45 鬼ごっこ
「くっそ、もう、しつこいなあ」
玲那が木陰に隠れている間、兵士たちがウロウロと庭を探し回る。
ただいま、鬼ごっこ中である。
墨をかけられるだけマシだ、この間は矢でいかけられた。その前はナイフを投げられて、昨日は炎が髪の毛を擦り、前髪を焦がした。暇つぶしというだけあって、城から逃げる様を遠くから眺めているのだ。兵士に追いやられたら、矢が飛んできたり、ナイフが飛んできて、それで鬼ごっこは終わり。兵士たちにつれられて、部屋に戻される。
疲労が溜まる。
なんでこんなことに。
小瓶の件でなんの罪もなく牢屋に捕えられたのに、それとは関わりのなさそうな子供に捕まっている。しかも、くだらない遊びのために。
息切れしながら走り、草むらに逃げ込む。ゴールは城の外。まだ出たことがないので城の外に出ても鬼ごっこが続くのかわからないが、一応その予定である。
オクタヴィアンはこの城の中が暇すぎて、こんなくだらない遊びを思いついた。
領主の息子。勇者からその座を奪った領主の、孫である。
「領主って言うから、二人いるの忘れちゃうよね」
勇者と共に魔物を討伐していた男が、勇者を欺いて領主になった。領主は聖女に懸想し、領土を顧みず領土の金を聖女に貢いだため、今度は息子に追いやられた。
年齢を考えたら領主に息子がいて当然だが、その息子が一人息子であり、それがあのオクタヴィアンという、終わっている話である。
年齢は十四歳。人を獲物代わりにして狩るような事を考えるような年齢といえばそうかもしれない。サイコパスまでいかないが、荒れた生活を送っているのはわかる。
貴族らしからぬ、乱暴な言葉遣い。暴力的で粗野な立ち振る舞い。玲那を後ろから蹴っては、食べた果物の芯を放り投げてくる。癖のある金髪を首元でまとめているが、手櫛でまとめたようなボサボサ感。シャツの胸元の紐は解いてあり、だらしなくはだけている。椅子に座らず、机に座って靴のまま片膝を抱えた。
躾のなっていない子供には間違いないが、オクタヴィアンの後ろには必ず騎士が二人ついた。牢屋に一緒に来た騎士だ。一人は短髪の赤毛の男。もう一人が真っ直ぐな長い金髪をまとめた男。どちらも精悍な顔をしていて、口は閉じたまま。周囲を見回す目は鋭く、常にオクタヴィアンの側から離れない。主人を守る猟犬のようだ。
領主のことを教えてくれたのは兵士の一人。オクタヴィアンは鬼ごっこで玲那を捕まえた者に褒美を出している。何度目かの鬼ごっこで、褒美をもらった男から聞いたのだ。領主の息子は、たまにこんな遊びをするのだと。
「はあ、今のところは鬼ごっこで済んでるけど」
兵士が言うには、そのうち飽きられたら、捨てられるぞ。と言うことだった。
今まで何人かが遊びに付き合わされて、その遊びがぴたりとやむ。そうすると、その遊び相手は、忽然と行方をくらますのだ。
「いたぞ!」
兵士たちがこぞって集まるわけだ。褒美は宝石とお金で、この遊びに参加したいと思う者は多いらしい。
参加人数は限られているそうだが、それでも何人も玲那を追った。
「いったっ!」
「捕まえたぞ!」
兵士が玲那の髪を掴み、引きずり倒した。足に痛みが走り、土に混じった小石が入り込んだのがわかる。
「今日は俺のものだ!」
いつまでも髪の毛を掴んでいる兵士の頭を蹴り倒してやりたい。
「この、手を、離せっ、て、髪、引っこ抜ける! ハゲ散らかせ、って呪うからな!」
「そのセリフが出るのも大概だな」
途端、ピン、という空気を裂くような音が耳に届いた。
「ぎゃああっっ。足が、足がっ!」
髪の毛を引っ張っていた男が、勢いよく転げる。玲那もそれに引っ張られて地面にひっくり返った。
兵士の手が玲那の髪の毛を握ったまま転がったので、玲那ごと転げたのだ。ついでに髪の毛を引き抜くように転んだので、玲兵士の手には切れた髪の毛が握られていた。
「いったあ」
髪の毛を引っこ抜かれて痛かったが、それよりも兵士の足を見てゾッと寒気が走った。
兵士の太ももに矢が貫通している。鬼ごっこの最後、いつもオクタヴィアンが追われた獲物を得るがごとく、矢や魔法で玲那を狙うが、その矢が間違って兵士の足を貫いた。
玲那を狙うオクタヴィアンのことを知らなかったのか、いつまでも玲那の髪を握りしめていたから、巻き添えを食ったのだ。
「俺の獲物をいつまでも掴んでるから、そうなるんだろ。おい、こいつを連れて行け。無駄に叫びやがって。って、なに睨んでやがる」
「目つきが悪いもので」
「はっ。いい度胸だよな。平民のくせに俺を恐れたりもしないし。村の人間には思えないわ。まあどうでもいいけどな。これも手当してやれ。もっと早く走れないのかよ」
オクタヴィアンは文句を忘れず口にして、持っていた弓を騎士の男に渡す。
「明日は窓拭きな」
「窓拭き?」
笛の音が轟いて、玲那の問いは掻き消え、鬼ごっこが終わったことを知らせた。
「いてて」
「おうおう、大変だなあ。まあ、今日も何事もなくて、良かったよ」
「膝を怪我しました」
「膝程度で良かったじゃねえか」
そううそぶくのはこの建物内で料理を作る、料理長。名前は知らない。料理を作る男性にしては体格が良く、斧でも振っていそうな男だ。鬼ごっこが終われば、玲那はたまにこのキッチンに呼ばれる。料理を作る者が、この料理長しかいないからだ。
「今日は兵士の足を狙ったって? レナの足を狙わないで良かったじゃねえか」
「いつも狙われてますよ」
「当たってねえだろ。その辺は気遣ってやってるから、よほどのことがない限り当たらねえぞ」
「この間お部屋に入ったら、ナイフが飛んできて、私の頬をかすりましたが」
「うーん、時に狙いがずれることもあるかもな」
適当なことを。料理長はガハハと大口を開けて笑いながら、鳥の首をギロチンのように包丁で落とす。豪快な料理の仕方に、初めて見た時は呆気に取られたものだ。
頬をかすったナイフの痕はまだ残っている。肉を切るほどではなかったが、場所が悪ければ目をかすっていただろう。そうならなくて良かったが、今後も安全とは限らない。
「坊ちゃんはなあ、少しばかり奔放で、少しばかり乱暴で、少しばかり雑で、」
「ほめるところはないんですか?」
「元気なところだな」
「はあ」
この建物は領主の家族が住む建物だが、住んでいるのはオクタヴィアンと、母親だけだ。領主は別の建物に住んでおり、家庭内別居状態らしい。そのせいなのか、随分と自由奔放に育ったようだ。おかげでこの建物内で働いている人が、極端に少ない。オクタヴィアンが気に入らない者たちを追い出してしまうからだ。小間使いが欲しいと言ったのは本当だった。
玲那は強制鬼ごっこに参加させられた後、なにかと仕事を渡される。掃除、荷物運びから始まり、洗濯、ガロガの世話、料理の手伝い。
今日は夕飯の手伝いをしろと、料理長の下に送られたのである。
「ほら、毛を刈って、さばいてくれ」
「ラジャでーす」
「なんて言った?」
「了解です」
「俺も平民だが、そんな言葉聞いたことないぞ。時折変な言葉を使うな、お前は」
「若者言葉ですよ」
「この野郎。俺だって若いんだぞ」
料理長は苦虫をつぶしたような顔をしたが、すぐに今のことは忘れたように包丁で肉を刻む。
オクタヴィアンに連れてこられて耐えていられるのは、料理長が気安く話せる人だからだろうか。
とはいえ、長くここに留まるつもりはない。
鬼ごっこで城から出られれば無罪放免になる。どうにか城の外へ出ないと。
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