38−2 宿舎
「風邪を引くよ。ずっと立っていたの? びしょ濡れじゃないの」
「あ、来る時、雨が降っていて、座っちゃうと、汚しちゃうので。その、すみません。こんなところまで来て」
「気にすることないよ。とにかく服を乾かそう。体も冷えているんじゃないかな」
寒さで青ざめているのか、レナは小さく震えていた。
オレードが魔法をかけて、一瞬で服を乾かすと、口を開けて風が吹いた先を見上げた。足元から天井に風が飛んでいったと思ったのか、服が乾いたことに後で気付く。途端、笑顔になって、驚嘆した。
「すごーい。魔法ですか。乾燥機いらずだ。すごーい。髪の毛も乾いてる! ドライヤーいらず!」
レナは時折変な言葉を使う。彼女の国の言葉なのか、気にせず使い、乾いたことを喜んだ。オレードがそれを微笑ましくながめれば、はたと気付いて、話を始めた。先ほどの顔色の悪さは消えている。ただ寒かっただけか。
「ありがとうございます。あの、こちら使わせていただいて、ここまで来てしまって」
「大丈夫。なにかあったんでしょう?」
「その。家に、泥棒が入って」
「泥棒!? レナちゃんの家に?」
あんな家に、誰かが入り込むのか。そう思ったのは自分だけではないはずだ。オレードも驚いた顔をしている。
だが、レナは大金を当たり前のように使い、村人が持たないカバンを下げている。目を付けられていたので、町から戻る途中、つけられたのかもしれない。
かなりの金は持っているのだから、金庫を与えたのは正解だった。金庫は動かせず、盗めるものもなかっただろう。村にある家から盗むのならば、同じ村人か、もしくは、それにすら属さない、別の地域から来た漂流者か。奪われたとしても、食糧ではなかろうか。
そうであろう。レナはお肉を盗まれただけだったんですが。と口にした。
ならば大したことはない。ただ、金庫に気付かれたならば、待ち伏せされていてもおかしくない。
レナもそれを恐れたか、どこに通報すればいいのかわからず、オレードを訪れたと、申し訳なさそうに言う。
「無事なら良かったよ。犯人と鉢合わせしないでなによりだ」
犯人を探すのは難しいだろう。通報したところで、村人の家に盗みに入った者など、誰も捕まえようなどとしない。町で貴族を相手にスリでもすれば話は別だが、村人相手に兵士が動いたりしない。
村で自警団でも作っていれば、それらが対処する。
それなのに、オレードはレナの頭をなでると、ならば家に行こうと言い出した。
「オレード? 行ってどうする気だ」
「レナちゃんが不安だろう。周囲に犯人が潜んでいないとも限らない。確認くらいはしないと」
そこまでする必要があるか? 金目当てならば、どうせまた現れる。捕らえない限り、それは続くだろう。村人の警護など村人同士でやらせればいい。それが通常だ。それくらいオレードでもわかっている。なのに、行こうと言うのだ。
レナはオレードを見てから、こちらを見上げると。なぜか謝ってきた。
「あの、なんか、落ち着いたので、一人で戻ります。すみません。パニックになっちゃって、ついこちらに頼っちゃいました。ただ、これだけお渡ししたくて」
レナはカバンからガラス瓶を取り出した。水色の液体が入った、装飾のある蓋がついた小瓶だ。
「こっち来る途中に、もしかして、これが目的じゃないかなって、思って。うちの前を、夜中通っていった荷車が落としていったんです。中身が、あまりいいものじゃなさそうなので。探しにきて見つからなかったから、家に入ってきたのかも」
「これは、」
オレードが手に取って、その小瓶を眺める。横目でこちらを見遣って、小瓶を渡された。水色の液体。触れずともわかる、その魔力。横目で見返すと、オレードはレナに微笑んだ。
「なんだろうね。僕が預かっておくよ。高そうな瓶だ。レナちゃんは、道でこれを拾ったの? 荷車で運んでいた者に会った?」
「会いました。頭からフードを被っていて、顔はヒゲモジャで、小柄な男性だったんですけど、段差に引っかかって荷物を落としたんです。それを家の前の道で拾っていて。全部拾ったつもりだったんでしょうけれど、これだけ落ちていたんです。すぐに走り去っていったので、急いでたみたいでした」
「そっか。ねえ、レナちゃん。今日はもう遅いから、宿に泊まるといいよ。夜に泥棒の入った家に戻るのは怖いでしょう。宿は紹介するから」
「……わかりました。そうします。これから掃除するのも面倒なので、朝家に帰ります」
「警備兵には伝えておくけれど、家に戻ったら、村人にも警戒するように伝えた方がいいよ。自警団がいるだろうからね」
レナは大人しく頷く。納得しているというよりは、なにかを察したようだった。
レナを町の宿に送り、宿屋の主人に食事代と宿代を渡す。討伐隊騎士から頼まれたら、邪険にはできない。危険なことはないだろう。
礼を言って、なぜか頭を下げて自分たちを見送ったレナは、貴族のあらゆる政敵と戦う夫を助ける夫人のように、気丈な態度だった。何者にも屈しない、強さを感じるほど。
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