43−4 紋章

「あんな感じで、信徒である印を持っている人は多いんですよ。物であったり、アクセサリーであったり、色々ですけれど」


 認可局に訪れている人の中には、小さなコインを首からかけている人もいた。ヴェーラーの信徒であると自負しているみたいだ。だから紋章のような印を持っているからと言って、玲那を襲った者たちに繋がるわけではない。

 同じようなナイフを持っている者がいれば。とは思ったが、ナイフを持っているか調べようがない。


 玲那はエリックに礼を言って、一度家に帰ることにした。また襲撃者が現れるかもしれない。危ないのではないかと言われたし、それを考えると寒気しかしないが、しかし帰る場所はあの家しかないのだ。

 エリックの心配に愛想笑いをして返し、その場で別れた。


 町に来たついでに、なにか役立てるものはないか店を回るかと道を歩いていると、気のせいか視線を感じた。

 振り返れば特に妙な輩はおらず、店にいる人がちらりとこちらを見て店の中に入っていく。

 気のせいか?


 襲撃があったせいで、少々疑心暗鬼になっているかもしれない。ため息混じりにして樽でも買おうかと店の前で思案していると、店主が店から出てきた。

「あの、今日は店じまいなので……」

「そうなんですか?」


 樽屋の店主は申し訳なさそうにして、体を縮こませる。前に樽を購入しているので、店主とは顔見知りになった。身長が高く、大木のような体をしているが、目尻が垂れた優しそうな男である。その男が体を小さくして、玲那の倍近くある体を折り曲げた。


「できるだけ、早く帰られた方が良いですよ」

 ぽそりと口にして、店主は扉を閉める。


 これから何かあるのだろうか。

 町はいつも通り。あまり人は通らず、閑散としている。それでも店に買い物に来ている人はおり、店主と話している者いる。

 そう思っていれば、やはり玲那が通るたびに、店の者が怪訝な顔で見つめてくる。視線に気づいて見つめ返せば、ぱっと店の中に逃げるように入った。


 なんだ?


 入ったことのない店の者が、玲那の顔を見てくる。よく行く店は少ないので、見られる理由がなかった。

 知っている人がいて、玲那を見てくるならばわかるのだが。

 首を傾げながら、玲那は材木屋のある通りを歩いた。特に欲しいものはないだろうと、通り過ぎようとする。店主がいれば挨拶するくらいだ。しかし、材木屋店主のバイロンが玲那を見つけた途端、店の扉を開けて左右を見回すと、人に見られないようにそっと手招きした。


「こんにちはー。今日、なにかあるんですか? 早く帰った方がいいって言われ……」

「レナさん。あなたなにやったんです!?」

「なんのことです??」


 バイロンは玲那の言葉を遮ると、店の奥に引っ張って、顔を歪めながら側に置いてあった薄手の板を手にした。そこにはかすれた墨で、絵と文字が描かれていた。

「すぐに、知らせよ?」

「城から触れが出てるんですよ。この女を見つけたら、すぐに兵士に知らせろと。これ、あなたじゃないんですか!?」


 描かれているのは、おかっぱ頭の丸顔。適当に塗られた髪の毛と、適当に描かれた顔。合っているのは頬にかかる髪の長さくらい。しかし、それでも玲那だと思えるのは、詳しく描かれた、その格好だ。今、まさにその服と靴を履き、カバンを斜めにかけている。

 顔は同じではなくても、格好が玲那そのものだったのだ。この町ではショルダーバッグを使っている女は玲那くらい。顔がわからなくとも、パッと見ですぐに玲那だとわかる。


「なにをしたんですか?? いや、そんなことはどうでもいい。なにかしたとされたんなら、早く町を出た方がいいです。なにをされるかわかったものじゃない。この触れは商会から配られたばかりなんです。この触れを見て、どこかの店の者が通報したかもしれない。城の兵士があなたを探しているんです。だから、早く町を出た方がいい」


 矢継ぎ早に言われて、目が回りそうになった。バイロンは玲那が悪いことをしたと思っているのではなく、兵士に目を付けられるようなことをしたと思ったそうだ。この領土の兵士は、そんなどうでもよいことで簡単に人を捕らえるからと。

 隠した者は罰するとも書いてある。妙な雰囲気を感じるわけだ。店の者が玲那に気づき、この板の絵を思い出していたのだ。


「行ってください。家に戻らず、どこかに逃げた方がいい。なにをされるかわからない」

 追い立てられて、玲那は店から出された。助けられるのはここまでだと、バイロンも店を閉める。樽屋の店主も玲那を見て店を閉めたのだ。関わりがあるとわかれば、罰せられるから。

 玲那はじりじりと後ずさってから、門へ走り出した。


 今日もいつも通りの服と靴。カバンも同じ。自分で作ったショルダーバッグをさげている。他に玲那と同じ格好をしている者などいない。行きは店の者たちの視線に気づかなかった。それも当然だ。店の前を歩いていない。だから、走れば町からは出られるかもしれない。

 走り出して、足を一瞬止めた。忘れ物を思い出したのだ。


「エミリーさんちにトートバッグ置いてきちゃった」

 あの中にはナイフが入っている。認可局に入るのに武器を持ってはまずいと、部屋に置いてきたのだ。

 しかし、取りに帰る時間はあるだろうか。戻って兵士がやってくれば、エミリーたちに迷惑がかかる。それに唯一の証拠だ。奪われたくない。エミリーの家に置いておいた方が安全だ。

 だから、再び走り出した。


 店に触れを出し、玲那の容貌を知らせ、兵士に連絡となれば、玲那を襲ったのは兵士たちを操れる人間だ。だとしたら、貴族。城の中にいる誰か。その誰かの手下かなにかが、玲那の家の前に小瓶を落とした。落とした者本人が貴族とは思えない。あの男を使っていた誰かだ。


 全速力で走って、あと少しで門をくぐれるかそこら。その手前。そうは問屋が卸さないと、槍を持った兵士たちが、玲那の先を遮るように、その鋭利な物をこちらに向けたのだ。

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