39−2 リリック
「お代はもらえたの?」
「え?」
「義母にコルセット作ってくれた時、あなたは無料で作ってくれたけれど、今回は依頼されたのだから、金額はいただくでしょう?」
「そういった話はしませんでした」
「まあ。アルフに言っておくわ。そんな、無料でやらせるだなんて。職人が一番やられたくないことでしょう!」
アンナが語尾を強めた。金額の話は一切していない。そんな話をする暇もなかったので、仕方がないが。
しかし、アンナがアルフをよく叱っておくと言いはじめたので、それについてはアルフに相談するようにすると、怒りをおさめてもらった。
「そ、そうだ。自警団ってことですけど、やっぱり、兵士さんとかは来てくれないんですよね」
「村に? 来るわけないでしょう。来たとしても何かを奪う時だわ。まさか、町までそのために行ったの?」
「討伐隊騎士さんに助けてもらいに行ったら、犯人を捕まえてくれました。でも、本来のお仕事じゃないとは聞いたので」
材木屋に依頼に行った時、同じ話になり、オレードとフェルナンに助けてもらったことを話したら、ひどく驚いていた。討伐隊騎士の仕事は、魔物を倒したり城の侵入者を捕らえたりすることで、村人などの平民を助けるためにいるのではないのだと、きっぱり言われたのだ。
「討伐隊騎士が助けてくれたの!? そういえば、ビッグスが討伐隊がうろついているって言っていたわね。こんなことも言うのもなんだけれど、あまり親しくしない方がいいわ」
「聖女の件ですか?」
「それもあるわよ。でも、それは少し昔の話でしょう? 今は、」
アンナは周囲に誰もいないのに、きょろきょろと周りに人がいないことを確認すると、そっと耳打ちしてきた。
「討伐騎士隊は、領主様の命令なら何でも聞くそうよ。アルフのお気に入りの貴族も、討伐隊騎士から嫌がらせされているんですって」
「嫌がらせ、ですか??」
「政敵みたいよ。領主にとっては邪魔な貴族なんじゃない?」
アルフの言う貴族であれば、昨日会ったハロウズ家だろう。ハロウズの主人は前の領主についていたわけだが、今は病になり、表舞台から消えた。その家に、討伐隊騎士が嫌がらせをしているとしたら、領主にとっては邪魔な貴族になる。
そういえば、エミリーも、討伐隊騎士は領主の手下だと言っていた。
「今の領主って、立場が強くないって聞きましたけど。他の貴族に嫌がらせする余裕ってあるんですか?」
「力の強い貴族の言うことを聞いて、他の貴族の邪魔を、領主がしているって噂よ」
「領主が使われてるんですか」
「らしいわ。だから、他の貴族もその貴族に頭が上がらないんですって。アルフから聞いた話だから、どこまで本当かは知らないけれどね」
アルフはハロウズ家に傾倒しているようなので、邪険にしてくる貴族はみんな恨みの対象だろう。だが、領主が頼りないのは確かなようだ。
「町でこんな話しちゃダメよ? 商人は貴族たちに繋がっているし、どこで聞かれるかわからないわ」
「商人が貴族と繋がってるんです?」
「商人は貴族を相手にするもの。手揉みしながら話していることでしょうよ」
どこも権力にはたかるか。エミリーのこともある。商人の中にはよろしくない輩がいるようだ。
「あら、呼んでいるみたいよ」
家の前で、工具屋の職人が手を振っている。取り付けが終わったようだ。
アンナに自警団の話はお願いして、家に戻る。鍵は玄関と裏口に付けてもらったが、もう一つ、窓にも付けてもらった。二階の裏庭に面した窓だ。これは外から掛けられる鍵で、南京錠のような錠前になっている。扉に鍵をつけてはもらったが、これからは2階の窓から出入りするつもりだ。
扉を鍵だけでどうにかしようとするのは難しいと、痛感したからである。
「それで、これか?」
フェルナンは足元の紐をつま先で引っ掛けて、軽く足を上げる。
細いツルにかけられた木片が重なり、カラカラと音を立てた。
「これはただのお知らせ用です。夕方になったら設置しようと思って」
「夜に誰か訪れればこれに引っ掛かり、音を出せばあんたが気付くと」
いわゆる、鳴子である。忍者屋敷などにある、絵馬のような物が重なり合って音が鳴り、侵入者を知らせる、あれだ。
紐は門扉と玄関の間に張らせ、庭の柵を越えて、丁度足を踏み入れるところにも設置した。
フェルナンはゴム紐でも跨ぐように、ツルを避けて玄関まで来る。ちなみに、玄関までは、四本引っ張ってある。
「これで、転ぶことを想定しているのか?」
「転んでもいいですけど、気付ければいいなと思って」
「気付いて、どうする気だ?」
「逃げます」
フェルナンが一切の感情を捨てた顔になった。元々感情の感じない顔だが、それ以上に無の顔になった気がする。
「どこに? どうやって?」
「罠の音は場所によって変えるので、引っかかった場所によって、窓から出ようかなって」
「窓から? どこに?」
「いえ、窓から屋根に逃げて、逃げたフリでもします」
フェルナンが瞼を下ろした。何も考えたくないような、無の境地へ行こうとしている。行かないで帰ってきてほしい。
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