30−2 ヴェーラー

 聖女が現れるなどの予言や、よくないことが起きるなどの予言はされるが、曖昧なことが多いらしい。しかも、その祈りの泉で予言が得られるのはヴェーラーだけで、予言をせずに亡くなるヴェーラーも少なくないそうだ。

 予言とは、とても貴重なことで、早々予言が世に出ることはないとか。


「うそく、ゲホン。えーと、地震速報とかならいいですよね。台風来るとか、災害予報は大事ですよ。うん」

「明確な証拠などはなくとも、信じるのが信者というものですよ」

 神の使徒とあろう者が、微妙なことを言っているが、いいのだろうか。使徒は知らんふりをして、玲那の手元を見やる。


「続々と物が増えていますね」

「これは腰痛用のコルセットになる予定なんですよ。薬とかもないみたいなんで、コルセットなら腰痛が少しは楽になるかなって。お医者さんがいないらしいんですよね」

「魔法で癒す治療士がいますからね。医者といっても、あなたの言う医者ではなく、民間療法程度が扱える者だと思った方が良いでしょう」

 それならば、薬草を煎じている自分と同じレベルな気がする。


「妊婦さんとか、どうしてるんですか?」

「産婆と医者は違うという認識ですね」

「いわば民間って感じか。死亡率高そうだな」

「高いですよ。ですが、治療士でも出産の助けは難しいのです。魔法で命を取り出すことはできません。赤子に余計な魔法をかければ、逆に死んでしまいますから」

「なんでですか?」

「怪我でもなければ、病でもない。痛みに死にそうになる母親を助けることができても、赤子は弱き存在ですから、生まれた時に弱ければ、魔法の力が強すぎてその生命すら消してしまう可能性があるんです。この世界の魔法は、全能ではありません」


 最初から弱すぎる赤ん坊は、助けることができない。魔法の癒しとは、その人の元々の体力がベースとなり、それ以上の効力は認められない。つまり、体が弱く生まれれば、改善することはないということだ。

 魔法というとなんでもできてしまうように思えるが、そこには関わることのできない領域というものが存在するのだ。


「お医者さんが完璧じゃないのと同じですかね」

「そうですね。腕のある医者でも、ここまでは可能で、それ以上は不可能とあるでしょう。それと同じです」

 その言い方だと、医者の腕が上がってくれば、最初から持ち堪えることのできない赤子でも助けられるような気がするが。


「聖女は、それすら癒せたそうですよ」

「崇められるだけあったってことなんですね」

「そうなります」


 元の世界では普通でも、こちらでは優良で、誰もが驚き敬うほどの力となったら、まるで自分が素晴らしい人間だと勘違いをして、そのうちあぐらをかいてしまうのかもしれない。

 玲那も、カバンなどを褒められた時、大した物ではなくとも褒められた嬉しさはあった。そこで鼻を高くするようなことなく、精進したいところだ。明日は我が身。対岸の火事ではない。歴代の異世界人の凄さは、玲那とはまったく比べようもないが。


「気を付けよ。ところで、今日のお土産は?」

「本は読まれていないのでは?」

「読みます! たくさん読みます!」


 両手を上げて、本を読むアピールをする。使徒は無表情ながらも目を眇めた。疑いの眼を向けてくるが、あったら読むので、置いて帰ってほしい。

「仕方ありませんね」

 次は何の本をもらえるのか。手を出して待っていると、乗ったのは薄めの本で、薬の本だった。


「え、めっちゃいいの! ありがとうございます!」

「頑張って作ってください。難しいでしょうが」


 最後の言葉はなんだ。顔を上げれば、もうそこに使徒の姿はなかった。相変わらず、神出鬼没である。

 まあいいや。呟きつつ、新しい本を広げた。本は背表紙のない紐で括った本で、まるで昔の日本の本のようだった。古紙のようなざらざらした触り心地。重なって紐で綴じてあるので、両面印刷ではなく、片面印刷されている。


 薬草辞典。いかにもだ。

 開いて読んでみれば、玲那はプルプルと手を振るわせた。


「使徒さん! もう! こんなのどうやって作んのよ!!」

 書かれた薬の材料は、草、鉱石などの他、魔物の部位。ご丁寧にイラスト付きで、内臓のどこどこやら、爪の先やら、なんやら。どの部位だろうと、魔物相手では、倒さなければ取れない。


「もうー! 難しいでしょうが。じゃないよ。無理だよ! 魔物!? ラッカだって獣なんだよ? 魔物って十メートルでしょ!?」

 これは絵本代わりだ。実践するには難しい、ただの読み物にするしかない。どおりで妙な言い方をしたわけだ。玲那が獲れると思って言った言葉ではない。


「まったくもー。まあ、誰かが魔物を狩って、部位が売ってるかもしれないからね。狩人もいるわけだし」

 魔物を取るかはともかく、イラストを見るのは楽しい。さばき方まで描いてあるので、読み物としては面白そうだ。


「さてさて、それはともかく、コルセット作りを終わらせるぞ!」

 背中を面にしたコルセットなので、縛るのは前だ。マジックテープで貼り付けるものが主だろうが、ここにマジックテープがないので、紐で縛るしかない。背中を中心にし、きつく絞って背筋を伸ばすので、均等に力が加わる方がいい。


 コルセットの布は、布ではなく、トートバッグのようなかぎ編みで済ませ、間に皮を貼る。

 皮は、最近見つけた、杉の木のような樹皮を使う。表面の肌触りが悪い部分は削り、なめらかにする。包丁を研ぐように、表面の皮のぼこぼこを削った。それから、皮を剥ぐ。お湯を沸かしてあるので、剥がした皮を煮詰める。虫などが皮を食べないようにするためだ。卵などがあったら、孵ってしまう。背中から虫が出てくるなど、ただのホラーだ。

 それを日干ししている間に、次はコルセットの形を編む。


「背中の中心から紐をとって、引っ張れるといいから、お腹のところで紐はクロスした方がいいのかな。一本じゃ痛いから、何本も通して、前で三つ編みしてそれを結ぶ?」

 紐は上、中、下、でまとめられるようにし、絞れるようにする。


「ウエストを絞ると、紐が全部お腹の中心に集まっちゃうかな。お腹にも痛くないように、板はあった方がいいのかな。板あると、息苦しいよね」

 樹皮を挟むには二重にする必要がある。肌に当たる下側は、帯のように巻けるようにして、表面に出る、上側に紐を通し、結ぶようにするといいだろうか。


「ゴムじゃないからなあ。紐の編み方考えよう。編み方によっては伸縮するから、それが切れないように工夫して」

 なんだか楽しい。かぎ編みにも種類があるので、それを踏まえて編んでいく。途中から編み方を変えて、伸縮性を出す。脇は緩くなるように、ネットのような編み方をする。


「あら、良いのでは? それから、また隙間のない編み方をして、厚みを出す? 脇近くまで二重にして、脇はネットみたいにして、前は厚み出して帯みたいに巻けるようにして」

 紐は樹皮と同じように中に入れ、脇のネットの部分から表に出し、腹の前で結ぶようにする。そうすれば、結び目が上にくるので、痛みは緩和するだろうか。


「紐がずれないようにして、紐もコード編みすればいいのでは?」

 伸縮がある紐の編み方だ。コードのように長くできるので、紐がわりにいい。

 まずは表側を作り、内側を後で作る。樹皮を入れて、片方だけ繋げ、樹皮の位置を確認する。すべて入れては固くなってしまうので、数センチメートルずつ開けて、緩みを持たせた。


「背中、突き刺さるかな。あのお母さんのウエストサイズは計ってきたけど、上下の幅がな。今、何時ぐらいだろ。今行ったら嫌がれるかな」

 しかし、早く作ってみたい。もはや製作が楽しい。思い立ったが吉日。玲那はすぐに家を飛び出していった。

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