24 フェルナン

「フェルナン、今日は、ちゃんと仕事をするのかい?」

 討伐隊騎士の同僚であるオレードが、無駄に微笑みながら話しかけてきた。


 あの顔は相手にするのは面倒なやつだ。気にせず無視を決め込むと、ガロガの確認をしながら、鼻歌交じりに話を続ける。


「少しは人間に興味を持つ年になったのか。このままなににも興味を持たず、ヴェーラーに仕え続けるだけの人生になることを、僕は常々心配していたんだ」

 余計なお世話だ。口にはせず、ガロガに跨る。


 房を出て、城門をくぐり、舗装された道を進む。今日は馬車も少なく邪魔もないため、ガロガの腹を蹴って足を早めた。貴族の住む地区を歩く者は少ない。多くの貴族が馬車などの乗り物に乗っているからだ。

 平民の住む地区と貴族の住む地区には明確な区切りがあり、貴族地区に入るには門兵が立ちはだかる門をくぐる必要がある。


 その門を過ぎて、平民の住む地区へ入ると、少しずつ道を歩む者が増えてくる。区切りの壁の近くに住むのは豪商などの金持ちが多く、馬車を使う者が多いが、町の城門近くに進めば馬車を乗る者はほとんどいない。ガロガを使い荷物運びをさせている者はいても、歩く者ばかりだ。


 だから、ガロガに乗っているだけで、身分が違うとわかる。そして、ガロガに乗ってマントをなびかせれば、すぐに討伐隊騎士だと理解する。赤茶色のマントは、討伐隊騎士だけが着ることを許されるマントだからだ。

 畏怖の目、嫌悪の目。誰でもマントを見れば、すぐに側を離れていく。


 その昔、勇者がこの地の領主になった頃、魔物討伐を共にしていた者たちもこの地にやってきた。主人である勇者は領土を得た途端堕落した生活を送り、かつての部下たちに暗殺される。そうして、次の領主になった討伐隊騎士の一人が、今度は都に現れた聖女に心奪われ、領土を放置して領土の金を聖女に貢いだ。

 その間、討伐隊騎士は我が物顔をして暮らし、領土の金をさらに浪費したのだ。


 領主が死に、次の領主が立つ際、横領をしていた討伐隊騎士はあらかた処分された。だが、領民はその程度では恨みを忘れない。未だ領主や討伐隊騎士への視線は厳しく、敬遠されている。

 今でも、すべての問題が解決したわけではないからだ。


「それで、町に来て、レナちゃんの買い物を手伝ってあげたのかい?」

 オレードが追いかけてくると、まだその話をしていた。横目で見遣ると、肩を竦める。

「気になるじゃないか。あの子の常識のなさは、フェルナンも気になっているんだろう?」

 そういうことか。町の門を出て周囲に人がいなくなってから、オレードは話を続ける。


「何者かわかったのかい?」

「わからない。本人は病弱だったからと言っていたが」

「病弱ねえ。よほどの者に治療してもらったのかな。治療士に依頼できるならば、それなりの豪商の出なのだろうけれど」

「父親が商いをしていると。だが、今は誰もいないと言っていた。貴族の怒りでもかって、一人逃げてきたのかもしれない」

「それなら、納得かな」

「それでも、おかしなところはある」


 商人の娘が一人。貴族の怒りをかい、一人逃げてきたとして、悲壮感はない。むしろ生きるのに貪欲で、折れることのないような爛漫さがある。


 それに、森の中に一人で入り獣を仕留める度胸や、当たり前に自分で食事を作り賄う姿は、病弱で大事に育てられてきたとは思えないほどだった。快活すぎるのはともかく、その術を惑うことなく行う姿に違和感がある。治療士から病を治してもらってから、多くを学んだのだろうか。そうでなければ、あそこまで一人でなんでも行えないだろう。それなりに経験がなければ、できないことが多い。特に料理は、数少ない材料でもかなりまともな食事が作られていた。


 手拭きなどという物は初めて見たし、飲み物に木の実を炒った物を煎じるなど、聞いたことがない。野菜ばかりを食すという、村人たちの生き方なのだろうか。貴族はほとんど野菜を食べない。土についている物を嫌う傾向があるからだ。

 それから、


「不思議な靴と、鞄を持っていた。あんなものは初めて見た」

「靴と、鞄? そういえば、靴は革ではない、なにかを編んだようなのを履いていたね。村人の多くは、木の靴を履いている気がしたけれど」

「森で履いていた靴とは違っていた。ずいぶんと凝っていて、普通に売れるような靴だ」

「へえ、あの子が作ったのかな」

「鞄も、自分で作ったんだろう。鞄に至っては、かなりの出来だった。あれは職人の技だ。ああいった、小物を作る商いをしていたのかもしれない」

「他国の技なのかな。こちらでは見ないのなら、そうかもしれないね。そういえば、弓矢を持っていたけれど、あれも自分で作ったのかな」


 血だらけだったので、あの時は気にする余裕はなかったが、確かに弓矢を持っていた。町で買い物をする前だったのだから、誰かにもらわない限り自分で作ったとしか考えられない。

 オレードは沈黙した。


「手先が、器用すぎるほどだね」

 それに、それなりに経験があるとしても、手に傷ひとつない。思い付きにしては、手際が良すぎるのではないだろうか。

 不思議な点がありすぎる。そしてそれは、ある一方の疑念を、膨らませるものだった。


「まだ、十代半ばほどか? 子供の頃に学んだとしても、無理があるだろう」

「不穏なことがなければ、十分だよ」

 オレードの言葉に頷くつもりはない。おかしなところはいくつもあるのだから。


「ヴェーラーの言葉があったわけじゃない。異世界人が再び現れる予言がされたのではないのだから、そこまで警戒する必要はないよ。世間知らずで、常識がまったくないのは気になるけれど、悪い子じゃない。それはわかるだろう?」


 どこか説教くさく言われて、フェルナンは耳を閉じそうになった。疑いすぎるなと注意されているのがわかるので、無言で返す。

 オレードは、肩の力を抜けと言わんばかりだ。


「浮世離れしているのは事実だろう」

「そうだけれどね」

「ただ……」

 言いかけて、口を閉じる。他人の財産を知らせる必要はない。


「なんだい?」

「金の数え方すら知らなかったから、相当箱入りなのかもしれない」

「そうなの? 病弱で買い物もしなかったということかな。豪商の娘ならば、父親がなんでも手に入れていたとしてもおかしくないからね」

「長く病で苦しんでいたようだ」

「治療士に依頼するまでは、部屋から出られる状態じゃなかったってことかな。だからあんなに、色々なことに興味があるのかもしれないね。なんでも適当に、っていうところが面白いけれど」


 オレードは思い出し笑いをする。

 レナは作ると言っては、適当にやると口にする。深く考えていないだけだろうと思うが、オレードはそれが気に入っているようだ。


 買い物に行った時も、適当に、と言っていた。詳しく知らないため、適当にやるしかないのだろうが、そこに危険が伴っても適当なところがむしろ苛立ちを感じる。もう少し、思慮に富んだ行動はできないのだろうか。

 しかし、その適当が、あまりに無邪気で嫌味がないところが、オレードは好ましいらしい。普段まともな者たちと接していないため、レナのような小動物のような存在がいると、気が緩むのだろう。


 リトリトを狩ったレナの服は血まみれで、オレードは大怪我をしたのだと勘違いし、気付いてすぐに声をかけた。その辺の村人が歩いていても顔すら見ない男が、レナとなると気になって仕方がないらしい。

 レナは消沈した顔をしていた。初めての狩りで獣を手にかけたため、気落ちしていただけだったが、あの後もオレードはやけに気にしていた。


「そんなに気になるか? もしあれが、異世界人だったら?」

「そうでないことを祈るしかないねえ。もし、そうであっても、あの子は無害に思えるけれど」

「そんなことはわからないだろう!?」

「フェルナン……」


 語尾が強まって、大声になると、オレードが憂い気に眉を傾げる。

 急激な怒りを感じて、すぐにそれを消すために顔を背けた。


「色眼鏡で見ては、いけないよ」

「わかっている」


 それでも、もし異世界人だったとしたら、目の前に現れた時には、すぐに息の根を止めてやる。

 普段からそう思っていると知っているオレードは、なにも言わずとも、なにを考えているかわかっていると、ただ憐れむようにフェルナンを見つめた。

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