34−3 紙作り

「紙っぽくない? 紙っぽい感じなってきたんじゃない? ネバネバも入って、葛湯みたいになったから、いけるかも? いってもらわなければ困りますが。よし、一度、すいてみよう」


 そうして出したのが、これも材木屋に作ってもらった、額縁の枠のようなもの。そこに、単純なレース編みをしたものを、額縁に糸で巻きつけて隙間なくし、もう一つの額縁を合わせる。

 ずれないように、しっかり持って、桶の中に入れて、紙の元が満遍なくレース編みに広がるように、何度も揺らす。


「懐かしい。遠足以来だ。結構難しいんだよね。これで均等に紙を乗せるのって、さすが職人技だよ」

 藁とリダの根は、ハンドチョッパーのおかげで綺麗に混ぜられている。板に凹凸なく広げるには、熟練の技が必要だ。

「下手すぎる! もう手で、ちょちょいって、移動させるしかない。これは、でこぼこの紙ができるよ」

 それでもいい。これを乾かして、使えるようにしなければならないのだから。


 すいた紙の上に、作ったすだれを乗せ、ひっくり返してすだれに移す。そこから屋根に移し替える。

 二階の窓から出た屋根の上に紙が並んでいる。これが乾くまで放置で、それで終了だ。夕方になったら、乾き具合を確認しよう。

 色は薄い茶色で、文字を書こうと思えば書ける。


「わらの紙だから、耐久性はないだろうから、物書くのは不向きかな。でも、これが一番簡単な紙の作り方だよね。木の皮だと、繊維だけにするのが大変で」

 昨日、水につけておいた杉もどきの枝や皮は、ずいぶん柔らかくなっている。その枝から皮を取り、皮の表皮を取る必要があった。

 こそいで取るのが面倒なので、洗濯機に入れたい。


「文明。私には文明が必要だ。古の洗濯機でいい!」

 とにかく試す。桶に皮を入れて混ぜるだけだが、棒で混ぜる。枝のたくさんついた棒だ。これで汚れが取れるだろう。ついでに表皮も取れてほしい。


「う。いったあ」

 お腹がひどく痛んできた。座り込んでお腹をさするが、そんなことで痛みはひいたりしない。

 生理痛って、こんなようだったか? あまりにないことで、そうだったという記憶しかない。

 こんな痛みよりも、ずっと辛い思いをしてきた。だから、おそらく生理痛だと思う。下腹がひどく痛むものだから。


「やだ、どうしよ」

 この体だから、こんなに痛いのか、悶えたいほど痛くなってきた。

 どれだけ酷使しようとも、軽い筋肉痛になる程度で、大した痛みも残らない体なのに、突然ひどい痛みに襲われると急に不安になってくる。


 締め付けられる痛み。吐くだけでは治らない、激しい動悸と激痛。

 そういったことに、慣れたくなくとも慣れなければならない状況にいたのに、こんな、下腹が痛いくらいで不安になるのか。


「忘れてた。元気すぎて、健康じゃない頃を」

 痛みと共に、急激に暗雲が舞い込んできたような世界になっていく気がする。

 なにもかも暗く、色のない世界に、ただ一人。この辛さを理解するものはおらず、ただ一人苦しんで、どうにもならない怒りに近い苦しみを口に吐き出しても、なにもならないあの虚しさを、こんな痛みだけで思い出すというのか。


「う。ううっ」

 この体で、初めての痛みに、体が耐えきれないみたいだ。

 それだけで、波のように不安が押し寄せてくる。

 昔に戻ったように、どうにもならない痛みが、とどまって、渦を巻くように襲いかかってくる。

 その中に止まるのは、暗い何かで、そこには恐れや、不安が混じっているのだ。


「怖いよ」

 どうにも拭えない、打ち勝てないものに包まれて、封じられていく度に、恐怖を感じる。

「ううっ。痛いよお」


 こんな、当たり前に起きる痛みなのに、なぜかどうして急に苦しくなり、それが大きな不安に膨らんでいく。ここにきて何日も経っているのに、一人でなにもかも耐えなければならいことを今さら思い出し、途方も無い不安が急に押し寄せてきて、本当に今さら、涙を流すことになった。








「うううう。てぃっしゅう」

 ずび。っと鼻を啜って、お腹を押さえながら井戸の方へ歩き出す。

 たかが生理痛で、情緒不安定になってしまった。鼻水が垂れすぎて、誰にも顔を見せられない状態になっている。涙なのか鼻水なのかわからないが、地面に垂れて、拭うにも汚すぎて、ティッシュがほしくなる。


「ティッシュ。必要だよ。鼻もかめないじゃん。ねえ、どうするの。こんな大自然にいて、花粉症だったら。この体、花粉症だったら、紙大量にいるよ」

 一通り泣いたおかげで、すっきりした。井戸で水を汲んで、顔を洗い、鼻もかむ。

「ホルモンバランスによる、情緒不安定。腹痛が激痛すぎて、PMSに」


 しかし、泣いたおかげで、なんだかもう大丈夫だ。さすが、使徒にもメンタル強と呼ばれるだけある。なにが不安だったかも忘れてしまった。

「疲れてたんだよ。いろいろあったからね。なまじ健康な体すぎて、酷使しすぎたかもしれない。健康な体の限界なんて知らないんだから」


 しばらくは紙作りと布作りに集中して、あとはのんびり読書をしよう。

 そして、お腹が減ってきた。もうお昼だ。

 そうして、立ち上がり、気付く。


「ああ、最悪う」

 恐れていた日が、来てしまった。

 今日からしばらく、ゆっくりしなければならない。

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