23 食事
「よし、完璧」
本日のランチは奮発した。
まず、小麦が手に入ったので、小麦粉と水を溶いた物で薄焼きを作る。
いただいた小麦粉はコップ二杯にも満たないが、手伝いくらいでこれだけもらえれば、かなり嬉しい。料理に幅が出る。
塩漬け肉を薄く切り、焼いて、ベーコンがわりにし、本日買った卵を目玉焼き、森で見付けた苦味のある薬草、それらを薄焼きで包む。マスタードもどきの花びらを散らし、味にアクセントを付ける。タレはないが、苦味の薬草が油っぽさを緩和してくれて、案外おいしい。
調味料がほしかったのだが、今日はさすがに無理だった。次回、樽などを買いに行くのに、一緒に買いたい。
再び塩漬け肉を焼き、油を出し、ポトフもどきを作る。時間がないので、ジャガイモもどきとにんじんもどきは薄く切って炒めた。森で見付けた、ザザの葉を散らす。セロリ臭だが、口に合わなかったらどうしよう。だが、入れる。入っていると、結構おいしい。
飲み物は、コーヒーもどき。使徒に散々濃いほうじ茶と言われたので、薄めにしてみた。つまりほうじ茶。いや、薄めのコーヒーもどき。
そして、日本人のおもてなし。熱湯で煮た布を絞り、おしぼりを作って出してみた。
「おててをそちらの布で拭いていただければ。熱いので気を付けてくださいね」
ブリトーもどきと、ポトフもどき。コーヒーもどきのランチだ。卵も小麦も使った。バターがあれば、もっとレパートリーが増えるのだが、それは今後探すことにする。
フェルナンはジッと料理を見つめる。そこまで警戒しなくてもいいのに。
だが、この男、玲那が食事を作っている間、キッチンに椅子まで持ってきて、ずっと横で見ていた。物珍しいと言うよりは、変なものを入れないかチェックをしていたようだった。
毒殺でもされると思っているのだろうか。安心してほしい。毒殺したら、死体遺棄が大変だ。百八十センチメートル超えの男を運ぶ労力。面倒すぎる。
「あちち。火傷気を付けてくださいね」
煮立てた布が熱すぎて、お手玉でもするように両手で投げ合って、その熱を冷ます。おしぼりで顔を拭きたいが、一応我慢する。お客様の前だ。そして、やっとお昼ご飯。ブリトーもどきを手に取って、ぱくりと一口。香ばしい香りのお肉から油が流れ、卵焼きが肉の味に混じって、薄焼きに染みた。空腹は最高のスパイス。苦味のある葉っぱとマスタードもどきの花は、ピリ辛苦味があり、大人の味だ。
「小麦粉、最高! 目玉焼き、万歳!」
自分で粉にしたので、少しばかり粗めの小麦だが、肉や卵と一緒に食べればそこまで気にならない。
ポトフもどきは、水を少なめにして肉汁が薄まらないよう調節した。鼻に通るセロリのような香りが爽やかで、後味がすっきりする。
ほうじ茶もどきは安堵する味だ。濃すぎず薄すぎず。コーヒーもどきは薄くすればほうじ茶もどきになる。
「食べないんですか?」
目の前にいるフェルナンは、まだ警戒しているのか、玲那を見っぱなしで、その様子をうかがっていた。まずそうな顔をしたらすぐに帰る気か。
しかし、とうとう諦めたのか、お手拭きに手を触れた。熱さに若干びくりとしたが、お手拭きの魔力に囚われて、手をしっかり拭いている。それだけで、慣れない猫が、急にゴロゴロしはじめた様子を思い浮かべた。デレが出てきている。微笑ましい。
次いで、ブリトーもどきは手で食べず、切れにくい木のナイフと二股フォークを使って食べはじめた。肉は肉、卵は卵で食べず、ぜひ一緒にまとめて食べてほしい。
ポトフもどきも口にする。薄いジャガイモもどきとにんじんもどきを飲み込んで、鼻に通るセロリ臭を感じたはずだ。
そして、コーヒーもどき。一瞬、動きが止まったが、ホッと小さな息を吐いた。
その姿。満足である。
フェルナンは終始無表情、無言だったが、すべて平らげた。最後にほうじ茶を飲み干して、お手拭きで口を拭う。申し訳ない。ナプキンがなかった。
「姿勢、綺麗ですよね。そうやって食べるように躾けられるんです?」
フェルナンは決して猫背にはならない。スープを食べる時も、顔を皿に寄せない。手で食べない時点で、教養なのか、ルールがあるように見えた。フェルナンは当然だと一言。まあ、そうですよね。
「あんたは、やはり、おかしいな」
「な、なにがですか!?」
「それなりに所作は綺麗だ。町の食事屋での食べる姿は、見るに耐えない」
「あ、そういう」
今、手で食べていたのだが、それでもマシなようだ。では、町の人の食べ方はどんな風なのか。想像がつかない。
その程度のおかしさであれば気にすることはないか。全体的に色々異世界人ぽいとか言われるのかと、緊張してしまった。
「この飲み物はなんだ? 味がないような気がするが、慣れると飲みやすい」
「木の実を炒ったものですよ。もっと濃いと、濃厚な味になります。薄めにしたので、濃い味の肉とかに結構あうんですよね。さっぱりしているから」
「これも、森で?」
「もちろん。お買い物したの、今日が初めてですもん」
「そうだったな」
思い出したのか、視線を逸らす。疲労をも思い出したようで、疲れ切ったため息をしてくれた。
確かに今日は大変だった。申し訳ない。いつも、申し訳ない。
「そろそろ失礼する」
「今日は、本当に、ありがとうございました。お世話になりました」
「本当にな」
ツン再び。フェルナンは素っ気なく言って、立ち上がる。
そうして、玄関を出る際に、小さく、それなりだった。と口にした。
それなりでも、フェルナンにとっては良い褒め言葉ではなかろうか。証拠に、耳がほんのり赤い。デレてる。
「ありがとうございましたー」
満足のありがとうを声に出し、玲那はフェルナンを見送った。お店の人にでもなった気になる。
フェルナンは城の方へガロガを走らせた。今朝、通りすがりにどこかへ行くはずだったのだろう。玲那のせいで、町への買い物に付き合わせてしまった。
「本当にいい人だなあ。ご飯で少しはお礼になったらいいけど」
次があれば、もっとおいしい食事を出したい。
遠のいたフェルナンを見送って、玲那は薪の置いてある、外の棚の方へコソコソと移動する。
その棚の下。薪が置いてあるので、どかさなければわかりにくい場所に、穴を掘って埋めているものがある。
玲那はその棚の下をじっと見つめた。
ここには、使徒からもらったお金が埋まっていた。
もらったお金の中に、板が入っていたのだ。チョコレートの欠片みたいな、手のひらサイズの板。ただ、その色は金色で、天秤を持った女性の横向き姿が彫られており、明らかに異質な、高額であろう、板だった。
それも三枚。
ドレの上がガロ。ガロの上がオル。そして、その上が、ダズ。
オルが一千万円のコインならば、この金色の板は、ダズ。一億円の板型のコインになる。のかもしれない。
さすがに異質すぎて、家に置いておくのが怖くなり、ここに埋めた。
「埋めといて良かったかも。これ見せたら、もっと変な風に見られたよね」
全財産。一生の全財産かもしれない。
使徒に罵ったことを、心の中で謝った。
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