31 食事
「もうできたの?」
「いえ、ちょっと大きさを測らせていただきたく」
もう夕闇が近付き、道を歩くにも暗くなっている時間に、失礼ながらお邪魔して、玲那はビッグスの母親ステラに、作り途中のコルセットを当てがった。
もうアンナは家に帰っていていなかったが、ビッグスが残ってロビーの毛作りの作業をしていた。
「これを、こう結ぶんですけれど、背中の固定部分、どのくらいの長さがいいかなって思いまして」
持ってきたザザの棒で、そのサイズを測る。ナイフで傷を付けて、物差しがわりだ。そういえば、物差しほしい。
「あら、これだけでも、随分と違うこと」
「これは、何で作っているんだい?」
「木の繊維です。木の名前は、忘れちゃいましたけど」
なんかあの辺に生えている木である。毒などはないので、問題ない。特に糸になるなども書いていなかった木だ。繊維があるとわかったのは、あちこち皮を剥いでいたからで、植物辞典で調べたわけではなかった。それでも被れたりする種類だとまずいので、問題ないかはチェックし終えている。
「木の繊維でこんな風に編めるなんて。すごいな。君は職人なの?」
「ただの趣味です。コルセットを作るのも初めてなので、うまくいくかわからないですけど」
「十分に楽ですよ。これでもっと楽になるのかしら」
「なるといいんですが」
測り終えて、紐の長さも調節する。まだ紐はつけていない。長さを確認してから製作するつもりだ。背中が少し曲がっているので、ステラが自分で腰に巻くより多めに紐が必要だった。
「ありがとうございます。できたらすぐに持ってきますね。明日にはできますから」
「午前中に話していて夕方にはできるなんて、驚いたよ。弟に見せたら、きっと質問攻めだ」
「弟さんいらっしゃるんですか?」
「町で職人をしているんだ。貴族地区にいてね。下っ端だけれど、住み込みで働いているから、こっちにはほとんど戻ってこないんだよ」
ビッグスの弟は貴族地区という場所に住んでいるそうだ。
貴族地区に玲那は入ったことがない。銀行より先にある壁の向こうが貴族地区で、入るには兵士が守る門をくぐる必要がある。エミリーによると、町の雰囲気はまったく違うとか。入る前に引き止められたりするのだろうか。
あまり近寄りたくないと思うのは、異星人のせいだ。ビッグス野弟がこちらにはほとんど帰ってこないと聞いて、申し訳ないが安堵する。また認可局などの話になるのは面倒だった。
「じゃ、私はこれで」
「送っていくよ。ちょうど帰るところだったんだ」
ビッグスが立ち上がり、ランプを手にして火を付ける。手をかざしただけで炎が現れ、ゆらりと揺れた。
いつの間にか、空は真っ暗になっていた。
「日が落ちるのが早くなったからね。少し寒くなってきたな」
「雪が降るって聞いたんですが。時期は、いつ頃降り始めるんですか?」
「そうだねえ。この分だと、あと三月ほどで雪の降る時期が来るだろうな。冬になると早いよ。それまでにみんなで薪を拾いに行こう。男たちもたくさん来るから、奥の方に行っても大丈夫だからね。それまでに、食料の保存をする。少しずつ備蓄するんだ。雪は毎日そんなに降るわけじゃないけれど、積もる時はどっさり積もる。だから、暖かい服や靴も必要だ。町に行って買う余裕がないようなら、麦わらをもらうといい。シーツの下に敷き詰めたりするんだよ。ロビーの毛は高く売ってしまうから、分けられないんだ。ごめんね」
謝る必要はない。タダでもらえるとは思っていない。それは理解していると頷いて、やはり冬支度はしっかりした方が良さそうだと再確認した。
麦わらは前にももらっている。使い勝手がいいので、料理でも作って交換してもらおうか。
「あれ? うちの前に誰かいる」
「ガロガだ。あれは、まさか、討伐隊騎士? 君、なにかしたのかい?」
「いえ。なにかあったかな」
アンナの家の近くから、家の前にガロガに跨っている人が見える。二人いるので、オレードとフェルナンに間違いないだろう。フェルナンがこちらに気付くと、オレードがやってきた。
「レナちゃん」
「こんにちは、オレードさん。なんかありました?」
「いや、家が暗いから、何かあったのかと思っちゃったよ。こちらは?」
「こちらのおうちの、ビッグスさんで、」
「し、失礼しました。じゃ、じゃあ、ここで!」
紹介しようと思ったら、ビッグスがあっという間に逃げていった。そろりとオレードを見上げる。目が合えばニコリと笑ったが、いい気分ではないのは確かだ。
「オレードさん、もうおうちに帰られるんですか?」
「仕事は終わったからね」
「だったら」
「なんで、俺まで」
「レナちゃんのご馳走を、お前だけ食べてて、いいと思ってるのか!」
「一人で食べさせてもらったらどうだ」
「レナちゃんは、お二人でどうぞと言ってくれたんだぞ!」
フェルナンは不機嫌ながら、オレードと三人一緒に食事をすることになった。玲那の誘いに乗ってくれて、ホッとした気持ち半分、おいしくできなかったらどうしようという気持ち半分である。
二人は、前回のフェルナンと同じく、なぜかリビングの椅子を持ってきて、キッチンで玲那の調理姿を眺めていた。
おかしなものでも入れるのではと見張っているのかもしれない。彼らは騎士なのだから、誰相手でも警戒は怠らないのだろう。と思いたい。異世界人として疑われてはいないよね。と考えつつ、頭からその考えを捨てる。
誘ったのはこちらだ。おいしい料理を出したい。
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