43−3 紋章
「すごいなあ。こんなにたくさん作ったんだ」
ずらりと並ぶ資料が圧巻だ。この聖女が現れたため、認可局が作られた。納得の数である。しかも、今でもこの聖女の製作物は現役で、それ以上の発明はないというのだから相当だった。
「この認可って、期間はあるんですか? 死亡時に認可が切れたりとか」
「認可の支払いが切れるだけです。別の人が新しく認可を得て、お金がもらえるわけじゃないですよ。認可した人間を殺して利益を得る人が出てしまいますからね」
「わあ、そういう発想はなかったです」
そんなことを聞きたかったわけではないが、エリックの言い分からするに、似たような真似をした者がいたのだろう。その者に支払いが行かなければ、無駄な殺人は起きない。認可した者を殺せば支払いが止まるのだから、遺族や関係者が殺してお金を手に入れることもできないのだ。
「聖女が作ったものって、もう自由に作れるんですか?」
「聖女は死んでいませんから、今でも製作許可は必要ですよ。聖女は行方不明なだけです」
「そっか、亡くなってるわけじゃないんですもんね」
だが、行方不明になって何年経っているやら。死亡になっていないため、聖女の提案した製作物は、未だ製作許可がいるそうだ。時効もないのだろうか。行方不明になっている聖女の製作物に製作許可費が入金されているのならば、殺さなくて行方不明にすればいいことになってしまう気もする。
しかし、本人がお金を受け取らない場合、国預かりになるようだ。フェルナンに買ってもらった金庫のように、本人でなければ開けられない金庫のようなものがあるのだろう。そこに永遠にお金が入っていくとは、経済回らないのではなかろうか。
「お金はどこででも出し入れできるんですか?」
「もちろんですよ。銀行ですからね」
そういうシステムはあるらしい。ただ、お金を出す場合、サインが必要になる。銀行で口座を作る際にサインをするそうだが、それの代理が不可能となっている。どうやってやるかと言うと、聖女が製作したペンを使うそうだ。
「魔力は同じものはないと言われているので、それを使用しているそうですよ。どんな人でも微かな魔力があり、そのペンに触れて文字を描けば、その人以外のサインでお金を引き落とせないんです」
「はー、聖女すごいですね」
「物作りを行う人にとって、聖女はやはり聖女なんですよ。向こう百年、聖女を越えられる者はいないって言われてます」
さすが聖女。平凡玲那とは天と地の差だ。それは特別視されて当然だった。
「レナさん、こっちに」
一通り見て、入り口のある階下に降りると、エリックがいきなり玲那を引っ張って壁の陰に隠れた。そろりと見た先、見覚えのある男と太った男が、偉そうな身長の高い男を囲んで前の廊下を歩いていく。エリックが男たちの尻あたりを指さした。太った男の腰のベルトに、コインのような物がぶら下がっている。卓球のボールくらいの大きめなコインだ。これ見よがしに見せびらかすように、尻の横でぷらぷら揺れていた。
「太っていた方が商会長です。神官ではないですが、寄付を多く支払っているので、信者の印が大きいんです」
コインの絵はよく見えなかったが、たしかに寄付をたくさんしていそうな大きめのコインだ。フェルナンよりも寄付金が多いということだろうか。
「商会長というのは?」
「この町の店を取りまとめています。身長の高い身なりの良い男は、城の貴族だと思います。商会長が懇意にしているのなら、領主の城での購入品を取りまとめているのかもしれないですね」
商会長、どこかで聞いた響きだ。確か、材木屋店長バイロンと刃物屋店長チャドが話していた。金額を上げられるなどの会話をしていたはずだ。
「あの商会長が金額を上げるような話って、なにかあります?」
「金額ですか? 紹介料かな。貴族の顧客がある時、紹介料として商会に支払うお金があるんです。貴族に売れた分何割を商会に渡さなきゃいけない。そうじゃないと貴族の指定がもらえないし、貴族との契約が決まれば大きな金額になりますからね」
「商会長ってなにをしてるんですか?
「主に貴族との橋渡しですね」
なるほど。貴族からの仕事は商会長からの繋がりが必要なのだ。その繋がりで仕事が紹介される。その紹介料が上がっても、払わざるを得ない。他に紹介してくれる人がいないのだから。貴族との契約があれば、得られる金額もずいぶん違うのだろう。
あと一人、見覚えのある男がいた。
「あの人、どっかで見た気が……」
「あれは、姉が契約していた店の店主です」
通りで見覚えがあるわけだ。エミリーを店から突き落とし、階段から転げさせた男である。
商会長と、エミリーを突き落とした店主が貴族に手揉みしている。いかにもな図だ。
「悪の集まりってかんじですかね」
「ぷっ。そ、そうですね。そんな雰囲気です」
エリックは吹き出すが、でも、と付け加える。
「貴族相手の商売になれば大きな金額が動くので、商会長には逆らえないんです。認可局は商会長が牛耳っているところがあるし、逆らえば認可局の認可を受けられなくなるかもしれませんからね」
認可局は国の機関で、認可局のトップは都から派遣された人間だ。会社で言えば、本社のお偉いさんが支社に来たようなものである。しかし、この領土に至っては都から遠く、左遷されたに近いので、認可局長の存在は薄い。その認可局長よりも地元の貴族と繋がっている商会長の方が力は強いため、認可局には商会長の言うことを聞く者が多いそうだ。
商会長はこの領土にある店をまとめる人になる。商会に入らないと貴族からの仕事を斡旋されない。そこには賄賂が伴うため、商会に入ってもというところではあるが、商会に入らないと、たまにうっかり店が襲われたり燃えたりするそうだ。みかじめ料でもとっていそうな商会長である。
とはいえ、商会に入ってお金を払っても、それなりに実力がなければ紹介はされない。相手は貴族だからだ。怒らせれば商会長もただでは済まない。なので、結局払い損。ただの詐欺。それで紹介料を上げてくるとなると、辟易して当然だ。
「紹介料に賄賂となれば、結構大きな店じゃないと貴族からの仕事は受けられないんでしょうね」
「当然ですよ。間違って怒らせれば、そこで命がなくなりますしね。それなりに売れている店じゃないと」
その言葉通り、貴族は平民の命をなんとも思っていない。気に食わないからと職人の腕を切り落とした貴族もいたそうだ。
ドン引きである。まったくもって、平和な世界ではない。
ご用達になって旨みがあったとしても、そんな危険がある。しかもお金がかかる。どちらがいいとは言えないが、手揉みしているところを見れば、貴族との関わりは大切なようだ。
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