38−3 宿舎
「レナちゃんは、やっぱり村人とは思えないね」
宿から離れて、ガロガに跨ると、オレードが呟いた。
言いたいことはわかっている。助けを求めた割に、すべてを理解したかのように、すぐに身を引いた。助けを求め懇願する平民は何度も見てきたが、レナほど早く状況を理解し、潔く、諦めを見せずに、なにもなかったかのように振る舞ったりはしない。あんな姿は、まず見ない。
村人であれば、平民であれば、助けてもらえるならばしつこく懇願するだろう。一度慈悲を見せたと知っているのだから、助けてくれと、涙ながらに訴えてくる。レナもその部類かと思ったが、まったく違った。
「一度来てみたけれど、考えを改めたようだったね。待っている間、ずっと考えていたんじゃないかな」
「盗人が現れるくらい、村では普通だ。町では特に。それで警備兵がなにかすることもない。それを知っていただけだろう」
そう言いながら、そうではないと気付いていた。助けてもらえると思い、助けを呼びに来たが、考えを変えた。自分たちの話を聞きながら、それを確認した。だからすぐに、己は問題なく、ただ小瓶だけは渡したいと言い換えた。
本当は、助けてほしいと言いたかっただろうが、それは無理だと察していたのだ。それでも帰らなかったのは、小瓶に入る物が、危険な物だと気付いているからだ。
「なぜ、それが怪しい物だと気付いたのか」
「勘のいい子なのかな。僕たちを怪しむことなく渡してくれたことは、嬉しいね」
「関わっているわけではないだろうな」
「そう思うの?」
「……思わない」
彼女は無関係だ。たまたま小瓶を拾い、それを持っていた。おそらく、親切で。だが家に侵入者があり、気付いたのだろう。
この小瓶が、危険な物だと。
「勘が鋭いだけで、済むとは思えないが」
「まあね。でも、僕を頼ってくれたのは嬉しいよ。おかげで、良い物を手に入れられた」
「必ず家に取りに戻ってくるだろう」
「犯人と鉢合わせなくて良かったよ。堂々と真っ昼間に押し入ったけれど、彼女は留守にしていなかった。だから、家探しだけでもしたんだろう。飼い主になかったと言いに戻ったのか、レナちゃんが家に帰った時には犯人はいなかった。今頃、急いでまた家に戻っているんじゃないかな」
「間抜けなやつだな」
「そうでなければ、これを落としたりしないよ。けれど、こんな風に手に入るなんてね」
淡い水色の液体。魔力のこもった、怪しげな薬。この薬の出所を、ずっと探していた。
こんな簡単に、手に入るなんて。
ガロガを走らせる。暗闇でもガロガは怯まない。明かりを灯さずとも、素直に従い、走り続ける。
「気配がする。三人」
「さて、どんな奴らか、楽しみだね」
「一人は裏口。二人は前の扉だ」
「僕が裏口へ行くよ。レナちゃんの家の中では殺さないように」
オレードが離れて、森の中へ消えていく。ガロガの手綱を離し、自分は空に飛んだ。
入り口前に、男一人。
「ぎゃあっ!」
踏み付け、そのまま腹をかっさばく。致命傷ではない。相当な手加減をした。相手は警戒を怠っていたか、こちらにまったく気付いていなかった。
扉を開ければ、男がもう一人。剣を振り回そうとしたが、それを飛ばし、首を掴んだまま押し倒した。
「誰の命令だ?」
「ぐ、ぐっ、げ」
「てめえっ!」
裏口にいたもう一人の男が、剣を振り回そうとする。その男の剣は砂のように崩れた。なにが起きたかわからない男が自分の手のひらを見つめる間に、オレードの蹴りが頭に入る。そのまま頭を踏み付ければ、男は鳥がわなないたような声を吐き出す。
「さて、どうしようか。一人いればいいかな。死体を捨てるとレナちゃんが怖がるから、連れて行かないといけないかねえ」
「川に捨てればいいだろう」
「あの子は川にも行くからね」
言って、オレードは指示を飛ばす。指先から煙が吹き出され、鳥となって家から外へすり抜けて飛んでいく。
すぐに仲間がやって来るだろう。その間にこれらを外に放り出す。
男たちはたいしたことのない輩だ。まともに剣も扱えない。魔法を使うにもその隙を与えなかった。魔法を封じる力で紐のように体を固定しているため、今は、身動きもできなければ魔法も出せない。口すら動かすことはできず、ただ目だけでこちらを見ているが、充血したその瞳には恐れが滲んでいた。まさか、討伐隊騎士が現れるとは、露にも思っていなかったのだろう。
「ひどいものだね。部屋がボロボロだ」
灯りの元、レナの部屋があらわになり、その状況が目に取れた。
材木屋で作らせた手織り機が床に落ちて、いくつかの板が折れている。布を作り途中だったか、糸が外れ、絡み合っていた。
帰ってきても、扉が壊れているため、修理が必要になる。
そして、それらを直しても、再びこの家は狙われるだろう。
男たちが逃げたとは飼い主は思わない。捕えられたとわかれば、レナが何者か調べるはずだ。調べても何も出ない。何も出なければ、本人に直接聞きに来る。後ろ盾のない、ただの村人。やつらにとっては、痛めつけようが殺そうが、どうとでもできる立場の、ただの村人だ。
「囮にでもすればいい。そうすれば、少しは話が進展するだろう。いい加減、奴らをのさばらせておくのは我慢できない」
「同感だけれどね」
吐き捨てた言葉に、オレードが肩をすくめる。そうして、空から届いた仲間の気配を感じながら、レナの家の中を見つめて、小さくため息をついた。
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