35 忘れ物
「女子は大変だね。大変だよ」
ぶつぶつ言いながら、女性に良いという、薬草をお茶代わりにする。
植物辞典に載っていた、ハーブである。正直なところ、薄い草の味だ。臭すぎる。草臭い。芝刈りに薫る匂いだ。
前に採ってきた薬草は、カビが生えないように乾かし、保管しているが、この薬草も採ってきていた。なんでも採ってくるものである。常時のことだけに止まらず、用意していたおかげだ。
「ふふん。もうなにもないけど、イライラや不安感が緩和できるって書いてあったからね。気持ち程度で良いのよ。飲んだという、事実が良いの」
食事のお茶として、その薬草茶を飲んで、人心地着く。
久し振りに家に引きこもり、あまり動かないように布を織ったり、紙を作ったりしていたが、結構のんびりできたように思う。
夜は本を読んでいた。薬草辞典も一通り目を通した。ほとんど魔物が関わっていて作ることは難しいが、植物だけでも作れる薬があったので、植物辞典片手にまた森を散策したい。
お腹いっぱいになったので、片付けてお風呂の用意をして、寝る準備をしてから、かぎ編みでもしよう。
今作っているのは、魚をすくう、網である。釣りをしていると重みのある魚では逃げられてしまうことがあるので、逃げられる前に捕まえる用だ。びくはカゴがあるので、それで良い。他にも作りたいのが、川に仕掛ける罠だ。これはカゴを作る要領で作れるだろう。入り口に返しを作り、入ったら魚が出られないようにする構造だ。カゴを作る時、最後は切り口を内側に隠すのだが、その処理をせずに、ただ内側に折るだけでいい。それだけで魚はカゴから出ることができなくなるのだ。
「楽勝だね。ラッカが入らないように、大きさを考えて作ろう。毒が出る魚も入らない大きさにしたいから、少し小さめかな。小魚だけの小さいのを作ってみようかなあ」
のんびりすると、欲しい物がたくさん出てきてしまう。まずは目の前の釣り用網だと編んでいると、家の外で大きな物音がした。
家の前の小道を通る人はほとんどいない。一度も見たことがないので、おそらくほとんどない。
誰か来たのだろうか。外に出られない格好ではないが、また変な動物がうろついていたら怖い。そっと窓から顔をのぞかせてみると、ガロガが見えた。ガロガだけではなく、後ろにホロをかぶった荷台が見える。幌馬車のようなものだろう。ガロガに荷車を引かせていた、その荷車が少しだけ傾いて停まっている。その側で、人が腰を折って地面を確認していた。車輪が溝にでも入ったようだ。なにせ小道は土と石でできており、山道のようにでこぼこで、ただ歩いていても転びそうになる道だ。
「あ、荷物が。大丈夫ですか?」
荷車に積んでいた荷物がずれ落ちてしまったのか、それらを拾っていた。玄関から出て声をかければ、頭からすっぽりフードを被った中背の男が、こちらを睨みつけてきた。口髭があり、目元しか見えないが、あまりガラが良くないように見える。
男は玲那を無視して、荷車の幌をしっかりと結び、荷台を押して引っかかった車輪を戻すと、さっさとガロガを叩いて行ってしまった。
急いでいるのか、もう周囲は暗くなっているのに、灯りなしでスピードを上げて、町への道を進んでいる。坂を上って、木々の隙間に消えて見えなくなった。
「感じ悪いなあ。ん? なんだろこれ」
玄関前に、小瓶が落ちている。先ほどの男が落としていったのか。しかし、もう呼びに行ける距離でもない。ずいぶん急いでいたから、到着してから荷物が足らないと戻ってくるだろうか。
拾って保管しておいた方がいいか。ここでつまずいたくらい、覚えているはずだ。商品が足りないと気付いたら、ここに来るだろう。
「なんだろね。香水?」
手のひらサイズの、細長い瓶だ。試験管ほどではないが、細く長いガラス瓶で、金属の蓋でしっかり閉まっている。液体が入っており、水色で、ソーダ水のようにぷくぷくと泡が出ていた。
割らないように、保管しておこう。扉の鍵を閉めて、お風呂の準備をしようと振り向いた途端、目の前にいた、白い壁。
「わあっ!」
「危ないですよ。落としては」
「驚かすからですよ!」
いつも通り、不法侵入。わざと人を驚かす男、使徒が、当たり前のように部屋の中で立っている。落としてしまったガラス瓶を手に取って、人を無視してガラス瓶をじっと見つめた。
「拾ったものは、飲まないようにしませんと」
「飲みませんよ!」
拾ったのは見ていたのか、失礼なことを言ってくる。飲み物に見えないし、飲み物だとしても飲むわけがない。
使徒はガラス瓶をよこしながら、やはりじっと見つめてきた。
「飲みたいんです?」
「体によくない飲み物ですね」
見てわかるのか。使徒は無表情の顔で目をすがめた。珍しい。口以外が動いている。
体に良くない飲み物と言い切るのならば、やはり飲み物なのだろうか。ブルーハワイより薄めの色で、かき氷にかけたら美味しそうに見えるのだが。
「健康被害です? 体に良さそうな色はしてませんもんね」
「毒にも薬にもなりますが、これだけ飲めば体に良くないですね」
薄めたり、なにかに混ぜて薬にしたりでもするのだろうか。毒は薬になる。大病を患った人でもいて、急いで薬を届けにいったのかもしれない。
急いでいたのなら、感じが悪くても仕方がない。そう納得して、ガラス瓶は作った布の上に置いておいた。その内、取りにくるだろう。
「お加減いかがですか」
「お加減は大丈夫です」
お加減と言ってくるあたり、なんでもわかっているようだ。あまり言わないでほしい。生理痛で泣きべそかいたとか、言わないでほしい。
「物が増えてきましたね」
「庭とかも改造するつもりです。井戸のとことかー。汚い水とか、畑に入らないようにしないと」
「よく考えて行っているんですね」
「そりゃ、その辺捨てたら、全部お野菜に直結しますからね。井戸に混じったらやだし」
なにもないだけに、雨が降って混ざったら困る。それこそ汚物などが広がったら、肥沃になるかもしれないが、大惨事になる。お断りだ。
糸や紙を作るのに、水をよく使う。灰汁などもアルカリ性の強い液体など、極端にペーハー値が寄った液体を、その辺に捨てるのは怖い。
そして、やはり石鹸が欲しくなっている。石鹸を作るのは良いが、石鹸水を濾過する装置が作りたい。
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