44−3 城

 パン! と風船が割れるような音と同時、男が鉄格子に吹っ飛んだ。勢いよくぶつかった体が磔のようになって、どさりと床に崩れ落ちる。ついで、転がった鉄バッドが金属音を響かせた。


「あっぶなかったあ。生きてる、よね?」

 冷や汗が流れる。タイミングを間違えれば、あの鉄バッドで玲那の頭が吹っ飛んだだろう。

 雇い主か主人か、この男に命令した者は、玲那から答えを得られなければ殺していいとでも言ったのか。思った以上に遠慮なく鉄バッドを振り回そうとしてきた。小瓶の行方がどうなってもいいのか、疑問である。

 白目をむいているが、息はしていそうだ。今の衝撃で記憶も吹っ飛んでくれていると助かるのだが。


「さて、これどうしよ」

 騒ぎに駆けつける者はいない。牢屋を守る兵が一人のはずないので、他にも目をつぶっている者はいそうだ。

 時間はまだ深夜にはなっていないだろう。玲那の体内時計は正確だ。腹時計が鳴ってお腹がぐーぐー鳴いていたが、諦めて静まった頃である。早寝早起きが脳に染み付いているのか、十時ごろには眠くなる。それでうとうと眠っていたのだから、そのくらいだ。時間的に人が少ない頃なのは間違いない。


 見回りはあるのか、兵士は早く終わらせるように注意してきた。なので、このことを知らない者はいるのだろう。

 玲那は男の足を持って、今いる牢屋から廊下に出そうと動かした。あまりに重くてびくともしないかと思ったが、なんとか外に出すことに成功する。それから鉄バッドも廊下に出し、牢屋の中に入ったまま鍵をかけた。そうしてその鍵をまだ気を失っている兵士の側に投げる。


 男は侵入者だ。牢屋の兵士は男を許可なく侵入させている。それを通したのならば、他にも門番などが知っている。助けを呼んでも無駄だ。これで外に出たらどうなるだろうか。侵入者を玲那の仲間にでもして罪が重なりそうだ。簡単に逃げられるとは思わないし、出たところで逃げる先がない。


 逃げられないのならば、犯人に繋がるなにかを探りたい。ハロウズ家に小瓶を渡したと思っているのも気になる。ハロウズ家は前の領主の時に追いやられた家門だ。没落寸前の家を敵対視する者が犯人ということだろうか。

 玲那がわかるわけのない人間関係。ハロウズ家に知らせてわかるものだろうか。

 行って会ってもらえるだろうか。


「まあその前に、ここを出ないといけないんだけどね」

 あれだけ騒いでも人が来なかったのだ。叫んでも誰かが来るわけではない。見回りの時間になったら、兵士が倒れている二人を見つけるはずだ。ひとまず侵入者とその協力者を捕まえてもらえるだろうか。

 そう思った時、階段の扉が突然開いた。数人いるのか、切羽詰まったような声が聞こえる。


「お待ちください。このような場所に」

「いいだろ。いつも通してくれるやつがいるぞ」

「いえ、ですが、このような時間ですし、暗いですから」

「いつもここは暗いだろ」


 どうやら招かれざる客が来たようだ。敬語を話しているあたり、偉い人がきたのだろう。予定外の訪問ならば、侵入者の男を見られるのは避けたいのだ。やけに食い下がっている。

 段々声が近づいてきて、玲那は首を傾げそうになった。少々高めの声、声変わりをしていなそうな、少年の声が廊下に響く。


「むしゃくしゃしてんだ。罪犯した奴らどうにかしたって問題ないだろ」

「で、ですが、そのような真似」

「他の門番は許してくれたぜ」

 なんの話か。あまり良い予感がしない。声は近づいて、最初に来た男が男たちに気づいた。


「あん? なにやってんだ、こいつら」

 現れた男に、玲那はぽかんと口を開け放してしまった。

 目の前にやってきたのは男の子。中学生か、高校一年生くらいの、玲那より年下の男の子だ。

 マントを羽織った騎士らしき男が二人付き、それらを止めようとしていた兵士が一人。声からして偉そうに話していたのは、男の子だ。


「侵入者のようですね」

 騎士の一人が口を開く。睨みつけられた兵士が蛇に睨まれた蛙のごとく、直立して息を止めた。

 男の子は転がった兵士と男を交互に見てから、玲那を睨みつける。咄嗟に首を振った。自分のわけがないだろうの仕草だ。


「どういう状況か、聞いていいか?」

「二人で言い争いしはじめて、男が兵士を突き飛ばしたあと、足を滑らして転んだんです」

 問われて玲那は言い訳を口にした。男の子が目を細めてくるが、後ろで騎士が、魔法は使えないはずなので、と耳打ちする。使えないらしい。ならば玲那が倒したとは思わないだろう。


「そんで、この女はなんの罪で入ってんだ?」

 信じたのか信じていないのか、玲那を無視して兵士に問う。

「盗みをしたようです」

「してません」

 間髪入れずに返すと、男の子が鼻で笑った。

「犯罪者なみんなそう言うんだよ。ったく、こんなガキンチョ殴っても、俺のむしゃくしゃは収まらねえなあ」


 ガキンチョとは失礼すぎる。そして、殴ってとはどういう意味なのか。もしかして、どこぞの貴族のおぼっちゃまが、むしゃくしゃしただけで牢屋に入っている者を殴りにきたのか。

 そうであろう、男の子は舌打ちをして、鼻息を出した。


「ったく、興醒めだわ。あーあ、わざわざこんなしけたとこ来たのによ。湿ってるからって、足滑らして転んだのか? だっせえなあ」

 男を蹴り付けながら、男の子は兵士を横目で見た。兵士はすぐに背筋を伸ばす。よほど偉い人なのだろう。緊張が伝わった。捕まっている者を殴りに来たと言うのだから、暴力的な権力者だ。変な対応をすれば簡単に殴られるのかもしれない。


 無言で男の子の反応を待っていると、男の子は面倒くさそうに頭をかいて、今度は玲那をじっと睨んできた。

 ランプの灯りでしかわからないが、男の子はお金持ちそうな格好はしていない。ピーターパンみたいな、一枚のシャツに長ズボンとブーツ。ベルトはバックルのついたもので、剣がぶら下がっていた。その剣には模様がある。ヴェーラーの信徒だろう。フェルナンの剣のように、何かが刻まれていた。剣だけは高価そうだ。


 騎士たちの方がよほどお金持ちに見える。騎士たちはマントを羽織っているし、厚めの布地の長めなチョッキのようなものを着ている。内臓を守るためか、腰のベルトは太めだ。皮にバックル。金属も多め。フェルナンたち討伐隊騎士より身分が高そうだった。


 男の子は偉そうにしているが、偉い人には見えない。身分があるので、高い身分なのだろうが、身分の上下は玲那にはわからなかった。


「こいつ、もらっていいか?」

 男の子は首だけ傾けて、兵士に問うた。

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