30 ヴェーラー

 手織り機は一度お休みし、コルセット作りを始める。どうやって作ろうか。ペンと紙がないので、頭の中で想像する。使えるものは草木だけ。どんな風に作ろうか。


 いただいたフンは庭の端っこ、の隣に置いた。結構匂いがあるので、裏庭の薪置き場の方に。

 まさかの、肥料を使わないという斬新な農業を行っているとは、思いもしない。


「普通の自然の栄養は、どこからとってることになってるんだろ」

「それは、神の力ですね」

「うわっ! 出た!」

「失礼な。お邪魔いたします」


 突然現れた、使徒。背後にいきなり出てくるのは、やめてほしい。顔をのぞかせて、何をやっているのか見つめてくる。人の後ろから顔をのぞかせて、である。驚かせにきていると言っても過言ではない。


「お久しぶりです」

「そうですね。あなたが本をあまり読まないので、まだいらないかと思いまして」


 読む暇がないだけである。嫌味っぽく言わないでほしい。読書というものは、入院という暇な人生を送っていた自分に、丁度良かったということがわかってしまっただけだ。

 常に仕事仕事で働く今の玲那に、読書の時間を取る余裕がない。なにより、あまり灯りを使って蝋燭を消費したくない。

 まだラッカの脂を油にしていなかった。時間がほしい。それはともかく、


「神様の力って? 豊穣の女神様でもいるんですか?」

「この世界の宗教観は、ヴェーラーの予言に起因しておりまして」

「ヴェーラーって、名前は聞きました」

 フェルナンがヴェーラーの敬虔な信者と言っていた。一神教なのだろうか。予言となると、預言者か?


「神という概念を教えるために、神より力を得たという者です。大魔法使いであり、大神官であるとされている人ですね」

「国ができはじめた頃に出てきた人です?」

「そうですね。困窮した土地に現れた、救世主です」

「なるほろ」

「その適当な返事。神を冒涜するような発言。この国では危険ですよ」

 冒涜などはしていない。あるあるだよね。と思っただけである。


 使徒によると、その昔この国は神という概念がなく、土地をまとめるものがすべてを与えていたという世界観だったようだ。古い時代は王が神そのものであり、そのうち神の化身となり、その後、ただの王になった。

 あるあるである。そうしていつかの時代、王が国を滅ぼしかねないほど、堕落したことがあったそうだ。


 そこで出てきたのが、ヴェーラー。偉大なる大魔法使い。その力で人々を助け、国を救った。

 大抵はそのまま王になるのだが、王を助けて国を建て直したという。

 そして神の声を聞くことができ、予言を行い、神の代理となった。


「王様の後ろで、糸引いてたタイプだ」

「あなたも大概言いますね」

「漫画あるあるですよ」

「とにもかくにも、ヴェーラーは予言を行う、大魔法使い。そして、大神官という偉大な人であり、現在では神そのものの扱いを受けています。人間の神格化ですね」

「人間の神格化は、結構日本にもいますけど。ヴェーラーさんは、全能神なんですか?」

「他にも神はいますが、ヴェーラーが最高神ですね。大魔法使いですから、知能の神でもあります」

「その知能の神に、敬虔な信者が多いと」

「ご存知の通り、この国は魔法ありきですから」


 たしかに、今まで何かしら魔法が出てくる。農業に祈りが一番衝撃的だ。肥料は役に立たないのか、気になって仕方がない。しかし、そんな行為は冒涜に入るのだろうか。


「入るでしょうね。祈祷師を使わずという行為は、神そのものを否定する行為です」

「危険思想ってことですか。無神論者ではないですけど、結果の出ることを否定する事態、神への冒涜だと思いますけどね」

「神への考え方は、それぞれということですよ」


 それもそうか。とはいえ、冒涜と言われて、畑に肥料を撒くなと言われたら、さすがに腹立たしい。しかし、魔法が使えない者からすれば、神として崇めるのもわかる。そして、偉大な大魔法使いとなれば、その道を極めようとする者たちにとって神であるのは間違いない。


「魔法使えない人って、いるんですよね?」

「いますよ。平民に多いですね。古くは魔法が使える者が高位になりましたから、その名残りでしょう」

「ほとんどが遺伝ってことですか」

「そうでない例もありますが。多くが遺伝です」

「ヒエラルキーが魔法ってこと」

「大魔法使いが神ですからね。ですが、貴族でも使えない者はいます。すべてではないですが、魔法が使えた方が優位に立てるでしょう」


 聖女は魔法が使えた。勇者も似たようなものか。魔法の力でその存在を高めた異世界人は、神のように崇められてしまう。

 ヴェーラーの影響もあったのだろう。しかし、人であるが故に、墜落した人生になってしまった。彼らは神のままで終わることができなかったのだ。


「預言者というのは?」

「ヴェーラーは聖女の存在を予言したんですよ。初代聖女ですね」

「『見よ。空は虹色に光り、大地に花が咲く。世にも美しい女性が現れ、子らに慈悲と癒しを与えた』ですか。癒しの魔法を使えた聖女が現れる予言をしたってことです? 使徒さんが間違っちゃった問題の」

「暗記をされているとは、よく読まれているようですね」


 間違っちゃった問題はスルーされ、使徒はヴェーラーの予言を教えてくれる。

 初代聖女が現れる時、ヴェーラーはその予言をした。女神とも思われる者が、世界を救うだろう。

 その言葉通り聖女は現れ、人々を助けはじめた。ヴェーラーは神官として働いていたが、祈りを続けていた際に、その発現を感じたそうだ。


「どうやって?」

「そこを突っ込むのが、あなたですよね」

「気になるじゃないですか。なにか、兆しがあったんですよね? 空は虹色に光り、大地に花が咲いたのは、現れた時でしょう? それより前に、何かしらの兆しがあって、そのヴェーラーは気づいたんですよね?」


 今、自分がここにいる時点で神を信じないとは言わないが、どんなきっかけで予言になったのか気になる。なにせ、聖女は使徒たちの間違いで飛ばされた、異世界人なのだ。

 使徒のミスに気付いたとか? それは超越した力を持っているというより、使徒の仲間とかではなかろうか。


 使徒は一度口を閉じた。

 む? 事実か? 実は使徒がヴェーラーなのでは?


「違います。ヴェーラーは人でした。最近のヴェーラーは、祈りの泉でお告げがあったと言っていましたね」

「最近のヴェーラー?」

「ヴェーラーは今では呼称なんです。教えを説く者の最高責任者ですね」


 つまり、最初に王を助け、国を助けた初代ヴェーラーの名前を、次代が名前ごと引き継いでいるということだ。ヴェーラーという地位があるのだ。

 その下に、大神官。神官などがおり、それらが集まる場所が、神殿と呼ばれる。そして、その神殿の下に教会があり、治療士や祈祷師などが所属していた。


「じゃあ、今もヴェーラーがいて、その人はもちろん大魔法使いってことですか」

「大魔法使いは初代ヴェーラーにしか使いませんから、魔法使いですね。他の魔法使いたちとは、力量が違うでしょうが」

 大魔法使いヴェーラーといえば、初代ヴェーラーとなる。


「そのヴェーラーは、この領土にはいなくて、国の首都にいるってことですよね。ここの領土には、大神官はいるんですか?」

「いません。神官止まりでしょう。大神官の人数は少ないので」


「祈りの泉っていうのは?」

「初代ヴェーラーが祈り続けた泉です。そこで大きな力を得られたというお話が」

「みんなそこにお金とか投げて、お祈りするんです?」

「コイン投げはしませんので、念の為。ヴェーラーだけが祈れる、清い場所です」

「そこで、予言がされるってことですか?」

「そのようですよ」

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