39 リリック

「まあ、そんなことがあったの。だから、朝から修理をしていたのね」

 玲那の家を丘から見下ろして、アンナは憂えるように眉を寄せた。


 壊れて半分になってしまった扉の代わりに、新しい扉が運ばれて、職人によって取り付けられる。裏口のサイズも測り、その場で新しい扉に取り替えてくれた。


 お金がかかるなあ。出費だらけで、どんどんお金が減っていく。

 それもそうか。働いていないのだから。初期の、お金を使わずに何とか暮らしを行うという目的は、どこへ行ったのやらだ。

 壊れた手織り機やオレードからもらった糸車も修理が必要で、椅子も一脚壊れていた。そちらも修理をしてもらわなければならない。


 昨日、宿に泊まり、緊張した中眠ったが、いつの間にかしっかり寝ていたことに気付いた。さすが、自分でも驚くメンタルおばけ。朝起きればスッキリして、やる気に満ちていた。

 なんといっても、昨夜、フェルナンが宿にやって来て、犯人を捕まえたことを教えてくれた。そのおかげで安心である。


 結局、二人は玲那の家に行ってくれたらしく、様子をうかがい、そこで戻って来た犯人を捕えたそうだ。

 昨日はあまりに突然の出来事に混乱し、不安もあって、オレードからもらったタグを頼りに討伐隊騎士の宿舎まで行ってしまったが、廊下で話している声を聞いていて、本当にここに来て良かったのか、何度も帰るか迷い続けた。


『平民の女が、オレード様を頼りにやって来た』

『グロージャン家の紋章が刻まれた、ぎんせいを持っていたらしい』

『オレード様の女? 平民だぞ。あの方が平民にのぼせ上がることなどないだろう。次男とはいえ、グロージャン家の生まれだぞ?』

『こんな領地にいるような方ではないのに』


 身分が高い。この土地でも扱い切れぬほどの身分。その人を頼りに、平民が小汚い格好でやって来た。

『慈悲を与えられて、それを受けながら、ふてぶてしくも卑しき身でお優しいオレード様につけ込むのでは? 平民ごとにきに過分な慈悲を得て、さらに縋る気で来たのだろう』


 身分制度について、そこまで深く考えていなかった。身分が高い人間に目をつけられるのは面倒程度にしか思っていなかった。

 ここに来ていいとは言われたが、このような格好で来たため、なおさらイメージが悪い。迷惑をかけることくらいわかっていたが、想像が足りなかった。

 しかしもうたどり着いてしまったため、ここで帰って、面倒を増やしても悪い。


 話をするだけにしておこう。城へ行く途中に、もしかしてこの薬のせいで家に強盗に入られたのかもしれないと考えていた。なにかの薬だと困るため、これだけでも渡しておいた方がいいだろう。何に使われるかわからないにせよ、自分が持っているよりは対処しやすい。どうでもなければ処分するはずだ。


 だから、村に来てくれると聞いた時は嬉しく思ったが、オレードとフェルナンの話を聞いて、やはりこの程度の話でオレードたちの手を煩わすのはよくないのだろうと察した。だから、あの小瓶だけ渡すことにしたのだ。

 その後、宿を紹介してもらい、それだけで十分だと考えていたが。

 まさか、家まで行ってくれたとは思わなかった。


 そこで犯人を捕らえたが、金庫があることを他の仲間にも伝えているかもしれない。そのため、今後も泥棒が現れるかもしれないと教えられた。

 村に自警団がいるだろうから、伝えておけとも言われた。それで、朝からアンナの家に訪れている。


「最近は、そういう物騒な話は少なくなっていたのだけれど。前はね、みんな貧乏で苦しい生活をしていたから、どこでも略奪はあったらしいのよ。だから村で自警団をつくって、警戒していたらしいわ。自警団は今もあるから、みんなで注意して、村を回らなければならないわねえ」


 領土が荒れていた頃、町で職を持てず食べ物に苦しむ者たちが村に来て、食物を勝手に持っていったり、家畜を盗んだりした。町と比べて村の方が自然の糧を得られる。家畜もいるため、村人の方が食料に苦労する率は少なかったのだろう。それでも足りず、魔物を狩りにいっていたのだから、町はそれ以上に困窮していたのだ。そのため、村では自警団をつくり、お互いを守っていたそうだ。


 最近はそういった事案も減り、自警団はあってもそこまで周囲を警戒していなかったので、こんなことが起きたことに落胆した顔をみせる。


「他の人たちには私から伝えておくわ。大変だったわね」

「いえ、特に何も盗まれなかったので、良かったです」

「玄関の鍵もお願いしているの?」

「材木屋さんに紹介していただいて、工具屋さんにお願いしてます」


 宿から戻る前に、材木屋に盗みに入られて扉が壊れてしまったことを伝えた。扉を直せるか聞きにいったのだ。手織り機も壊れてしまったし、他にも材木が必要だったので、材木屋に訪れたのだが、材木屋の店長がやけに気にしてくれた。工具屋を紹介してくれて、家の状態を確かめるために人も寄越してくれた。今、その補修と、必要な材木の断裁などを行なってもらっている。


 工具屋はできた扉を設置し、しっかりした鍵を付けてくれている。

 手作業では時間がかかると思っていたが、ここでも魔法が使われ、午前中だけで終わりそうだった。


「そうだ。アルフさんは帰ってきていますか?」

「アルフ? あの子はそのまま町にいると思うわよ。昨日の件は、うまくいったの?」


 アンナの言葉に苦笑いをすると、アンナは察したか、まあ、そんなこともあるわよね。と深くは聞かず、うまくいく方が難しいとなだめてくれる。

 貴族相手だと知っていたので、簡単にいく話ではないと思っていたのだろう。


 コルセットは作るが、受け取ってもらえるかはわからなかった。

 あなたの命は一ヶ月しか持ちません。なんて言われれば、誰でも怒って当然だ。

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