり、窓の数は数えきれないほどある。その窓をすべて拭けと言ってきたのだ。罰ゲーム過ぎる。
そして、逃げないようにするためか、後ろに騎士がついた。髪の長い騎士。表情なく、部屋の中で待機する。
玲那はうんざりしながら窓拭きを始めた。雑巾は何枚かあるが、バケツは一つ。水場は井戸。つまり、バケツの水が汚くなったら、水を変えるために井戸まで運ばなければならない。ちなみにこの城は大抵が三階建て。高い場所は五階。塔のような建物は何階だろうか。もちろんエレベーターはない。自分で運ぶ。
窓はかまぼこ型の窓が多く、観音扉で外に開くタイプ。楕円の部分はガラス張りで開くことがない。バルコニーのある窓は階高がある部屋らしく、二メートル以上ある大きな窓だ。廊下や階段は場所によって大きさがまちまち。たまに玲那の身長では届かない。これを裏表拭くとなれば、脚立が必要だ。
しばらく黙々と作業していたが、やはり足が届かなかった。
「すみません。脚立ほしいです。あと、道具作っていいですか?」
「どのような道具だ?」
「簡単に窓が拭ける道具です。壊してもいい箒と短い棒をいくつか、あといらない布と、たくさんの太めの糸が欲しいです。用意してもらえませんか?」
髪の長い騎士は一度黙って見せたが、軽く頷いた。話してみるものである。
さて、ワイパー作りだ。
材料は木片。鉄の釘ももらえた。布はカーテンのようなベージュの大きなもので、糸は数種類。絹のような美しい糸から、太めの紐になっているもの。色々あったが、紐のように太めにしてある糸をもらった。
ワイパーの持つ部分は長めの棒がないので、いらない箒をもらった。棒の部分だけ必要で、他は切って捨てる。一つは紐を束にして、糸でまとめ、箒の先に取り付けた。簡単なモップだ。次に薪を細めに割り、そこに何枚も重ねた布を挟み、同じ長さの木で固定して釘をうつ。釘部分がガラスにかからないようにするために、糸をぐるぐる巻いた。布付きワイパーの出来上がり。これは乾拭き用にする。そしてもう一つ。紐を糸で横に一列編んで、そのまま板に固定する。これもモップになる。
簡易なものだが、一枚ずつガラスを雑巾で拭くより簡単だろう。届かない場所にも届く。細かいところは手で拭く必要があるが、大まかに拭く分にはちょうどいい。
紐をまとめたモップを四つ、あとは二つずつ作った。
髪の長い騎士が無表情ながらそのモップたちをじっと見つめた。武器ではないので警戒しないでほしい。
「職人なのか?」
「違います」
「手先が器用だな」
「これくらいなら、適当で」
早速これで窓を拭いてみる。まずは紐をまとめた丸めのモップから使う。これは楕円の窓に有効だ。円形になっているところをなでて、汚れが落ちているのを確認する。傷はつかなそうだ。部屋側は綺麗だが、外側は少しだけ土埃が残っている。上の方まで掃除はしないのだろう。すぐに汚れて、バケツの水が汚くなった。バケツは二つ用意してあるので、一つの部屋すべての窓を綺麗にしてから水を変えにいくつもりだ。そうして汚れを落としたら、同じもので乾拭きする。四つ作ったのはすぐに汚れると想定していたからだ。
次に紐のワイパーで四角形の窓を拭く。軽く拭くだけで汚れは落ちる。一つは水をつけて拭き、もう一つで乾拭き。それから布をつけたワイパーでさらに拭いた。楕円の窓に比べて目に入りやすいので、細かく拭く。
「いけるんじゃない? よしよし、さっさと拭くぞ」
脚立ももらったので、高いところでも簡単に拭けるようになった。あまりに汚れが落ちないところは、靴を脱いで窓際に立って窓を拭いた。
一部屋。二部屋。最初の方は楽勝だったわけだが。
「腕、腕が……」
「鍛錬に良さそうだな」
だったらやるか? 口にしそうになって、髪の長い騎士を横目で見る。長い金髪を前髪ごとまとめておでこを出している。表情はないくせに、言葉がどうも珍妙で、使徒みたいだ。顔とセリフが合っていない。
さっきも頑張れーって言いながら、顔が動いてなかったもんね。
肩幅から筋肉質に見えるが、顔は細めで切長の目をしている。中性的とは言わないが、整った顔立ちだ。もう一人の赤髪の男も顔はよかった。あちらは凛々しい眉をしていた。二人とも二十代半ばくらいだろう。十歳近く年下のやんちゃ子供を守る忍耐がすごい。
オクタヴィアンは玲那の罰ゲームにわざわざ自分の騎士をよこした。窓拭きの間ずっといるとなれば、この男もずっとそばで見張っていなければならなくなる。となると、これも何かのゲームに発展するのだろうか。不安である。
だって城中の窓でしょ? 全部拭くのに何日かかるんだろ。一部屋一時間くらい? そんなにかかってないか。
一日中窓を拭いて、今日は終わりだ。その頃には、身体中が筋肉痛のようになった。
これから毎日窓拭きかと思ったら、鬼ごっこは継続だ。
「外、やたら兵士いるんだもん。建物から出られないよ」
庭や広場に兵士がごっそりいる。走るのが遅いと言いながら、外の兵士が増やすとは、昨日の疲労があるのに、意地悪すぎる。
仕方なく建物内を走り、屋上まで登った。案外建物内に兵士がいない。外に出ているからだろう。
「まあね、一度屋上から周囲を見る方がいいかもね」
城の外に出れば解放されると思うと、気がはやって外に出ることしか考えなかったが、この城がどんな広さか確認していなかった。外を走りながら確認するより、上から見るべきだったのだ。
「小山の上の城だよね、階段は多いなって思ったけど」
オレードに助けを求めに行った時、城の門にいくまで坂道だった。討伐隊騎士たちのいる建物に行くには平坦な道だったが、領主の住む建物はそこから階段ばかりで、さらに高い場所にある。
木の高さで斜めになっているように見えて、庭園も緩やかな坂道にあった。歩いては数段の階段。歩いては数段の階段となっており、外を走り回っていると、思ったより体力が必要になる。
ここまで駆け巡ることができるのは、ひとえにこの体が丈夫で体力があるからだ。前の玲那の体なら、階段を少し歩いているだけで息切れしただろう。
尖塔の一番上の階に辿り着けば警備がいるかと思ったら、誰もいない。
「普段からこんなに警備少ないのかな」
それとも、オクタヴィアンのいる建物だから、こんなに少ないのだろうか。
窓から眺める景色の中に、領主がいるであろう、隣の建物が見える。そこは警備が多いのか、屋上に数人、尖塔の窓にも歩いているのが見える。家庭内別居なだけあって、領主のいる建物の方が警備が厳重で、オクタヴィアンと母親は守る人数が少ないのだ。オクタヴィアンが辞めさせている可能性もあるが。
建物は別棟になっているわけではない。形は品の字のようになっており、渡り廊下で繋がっていた。上の口の建物が正面だ。中庭と外庭があり、森のようになっている場所もあった。討伐隊騎士の建物はそこから離れて少しだけ下の方にLの字で建っている。他にも建物はあるが、そこまで大きくはない。一つだけ気になったのが、討伐隊騎士の建物の側に、小さな建物があることだ。特別に見えるのは、その建物が凱旋門のような形で、周りが水に囲まれ、さらにその前が長いプールのようになっているからだろう。
ヴェーラーは泉で予言を聞く。水場に囲まれているのならば、あそこはヴェーラーに関する建物だろう。
オクタヴィアンもヴェーラーの信徒だ。あの場所に祈りにでも行くのかもしれない。
「あんま、近づかないでおこう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます