44 城

「いった! ちょ、罪状なく牢屋入れんの!? ふざけんなーっ!!」

 え、やばい。理不尽すぎない??

 なんでこんなことになるのか。


 心の中で罵って、玲那は今自分が入れられた牢の中をぐるりと眺めた。

 じめじめした、湿気った空間。窓はなく、石で組まれた床と壁。仕切りもない、何もない。あるのは目の前にある、廊下を隔てるための鉄の柵のみ。


「終わってるわ。トイレもないよ」

 最初に考えることがトイレで申し訳ないが、この世界に来てから食べ物とトイレが一番の問題なのだ。寝場所は次点。屋根があれば、冬でない限りなんとかなる。ありがたいことに血を吸ったりする変な虫は家の中に入ってこない。


「ここはわかんないけどね」

 し尿の匂いか、妙な匂いが鼻を突く。トイレがないのだからその辺でしろとのことだろう。どこかじめじめしてカビ臭さもある。怪しげな虫がいてもおかしくない。

 玲那は大きくため息をついた。


 バイロンから話を聞いて走って町を出ることにしたが、通報の方が早かったようだ。

 門前で玲那を探していたのか、兵士たちが数人槍を持ったまま玲那を凝視して取り囲んだ。そして名を尋ねることなく玲那を拘束したのだ。何のための拘束なのか、離せと喚いてもうるさいと一喝されるだけ。特に罪状はなく、町を引きずられるように連れられて城まで来れば、そのまま地下の牢屋に入れられた。騒ごうが抵抗しようが聞きやしない。あまりにうるさいからと頭の後ろを槍で殴られて、次に騒いだら刺すぞとまで脅された。

 ついでに持っていたショルダーバッグを奪われて、この状況である。


 突き飛ばすように牢に入れられたので、膝をこすってしまった。血が出ているか確認できないのは、この場所の暗さのせいだ。近くにランプが一つ、廊下にあるが、飾り程度で用をなさない。

 牢屋は地下への階段を降りた扉の先にあり、長い廊下に幾つかの仕切りで区切られている、単純な作りのものだ。鉄格子に開閉できる扉が一つあるだけ。独房のような最低限生活できる場所ではなく、閉じ込めるだけの場所。廊下を挟んだ先にも同じ形の牢屋がある。そこには誰もいない。しかし、人の気配はするので、玲那の他に閉じ込められている者がいるのだろう。


 さて、どうするか。

 息を大きく吐き出して、とりあえず牢屋の強度を確認した。


「うむ。無理だわ」

 びくともしない鉄格子。施錠された扉。顔を突っ込むほどの幅もなく、腕が出せる程度。逃げられるような雰囲気はない。

 ここから出ても階段を上るための扉を抜け、さらに監視がいる広間を抜けなければならない。そして廊下の先に扉があり、外になる。そこからも先は長い。城の敷地から出るまでに兵士たちがうろついていた。

 抵抗を試みても無駄だったので、できるだけ景色を記憶していたが、逃げるのは難しいだろう。


「ビットバぶっ放して逃げても、相手も魔法使ってくるだろうから、防げるかわからないしね」

 そもそも、どんなことをしてくるのかわからない。抵抗して逃げて、銃で狙うように攻撃されるかもしれない。

「冗談じゃないよ」

 冷静に考えても、こちらが不利。理由もなく牢屋に入れられるような状況だ。そう、捕えられた理由さえ、知ることができない。


「やっぱ、あの小瓶だよね」

 最初からおさらいすれば、相手は間違いなく小瓶を探しており、家探しをして見つからず、悪漢どもを玲那のもとに送ってきた。しかし悪漢どもは捕えられたわけなのだから、じゃあ次の手となったところ、玲那の風貌を商会長が商店に配った。というところだろう。


 ここから考えるに、一に相手は商会長に繋がる者。二に貴族のような身分の高い者。三に兵士たちを動かせるような立場。になるわけだ。だから誰だとわかるわけがない。


「詰んでるわあ……」

 先ほど殴られた頭の後ろをなでながら、リリが鎮座する頭の上もなでる。


 リリはいない。ここに入る前に、飛び立ったからだ。お腹が空いてどこかに行ったのか、リリは牢屋まで一緒に来てくれなかった。リリが攻撃したら相手はただではすまないので、動かない方がよいのだろうが、いないと不安が募ってくる。ビットバがあるので最悪抵抗はできるが、頼れるものがいないのは心許ない。


「今のところ、殺される予定はなさそうだけれど」

 牢屋まで連れてきたのだから、問いたいことがあるのだろう。考えなくともわかる、小瓶の行方、だろうが。

 それを口にしないままでいたとして、どれくらいもつものだろう。拷問とか当たり前にやってきそうな雰囲気もあり、寒気しかしない。

 不安で押しつぶされそうになる。時間もわからないような暗い場所に閉じ込められると、恐れで震えさえしてくる。


 そんな心でいても、この状況は打開できない。恐ろしくても最悪ばかり考えてはダメだ。

 玲那は顔を上げ、鉄格子に頭突きした。ガイン、と濁った音が廊下のしじまに響いて消える。

 お腹がぐうと鳴れば、その音すら遠くまで響いた。


「お、な、か、へったー! トイレ行きたい! と、い、れ、行きたいんですけどー!!」

 大声で叫んでみたが、返事はない。聞こえないふりをしているのか、声が届かないのか。

 玲那は鉄格子を握りながら舌打ちする。


 ショルダーバッグに瓶に入れた水とパンを入れておいたのに。お金も入れていた。戻ってくるかと考えれば、ショルダーバッグごと戻ってくることはない気がする。

 無性に腹が立ってくる。一体全体、どこのバカが小瓶を運ばせていたのか。


「あの小瓶がなんだっていうの」

 使徒は毒にも薬にもなるようなことを言っていた。あの小瓶を秘密裏に探していることから、毒で使っていると考えていいだろうか。その毒の入った小瓶を失った。誰かを毒で犯すことができなくなったのだ。だから、相手は小瓶を躍起になって探している。あの小瓶がないと困るのだ。証拠隠滅ならば、小瓶を拾ったであろう玲那を殺す方が簡単なはずだ。


 あの小瓶に入った毒は特別で、どこからか取り寄せたと考えれば、どうしても取り戻したい。だから玲那を捕らえたのだ。

 だったら気軽に落とすなと言いたい。もっと厳重に運んでおけよと言いたい。


「重要な物じゃなかったら、ここまでやらないでしょ。もっと慎重に運びなよ。まったくさ」

 つい運び屋の男に愚痴りたくなる。 荷馬車で運んでいて、どうして小瓶を落としたのか。段差で落とすくらいの適当な荷物に入れておくな。もっと大切に運んでいけよと。


「この土地、全然安全じゃないよ。使徒さん」

 今度は鉄格子を何度か蹴り付けてみた。軽い蹴りで壊れるような鉄格子ではない。ゲシゲシ音は響いたが、それでも兵士は来ない。


「魔法使える人って、この鉄格子壊せないのかな」

 壊したところで意味がないからか、魔法が使えるかどうかも確認しなかった。魔法でどんなことができるのかわからないが、この牢屋にいれば魔法が使えないなどあるのかもしれない。そうだとして、ビットバは使えるのだろうか。

 クラッカーほどの破裂を想像して、壁に向かってみる。


「パン」

 か細い声で発した、パン、は、指から小さな破裂音を出した。ビットバは使える。魔法とは違うから使えるのかもしれない。

 玲那は大きく息を吐いた。


 この世界は自分の世界とは倫理観が違う。いきなり攻撃してくることも考えておかなければ。せっかくもらった命。無駄にしたくない。

「そうよ。一回死んだ人間なめんなよ。しつこく生き残ってやるから」


 そう決意してからしばらく、なんの音沙汰もなく、時間が過ぎていった。

 おそらく、夕方が過ぎ夜になった頃、それは現れたのだ。

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