44−4 城

 どういう意味だろう。兵士は目を瞬かせてから、玲那と男の子を交互に見やる。

「え、いえ、それは……」

「どうせ、大したことしてないんだろ。小娘じゃないか」


 小僧に言われたくないが、どういう意図で言っているのか、サンドバッグ代わりにでもする気ではなかろうか。兵士が対応に困って、言葉を濁した。

「オクタヴィアン様の好みではないのでは……」

「はあ? 俺のなにを知ってるって言うんだ?」


 オクタヴィアンと呼ばれた男の子は、青筋を立てるように顔を歪めて兵士に向かう。身長はオクタヴィアンの方が低いが、首元に噛み付くように詰め寄った。

 ヤンキーだ。漫画で見るヤンキーだ。道でぶつかってきて、ああん? とか言っていそうな不良みたいだ。


「おい、なに見てんだよ!」

 ヤンキーが玲那にまで絡んできた。近寄ってきて鉄格子を蹴ってくる。身分が高いチンピラとは、タチが悪い。

「これ、俺によこせよ」

「いえ、ですが」

「どうせ、たかが知れたことしかしてないんだろ。ちょうど小間使いが足りなくなったんだ」

「し、しかし、しがないスリですよ」


 いつスリをしたのか。問いたい。兵士は食い下がろうとするが、オクタヴィアンは聞く耳持たないと、ズボンのポケットに手を突っ込んで、鼻で指示をした。

「新しいおもちゃがほしかったんだ。ほら、出せよ」

「で、ですが」

「さっさと出せ!!」

「は、はいっ!!」


 とうとう兵士が諦めて、落ちていた牢屋の鍵を拾うと、カチカチ音を鳴らしながら鍵を開ける。焦って穴に入らないのか、時間がかかったが、やっと開けるとオクタヴィアンに蹴られて床に転がった。ひどすぎる。

「ほら、歩けよ」

「あだっ!」


 牢屋から出たら、オクタヴィアンが玲那のお尻を横蹴りした。転びそうになるのを耐えたが、早く歩かないとまた蹴るぞと、蹴るふりをしてくる。最悪な子供だ。騎士たちは叱りもせず、平然としたまま。一人は兵士を確認し、一人は前を見ているだけ。こんな主人でも守ろうとしているのだろうか。もう少し子供の躾をしっかりしてほしい。

 一難去ってまた一難だ。


 頭の悪い暗殺者を退けられて、牢屋から出られたが、オクタヴィアンの目的がわからない。小間使いが足りないと言うが、暴力を振るうために牢屋に来るような権力者に連れていかれるのも、また不安でしかない。

 かといって、逃げられるわけでもない。


 拘束されて歩かされるかと思ったが、騎士が一人後ろについているだけだ。逃げるだけ無駄ということだろう。そもそも、この男の子が誰なのかもわからない。

 だが、牢屋から出ることはできた。どこに連れていかれるのかわからないが、牢屋よりマシであることを祈りたい。

 そう思っていたが、その祈りに意味がないこと分かったのはすぐだった。








「は? 今なんと?」

「だからー、俺が飯食っている間に、逃げろって言ってんだよ」


 昨夜、牢屋から連れられて、オクタヴィアンは離れた建物に玲那を連れた。与えられたのは屋根裏部屋で、ベッドのある部屋だ。怪我の手当もしてもらった。メイドのような年配の女性に、頭から全部力の限り洗われたついでだ。パンとスープをもらい、部屋から出ないように言われ就寝。のち、朝起こされて男の子の服をもらった。そうして連れてこられたオクタヴィアンの前、いいから出ていけと、追い出されることになっている。

 よくわからないが、出て行っていいらしい。


「じゃあ、どうも、失礼します」

「ああー。早く行けよ。つまんねえからな」

 つまらんとはどういう意味か。問いたかったが、しっしと手のひらで振ってくるので、一応頭だけ下げて部屋を出た。


「よくわかんないけど、まあ、いいか」

 玲那はオクタヴィアンのいた部屋を出て、まずはこの建物から出ようと、歩き出した。

 牢屋から出てすぐに屋根裏部屋に案内されたので、玄関がどこにあるのかわからない。玄関というのもおかしいか。この建物は城の離れのような建物で、尖塔のある城の一部だ。


 この領土の城は、ヴェルサイユ宮殿などの中世でも近代に近い時代に見られる豪華さはなく、もっと古い時代の城のような雰囲気がある。石で組まれた外壁。研磨されているとは思えない、組み方。それがデザインなのか、その技術がないのかわからない。柱に施された彫刻は細かく、白亜の壁と床のタイルは美しいが、天井画などはなく、金銀を使用するような派手さもない。


 ただ、天井は高く、廊下は広く、豪華でもなくとも荘厳な建物だ。長い廊下の所々に彫像があり、歩く者を見下ろしていた。夜中歩いていたらお化けでも出てきそうな雰囲気さえある。

 オクタヴィアンが何者かはまだわからないが、牢屋からこの建物にたどり着いた時、大きな木の扉を守っていた兵士たちに迎えられた。この建物の主人だということになるが、オクタヴィアンが領主なのだろうか。


 オクタヴィアンは夜、松明を燃やして周囲を警戒する兵士を横目に、つまらなそうに前屈みで歩いた。ポケットに手を突っ込んだまま、背中が丸まっていて、とてもだらしない。フェルナンやオレードの仕草を考えると、相当躾がなっていなかった。歩き方もガニ股で、ヤンキー漫画にでも出てきそうな歩き方だ。

 そんな彼が領主とは思えない。


「じゃあ、なんだろ」

 とりあえずはこの建物を出ようと、玲那は階段を降りた。階下に降りれば外に出る扉が見つかるだろう。

 結局、リリは戻ってきていない。城に来たので、フェルナンのところに戻ったのだろうか。魔法が使えない牢屋ということなので、それでリリが入られなかったのかと思っていたのだが。

 城の中を歩く者はおらず、見つけた大きな扉から出ると、門兵がぎろりとこちらを睨んだ。それでも何か言われることはない。妙な女が出ていくのを不審に思ったのかもしれない。外に出られたはいいが、どちらへ行けば良いのやら。


「お城から出るにはどちらに行けばいいですか?」

「自分で探せ」

 きっぱりと断られて、追い立てられる。

 どいつもこいつも、態度悪すぎではないか?


「バッグも返してもらえてないし」

 そう口にして思い出す。あの中にはお金も入っていたのに。服も返してもらえていない。代わりにズボンとポロシャツのような服をもらったが。

 生地は厚め。ベージュのシャツと、焦茶色の長ズボン。ブーツは皮でできており、玲那が作ったものよりもしっかりしている。ベルトはなく、黒の帯で締めているので、海賊とかに出てくる少年のような格好だ。


 その姿で出口を探していると、ガヤガヤと声が聞こえてきた。

 槍を持った兵士が数人。玲那を見た途端、指を差した。


「あの子供だ。捕えろ!」

「へ?」

 一人の兵士が、角のような物を吹いた。ぷわん、と鳴り響く音がこだまして、その音に釣られたように他の兵士が集まってくる。


「あいつだ! 逃すな」

「え、ちょっと、なんなの!?」

 帰っていいのではなかったのか?


 悠々と帰れると思ったのに、話が違う。兵士たちはオクタヴィアン様の命令だと言いながら、玲那を指差し、捕えろと大声を出して追いかけてくる。建物の間を走り抜け、回廊を潜り、小道へと逸れる。その間に兵士がわらわらと溢れてきた。

 一体なんのつもりなのか。あっという間に捕まって、すぐに先ほどの建物に連れて行かれると、部屋にいたオクタヴィアンに、もう捕まったのかよ。と呆れ声を出された。


「帰してくれるんじゃなかったんですか?」

「は? いつそんなこと言ったよ。つまんねえなあ。もっとさっさと逃げてみろよ」

 液体が頭から浴びせられて、玲那は呆気に取られた。炭のような真っ黒な液体が、シャツを染め、地面を染めた。口の中に苦い味を感じて手で拭っても、手も真っ黒で、唇に黒の液体が延びただけだ。


「言っただろ。俺が飯を食べている間に逃げろって。次はもう少しまともに逃げてみせろよ。つまんねえからな」

 ゴン、と頭に痛みが走る。オクタヴィアンの投げた金属のカップが頭に当たって、床で跳ねた。


 そうして気づいたのだ。オクタヴィアンは、ただの暇つぶしに玲那を牢屋から出したのだと。

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